UberEatsのメッセージがトゥレット症を知るきっかけに~「劇場版 僕と時々もう1人の僕~トゥレット症と生きる~」柳瀬晴貴監督に聞く

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テレビやSNSでは伝えきれない事実や声なき心の声を発信し続ける本気のドキュメンタリー作品に出会える場として開催されてきた「TBSドキュメンタリー映画祭」。4回目の開催となる「TBSドキュメンタリー映画祭2024」で上映される作品の一つ、「僕と時々もう1人の僕~トゥレット症と生きる~」の柳瀬晴貴監督にインタビューしました。この作品は、不随意に音声チックや運動チックが出続けるトゥレット症の人々を追ったドキュメンタリー映画です。ただカメラを回して取材しただけではなく、トゥレット症について世の中に知ってもらいたい想いを汲んだ工夫の数々も施されており、エンタメとしてもレベルの高い作品です。

初めての取材は一本の出前から


柳瀬晴貴監督

──トゥレット症を題材とした理由や監督した動機を教えてください
「元々、障害者の方への取材経験は一度もなく、警察関係者への取材を夜中までやっていました。それである日、UberEatsで料理を頼んだのですが、通常来ないメッセージが届きまして『ご注文ありがとうございます、わたくしレオンです。声で迷惑をかけるかもしれませんが…』と書かれていました。この偶然から作品に登場する怜音(れおん)さんへの取材がスタートしたのです。それまでトゥレット症のことは知りませんでしたし、“距離をとる側”の人間でした。今回の取材を通してトゥレット症について学び、偏見や無知を改めていこうと思いました」

──出演者や取材対象はどのように選ばれたのですか
「トゥレット症の患者は外に出られない方がほとんどで、自助グループなどに参加するのはごく僅かです。潜在的に周りの目を恐れて外出を控える人が多い中で、それでも自分が代表として、多少の批判を受けてでも現状を伝えたいという強い想いを持っていたのが酒井隆成さんです。もう一人、ののかさんという女性も、引きこもりの経験がありました。トゥレット症について知ってもらい、自分が生きやすくなることが他の患者も生きやすくなると信じて取材に答えてくださいました。意図はしていませんが、いずれも前向きな性質の方々でした。20名ほどの患者にアプローチしましたが、許可してくださったのがあの3人(怜音さん、酒井さん、ののかさん)でしたね」
「酒井さんが寝ているシーンは、取材を受ける側も大変だったでしょう。それに、トゥレット症については未だに知られていない部分ばかりです。寝ている間の症状なんかも、東大病院の先生ですら知らなかったわけで、研究の遅滞を実感しましたね」

──内容も理解しやすく、勉強になる映画でもありました
「取材で拘ったのは、世間との接地面というか社会と彼らの距離感を表現したかったことです。症状のひどさはインタビューでも分かりますが、商店街で振り向かれたりスーパーの何気ない日常の一コマを映すのも意識しましたね」
「インタビューの言葉で語らせるより、なるべく行動や生活を見て分かってもらえるよう工夫し、ナレーションも控え目にしました」

周囲、喜怒哀楽、そしてエゴサーチ


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──喜怒哀楽、嬉しいときや腹立たしいときの描き方はどうしましたか
「ここは悩んだところなのですが、辛いシーンばかり見せても伝わるのかという疑問があり、彼らが活き活きと楽しむシーン、逆に悲しんだり怒ったりするシーン、喜怒哀楽を表現すればより伝わるのではないかと思いました。些細な楽しみを見せることで、観客の当たり前が当たり前でないというメッセージとなります。また、彼らの素を引き出すために敢えて口出しせずそっとカメラだけついていく撮り方も心がけました」

──家族や友人や当事者会といった周囲の人間を描写するにあたり、意識したことはありますか
「酒井さんの場合は、就活でアドバイスをくれる友達が励みになっています。彼らに聞いてみると、初めのうちは症状が気になるけど、慣れると気にならなくなると言われました。僕も撮影を始めた頃は周囲の目を気にして身構えていましたが、撮り終わる頃には症状も周りも全く気にならなくなって、世の中全体がこのように慣れていかなければならないと感じましたね」

