発達障害の私が運転免許を取得した時
暮らし 発達障害発達障害で運転免許を取得している人は、どのくらいいるのでしょうか。運転免許を持っていると便利だと思った私は、思い切って教習所に通いました。私の場合は、選んだ教習所が合っていたおかげか、コース期間以内の免許取得は順調でした。とはいえ、発達障害の特性上、運転は苦手の連続でした。発達障害のある人が、運転免許を取得する際に直面しやすい困難や心配、特性上の強みとは何なのでしょうか。私の体験談も交えて話します。
教習所通いを始めて
大学生時代、私は運転にも車にも正直興味がなかったので、運転免許を取るつもりはありませんでした。しかし、大学卒業後に入学した専門学校で勉強している内に、気持ちが変わりました。運転免許があれば、将来仕事でも身分証明としても便利だから、とりあえず取っておこうかな、と決断しました。そこでまず、両親ともしっかり相談しながら、教習所と取得期間コースを選びました。この時、実際に通った教習所を選んで正解だったポイントは、いくつかあります。
一つ目は、「家から近く、気力・体力的にも通い続けることができる」、「自分に合ったスケジュールコースが豊富」なことでした。私の場合、平日も専門学校に通っていたことや、自閉スペクトラム症の特性上、自分の時間も確保していたかったです。そのため、自分に合ったスケジュールを自由に選べるのがよかったです。発達障害のある人で、特に勉強や運転の練習にハンディや苦手意識を抱いている場合は、通うことすらストレスになりえます。また、私自身もそうですが、発達障害者は週何日何時間通うかを決める時、「どこまでなら自分にとって負担にならずに済むか」を想像しづらいです。私も、値段の安さやスピード期間、そして自分ならいけるのではないか、という思い込みから、詰め込みスケジュールを選びかけました。しかし、私の発達特性や、つい頑張りすぎる性格を理解していた両親は、「自分がいける!と思うよりも長く、ゆとりのあるスケジュールを選ぶと間違いない」、と助言してくれました。
二つ目のポイントは、「自分にとって相性のいい講師を選べる」ことです。発達障害のある人の学習と上達には、自分に合った講師に優しく教えてもらうことが大切です。私にとってNGだった講師は、「ここは臨機応変にね、とあいまいな指示が多い」、「練習が上手くいかないと、叱責やダメ出しが多く、褒めてくれない」でした。最初の内、私は複数人の講師に教えてもらい、その内「優しく丁寧に教えてくれる」、「指示が具体的で分かりやすい」、「できたところをよく褒めてくれる」、「自信のないコースを無理に走らせない」講師二名を選びました。相性の良い講師と信頼関係を築き、安心して練習できたおかげで、めげずに最後まで頑張れました。
運転はスリルとショックの連続
相性の良い教習所と講師に恵まれたこともあり、私はコース期間内に順調に仮免許を取得しました。とはいえ、実は免許は取れたものの、やはり運転の恐怖と苦手意識がどうしても抜けず、ペーパードライバーになりました。発達障害の特性上、私が運転中に感じた困難、と発達障害の種類別に難しさを感じやすい場面を紹介します。
①反応速度がゆっくりすぎて
自閉スペクトラム症(ASD)で「感覚の鈍さ」が優位な私は、前後に迫ってくる車を認識し、スピードを調整したり、障害物を回避したりといった反応速度が遅いです。また聴き取りが悪いので、口頭での指示を理解して行動するまで、時間を有します。私自身もそうですが、ASDの人は刺激や変化の少ない安定した環境を好む方が多いです。しかし、車の運転と交通状況は、1秒よりも早く常に変化するものです。そのため、臨機応変な対応や予期せぬ出来事がASDの人にとって、運転に不安や恐怖を抱くことは多いでしょう。ASDの人によっては、事故などによる交通渋滞にそうぐうする、あおり運転の標的にされる等、予期せぬ状況や危険に直面した時、パニックを起こす方もいます。教習所での実技試験は、何とか一発で合格しましたが、「ものの認知と反応速度が遅い」、と耳の痛い評価をいただきました。
