「チー牛」について書いた論文がある

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「チー牛」の成り立ちと変遷についてまとめただけでなく、教育という観点から問題点を指摘した論文が存在します。論文と言ってもそれは「紀要論文」という、大学などの内部向けで査読もない、論文としては最低ランクのものですが、教育学を含めた一部の学問では紀要とて馬鹿には出来ません。なぜなら問題提起だけでも有効度合いの高い分野だからです。

論文は2025年4月29日に北海道教育大学大学院から出ており、著者が教授なのか院生なのかは分かりませんが教育学の立場から書かれたものであることは確かです。論文のタイトルは令和の若者文化とSNSにおけるヘイト的コンテンツの広がり:顕在化されにくい「チー牛」への差別の分析と自他を尊重する教育への一提案といい、あらゆる他人の尊厳を守るための教育学の視点を交えながら「チー牛」の生まれと使われ方に厳しく斬りこんでいく意思が感じられます。

そもそも「チー牛」が就労移行支援の棚上げ感想から生まれたモノであることすら理解が広まっておらず、生成AIですら正確な回答は出来ていません。なんなら使い続けるためにその卑しい生まれを必死にロンダリングされるほどの愛されっぷりです。ゆえに「チー牛」誕生の真実を知る人間が絶えず伝えていかなければなりません。

実際の論文は参考サイトのリンク先からアクセスできます。PDFファイルですが、ぜひ読んでみてください。

誕生の経緯を正確に捉えている

まず評価すべき点は誕生の経緯や使われ方の変遷についてを正確に説明できていることです。2020年にJ-CASTニュースやアサ芸ビズが出した記事をベースにしているものの、就労移行支援の感想から生まれたことへ言及している時点でなかなかポイントが高いです。加えてアサ芸ビズの記事を例に出しながら、冴えない男の揶揄に留まらず発達障害へのネガティブな価値観も表出したものであると鋭く指摘出来ています。

「チー牛」の説明はえてしてすき家(ゼンショーHD)やその商品の名前が引っ付くものですが、この論文にはほとんど見受けられません。これも本当の問題点や糾弾すべき存在について見誤ることなく論理を展開できている証です。実際の商品についてはもはやどうでもいいですからね。

急激に広がった原因については「2020年のコロナ禍に伴い、ネットに入り浸る人が増えたから」という独自の考察がなされており、これも特徴的です。多くの人が暇になったことで「チー牛」を手に取るようになったということでしょうか。「小人閑居して不全を為す」とはまさにこのことですね。

他の要因として「分かりやすいイメージ画像が付属していたから」と視覚情報の優位性について交えながら解説されており、さっきの考察も併せれば、思慮の足りない連中に大ウケして共通認識にまで成り果てた流れが垣間見えます。私はただのバーナム効果に乗じて広がった、血液型性格診断が覇権をとった世界線のようなものだと捉えていたのですが、こういう新鮮な視点もいいですね。

手軽な武器になった流れも詳述

この論文は主にX(Twitter時代含む)で500いいね以上の投稿をピックアップしており、それらを踏まえて「チー牛」が手軽な武器として幅広く愛用されるようになった経緯についても鋭く且つ正確に述べられていました。

最初は自虐での使用が多かったこと、2020年から他傷目的に傾いたこと、それでも発言者が炎上するほどの倫理観は残っていたこと、使用者の急増により僅かな倫理観も消し飛んだことと、時系列に沿った流れが記されています。元々、自虐用の時点で将来は決まっていたでしょうね。「片親パン」もそうですが、流行りの自虐なんて「この層は馬鹿にしていいんだ!」と勘違いされて他傷の道具に成り果てる運命にあります。

また「容姿に留まらず性格やコミュニケーション、果ては存在自体にまで際限なく広がっている」と、チー牛の基準が不快な男全般に拡大している一方で、ルッキズム一本槍の頃に都合よく戻って「容姿は変えられるから差別じゃない。努力しない奴の自己責任だ」と、屁理屈にも満たない正当化に勤しむ様子も観測されています。言葉遣いを窘められた答えが容姿に物申しているだけというのも会話になっていない気がしますが。

「おたく」「陰キャ」「コミュ障」といった侮蔑語仲間との比較もあり、これら三者が消費スタイルの変化やヒット作の影響によって単語としての攻撃性を失ったのも「チー牛」が頼られる一因と示唆されていました。別の人の考察では「『オタク』『陰キャ』とかは攻撃として機能しにくくなり、『ガイジ』では使用者が睨まれ人格を疑われる。だから『チー牛』は良い落としどころなのだ」と分析されており、武器として愛される要因にも共通認識がなされているようです。

締めくくりに「顕在化されにくい属性への差別」についても言及されました。分かりやすい属性への差別が次々と禁じられていく中で、「冴えない男」という叩き放題で咎められない、いわば聖域に逃げ込んでいくのはある意味自然でしょう。分かりやすい属性ばかりに甘えた多様性教育が片手落ちの自己満足に過ぎないことには同意です。

紀要論文のその先へ向かうには

この論文は「提言」としては非常に良いものですが、残念ながら「紀要論文」という最低ランクに甘んじています。もっと権威をつけて学術論文になったり学会誌に載ったりすれば易々と無視されなくなるでしょうが、どうすればこの研究は権威を持てるでしょうか。釈迦に説法かもしれませんが、生成AIと共に考えてみました。

あくまでラベリングを追う
目指す道筋としては「ラベリング(レッテル貼り)の構造分析」を研究する体で進めていくことが考えられます。弱者男性擁護のイデオロギー化路線ではあちこちからの反発や妨害が予想され、建設的な議論もままならなくなるでしょう。

データを磨く
論文の中でも課題として言及されていますが、参考や引用文献を除いたデータとしては500いいね以上のツイートという雑な基準で、量的な正当性や具体性はありません。Xの投稿を数千件レベルで集めてコーディングと統計処理をする、チー牛提示群と非提示群に分けて実験する、使用頻度などを質問紙調査で問うなど、本気で何かしらの実験や調査や統計をする必要はあるでしょう。

定義の厳密化
ヘイト的コンテンツとは何か、顕在化されにくい属性とは何か、弱者男性とは何か。これらの定義を研究の中だけでもカッチリ固めておく必要があります。侮蔑語自体は他にいくらでも(例:弱者男性、こどおじ、インセル、ガイジ、みいちゃん、等…)ある中で、どのように定義を固め扱っていくかは割と重要かもしれません。

先行研究との接続
論文には論文のコネというものがあるらしく、先行研究とどれだけ繋がれるかも重要です。ミーム、ヘイトスピーチ、ネットいじめといった分野の先行研究と理論的接続をしてコネづくりに励むのも大事な作業でしょう。海外の研究とも繋がっていければ箔付けとしての効果は増します。

大衆向けアプローチ
査読を経て正当性を得たとしても、社会的な影響力はまた別の話です。大衆にも理解させるには別のアプローチ手段が欠かせません。メディア向けにプレスリリースを出して拡散させたり、一般向けに再構成した新書で出したり、アカデミアとは違った言語化が求められるでしょう。ですが、巷から無視されないためにはここまでしなくてはいけません。

ただの一提言に過ぎない紀要論文で終わって欲しくはありません。ぜひ研究として大成してもらい、「チー牛」に甘える有象無象に厳しく喝を入れ「教育」して頂きたいものです。

参考サイト

令和の若者文化とSNSにおけるヘイト的コンテンツの広がり:顕在化されにくい「チー牛」への差別の分析と自他を尊重する教育への一提案|北海道教育大学学術リポジトリ
https://hokkyodai.repo.nii.ac.jp


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遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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