──映画の中では掲示板やSNSでエゴサーチする場面がありますが、その想いを教えてください
「怜音さんがUberEatsの配達員になった理由は、人と接する時間を可能な限り抑える為です。置き配ならば顔を合わせることすらありません。しかし、薄く広く配達して回ると症状を見られることも増えるので、取材の前からネットで話題になっていました。その上で取材をしていたので、最初は『取材は難しいかもしれない』と言われましたね。それでもやり取りを重ねる中で、最終的に『患者のためになるなら』と了承してくれました。彼の中で、取材を受けること自体が大きなハードルを越えた瞬間だったことでしょう。故に、あのシーンを絶対に入れようと決意しました」

──ネットの書き込みを映した場面を2か所入れたこだわりなどはありますか
「1か所目は掲示板の書き込み、2か所目は彼自身のSNSでの投稿ですね。トゥレット症患者、特に怜音さんは社会に対して思う所がずっとあったようで、世の中にもっとトゥレット症を知って欲しいという想いからSNSをやっているので、そういう想いも伝えるためにアカウント名を隠さず映しました」

周知のためにはまず発信


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──どうすればトゥレット症の周知が進むと思いますか
「僕らテレビマンはテレビ放送だけに拘っていましたが、若い世代にも知ってもらうためにWeb記事やYouTubeも意識しています。一人でも多くの人に知ってもらうために、色々な拡散方法やコンテンツを実行しました」

──どうすれば障害の医療モデルから社会モデルに転換できると思いますか
「まず知ってもらうのがベースでありながら、当事者自身の発信も鍵になってくるのではないかと思っています。トゥレット症の皆さんは、個人のSNSアカウントを持って発信されているので、分厚いコミュニティがあります。何故かというと、街を歩く時点で既に恥ずかしいから発信した方が得だという発想からでした。最終的には、トゥレット症を取材する必要性が無くなるほど周知されるのが目標となりますね」

「また、彼らは友達とかに症状を見て見ぬふりされるより、適度に弄り合える関係のほうが共生だと言っていました。身構えて取材するのも嫌だったので、取材の途中からラフな関係性を構築していきました。」

──子どもたちへの教育も大事と思いますがどうでしょうか
「人間形成において重要な段階でトゥレット症に触れるのは大切ですし、大人だと遠慮する質問も子どもたちなら出来ます。学校の先生ですらトゥレット症を知らない人が多いので、触れる機会というのはもっと作っていかねばならないと感じられたのではないでしょうか」
「これを映画にしたかったのは、映画館含め静謐(せいひつ)を求められる場所が苦手なトゥレット症の方々にも足を運んで観てもらいたい思いがあったからです。故に、劇場内では声出しOKにしてもらいました」

人間は理解されることが最も嬉しい

──エンタメとしてもレベルの高い映画でした
「1年余り取材する中で、看護師志望の方から『国家試験に過去問で一度も見たことのないトゥレット症の問題が出てきました。でもCBCさんの取材を見ていたので正解出来ました』と感想を寄せられたことがあります。医療関係者にも僕が取材した想いが伝わっていれば嬉しいですね」

──何か言い足りないことや強く伝えたいことがあればお願いします
「怜音さんが最後に言っていた『人間は理解されることが最も嬉しい』というメッセージは、社会全体へのメッセージでもありますし、全ての病気を持つ人々へ通じるメッセージでもあると思います。そういう所も注目して頂きたいです」
「映画館は沈黙が求められるところが多数派なので、赤ちゃんでも来れる声出しOKの映画館や上映会が増えて欲しいですね」

『劇場版 僕と時々もう1人の僕~トゥレット症と生きる~』 ※名古屋 限定上映(3月22日(金)より上映)

舞台挨拶情報
【会場】センチュリーシネマ
【日時】3/22(金)12:30の回上映後
【登壇者】柳瀬晴貴監督、棈松怜音(あべまつ・れおん)

監督・撮影・ナレーション:柳瀬晴貴
構成・プロデューサー:大園康志
カメラマン:行重祥吉 下野龍章
音響効果・録音:今井志のぶ 福井楓栞
編集:竹内雅文
予告編:https://www.youtube.com/watch?v=mptqA2epR8Q
コピーライト:©CBC

「TBSドキュメンタリー映画祭2024」は、3月15日(金)より全国6都市[東京・名古屋・大阪・京都・福岡・札幌]にて順次開催。
詳しくは映画公式サイトをご確認ください。
https://www.tbs.co.jp/TBSDOCS_eigasai/

障害者ドットコムニュース編集部

障害者ドットコムニュース編集部

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