②車体感覚と他の車を認識するのが難しい
①の理由とも重なりますが、反応が遅いもう一つの理由として、他の車や障害物、標識を見逃しやすい特性です。特に知的障害を伴わないASDは、視覚認知が苦手な方が多いです。私も一般道路で練習していた頃、目の前の信号や車、横断中の人など、特定の対象をつい一定時間凝視してしまいました。私のようにASDは、特定の対象に注意を向けると、そこにばかり集中してしまい、周りが見えなくなります。さらに、ASDはただですらボディーイメージ(自分の体の大きさと物体との距離感の認識イメージ。これが働くおかげで、自分の体全体の位置が目に見えなくても、ものや人にぶつからずに済む)が弱い人が多いです。そうなると、「車体感覚(自分の運転する車の大きさと位置、他の物体との距離感)」を頭の中で測るのが難しくなります。教習所内での駐車練習や、S字路の運転練習には、私もかなり苦戦させられました。自分でいけるかなっと思いきや、講師の方が扉を開けて道路を見せながら、「このままいくと溝に落ちるよ〜」、と苦笑していました。私の発達友達の内、車を毎回必ずぶつけ、キズを作って帰る方がけっこう多いです。
③ルールにこだわってしまい、柔軟な対応が難しい
発達障害の特性上、運転の弱点や苦手意識を強く自覚していた私は、「せめて人にあまり迷惑かけず、交通ルールと安全運転だけはきっちり守ろう!」、と座学も怠りませんでした。とはいえ、運転は技術と練習、慣れが大切なので、知識を頭にいれるだけでは中々思うように運転できません。ASDにもありがちですが、私の場合「こういう時は、こうすればいい」、というパターンやルールを頭に入れ、それに忠実に従う傾向が強いです。しかし、運転中は時にそれが不利になることも多いです。
例えば、法定速度は当然守らないといけませんが、それをきっちり守り過ぎると、かえって円滑な交通状況を妨げます。法定速度と交通状況に応じたスピード調整は、私にとっても難しかったです。練習中、法定速度をちゃんと守っても、「前の車との距離が空きすぎて、後ろの車がやきもきしているみたいだから、もう少しスピード上げてみよっか」、と講師によくやんわりと助言されました。逆に、法定速度はきっちり守らなくていいんだな、と周りに合わせてスピードを上げると、「法定速度を見てごらん。今度はちょっと早いから、落とそうか」、と助言されることも多かったです。
また、教科書通りのルールを守り過ぎて、かえってマナー違反をまねいた時もありました。左車線で運転していた際、駐車中の車などの障害物を避けるために右車線へ移り、それから左車線に戻る、というのが基本です。しかし私は、そのルールを忠実に守るために、左車線に障害物がずっと並んでいるのに、左右を行き来してしまいました。結果、「ジグザグ走行」というマナー違反をやってしまい、講師に注意されました。発達障害の人は、こだわりやルールに従う傾向が強く、状況に応じてルールやマナーが変わることに強く戸惑います。柔軟な対応ができるようになるまでに、練習と時間、理解者のフォローが必要になりそうです。
④その他の予想しうる困難
・自閉スペクトラム症(ASD):私の話に上がっていた例の他、学科教習では「文章を理解しづらい」、「標識などの絵や図の理解は苦手」、「教習所での人間関係を上手く築けない」などの困難を抱えることも多いです。
・ADHD(注意欠如多動性障害):ADHDの人に限った話ではありませんが、「衝動性」の特性は、スピードを出し過ぎる無茶な運転に繋がりやすいと思います。また、全ての人に当てはまるわけではありませんが、交通での渋滞や他の運転者とのケンカなどのトラブルに発展することが予想されます。ADHDの友達の一人は、運転がとても上手いのですが、急スピードや急ブレーキなど無茶な運転が多いです。また、他の運転者に自分からケンカを売ることはしませんが、すぐにイライラしたり、窓越しに相手を睨みつけることが多いので、見ている方はひやひやさせられます。
