「性犯罪の“おそれ”」に疑念の声多数。日本版DBSの精神はいずれ知的障害者へ牙を剥く!
暮らしPhoto by Kimia Zarifi on Unsplash
独善的な正義感と処罰感情のもとで暴走するのは、ただ目の前の快楽を貪り消費しているに過ぎず、中長期的にどうなるかを一顧だにしない危険な行動です。しかし、こと性犯罪になるとそれが大々的に称賛されるばかりか、咎めたり諫めたりする意見は「性犯罪者予備軍の戯言」として徹底的に叩きのめされます。
最近、俗に「日本版DBS」と呼ばれる創設法が成立されました。これはイギリスの前歴者開示機構「Disclosure and Barring Service」に倣ったもので、子どもを性犯罪から守る名目のもと、学校や幼稚園、国認定の学習塾やスポーツクラブに至るまで、子どもと関わる職場に就く人間の性犯罪歴をチェックする法案です。性犯罪歴の前科持ちは該当の職場へ最長20年就職できなくなり、後で分かっても左遷や解雇が簡単になるなど、前科持ちを子どもと関わる職場から引き離すことに全力を注いでいることが分かります。
教師・保育士・講師・コーチなど、子どもにとって身近且つ目上の存在にフォーカスする着眼点自体は理に適っています。付け加えるなら牧師も入れておけとは思いますが、子どもにとって身近な大人を洗うのはまあ間違っていないのではないでしょうか。
問題は、雇用主側が主観的に「性犯罪の“おそれがある”」と判断しても同様の措置が取れるということです。前科が無いだけの危険因子も排除したいという考えなのでしょうが、それを一個人のふわっとした感覚に委ねるのはかなり杜撰ではないでしょうか。「これは人治主義ではないのか」「拡大解釈で人事が不健全になるのでは」といった疑問の声が既に多く挙がっています。例えば、お局様が結託して若手を排除するとか、塾長が周囲をイエスマンで固めるとか、そういった目的で「性加害リスク」をでっち上げる事例が出やしないかという危惧ですね。
そもそも「性犯罪の“おそれ”があるから」などという主観で排除が認められるなら、既に性犯罪者の巣窟という偏見を持たれている層への差別や攻撃もまた認められることになるでしょう。職業制限で大衆が満足しなくなった時、「えた」「ひにん」の復活へ近づく次の一手が打たれるはずです。
「性犯罪のおそれ」精神が最初に牙を剥くとしたら、知的障害者からになると思います。知的障害者に対し「性加害を起こしそう」と偏見を抱く者は結構おり、「性衝動の赴くまま襲い掛かる」という被害妄想じみた知的障害者像はある程度共有されています。実際に知的障害者による性犯罪が報道されると、それみたことかとばかりにネット上では盛り上がるのが通例です。そんな状況で「性犯罪のおそれがある者は排除して良し」となってしまえば、すぐさま知的障害者への差別と攻撃と排斥まで認められるであろうことは想像に難くありません。境界知能やダウン症なども巻き込まれることでしょう。
性犯罪は勿論許されるようなものではありませんし、処罰感情の赴くまま性犯罪者叩きをするのはある意味仕方ないでしょう。だからこそ、誰でも安心して叩ける「性犯罪者」のカテゴリへ無辜(むこ)の民を簡単に放り込めるシステムなどあってはならないのです。ましてや公が認めてしまえば、「えた」「ひにん」を復活させるも同然の、稀代の愚策が誕生します。
性犯罪者叩きの本質は“消費”に過ぎず、処罰感情で動く大半の人は事件のことなど後で綺麗に忘れてしまいます。 被害者は永遠に癒えない傷を負って生き続けるというのに、その人生に寄り添い伴走する気概や甲斐性など彼/彼女らにはありません。移り気で無責任な“消費活動”に合わせたところで、長期的には裏切られて損をするだけです。
ところで、イギリスに倣うといえば、「孤独担当相」というのもイギリス発で日本に取り入れようとしていたのですが、あれはどうなったのでしょうね。
参考サイト
「日本版DBS」創設法が全会一致で成立
https://news.yahoo.co.jp
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