・学習障害(LD):LDのうち「読字障害」のある人は、「案内標識の文字が読めない」、「学科教習では、教科書の文章が読めない」、「運転免許の筆記試験をパスできない」等の困難があります。そのハンディへの対応法は、後述します。
運転免許を取得
教習所での実技試験に何とか合格した私は、仮運転免許を無事取得しました。その後は、県警本部での運転免許の筆記試験や適性検査などに合格するのみでした。筆記試験の勉強においては、文章の細かい点の見落としが多いのでひっかけ問題が苦手で、しかも文章の意味を理解するまでに時間がかかるので苦戦しました。ただし、幸い私は記憶力が悪くなかったうえ、インターネットの問題集を9割から10割取れるようになるまで徹底的に勉強しました。この辺りは、自分の生真面目な性格と記憶力が功を成し、筆記試験は一発で合格できました。こうして私は、運転免許を無事取得したのです(めでたしめでたしです)。
ここまでは、発達障害の特性が生む運転のハンディや困難を中心に取り上げました。しかし最後は、発達障害の特性別に運転で有利になる点や支援方法について、勉強足らずな面もありますが述べます。
発達障害の特性が運転に活かされるところ
・自閉スペクトラム症(ASD)の場合、ルールへのこだわりや柔軟な対応、認知と反応のスピードが遅いことなどを述べました。しかし、裏を返せば「ルールをしっかり守って安全運転を心がける」真面目さや、運転への不安を自覚しているため決して「無茶な危険運転はしない」、というのが美点です。
・ADHDの場合は、「不注意」の特性を心配するかと思います。しかし、ADHDの「不注意」とASDの「不注意」は仕組みが異なります。ADHDの不注意は、目の前のあらゆる刺激へ次々と目移りし、一点に集中することができないタイプです。つまり、状況が常に変化し、それに応じて行動を常に変える活発さが要求される運転では、ADHD特性が有利に働くこともあります。ADHDが優位な場合、あらゆる刺激を瞬時にキャッチし、常に手を動かせる特性を活かしている方もいます。
・学習障害の場合、「読字障害」はあっても知的障害を伴わないことが多いです。そのため、文章ではなく音声や口頭で問題を聞いて理解するなどの工夫をすれば勉強できます。筆記試験に関しては、発達障害に関する専門機関への相談や公的機関の問い合わせなどによって、個別の支援と対応ができるかもしれません。障害者差別解消法において、国・地方自治体は障害者に対して、「差別の禁止」と「合理的配慮」を守る義務が明記されています。さらに、栃木県を始めとする「発達障害者向けの運転免許取得支援」を実践している教習所もあり、相談を承っている機関もあります。発達障害者向けの教習所では、発達障害支援のコーディネーター付きで運転免許の取得をサポートします(詳細は、参考文献を参照してください)。
とはいえ、発達障害者向けの運転免許取得を支援している教習所や機関は、まだまだこれからだと思います。専門の教習所か一般的な教習所、どちらで学ぶにしても、発達障害の特性を理解しておくのは大切だと思います。運転の際に予想しうる「苦手部分」や「自分の発達特性」をメモなどで記録・把握しておき、自分に合う講師の方にも予め伝えたうえで練習に務めてみます。そうすることで、講師側としても理解と配慮を把握しやすく、発達害のある本人にとっても少しは「安心」できると思います。
まとめ
発達障害者の運転免許取得について、以下にまとめます。
・発達障害者は、「車体や障害物の認識と素早い反応」、「ルールへのこだわりと柔軟な対応」、「標識や文章の理解」、「講師を含む人間関係」、「衝動的な運転」、「学科教習での勉強と筆記試験の合格」といった面に、困難を持ちやすいです。
・しかし、ASDなら「安全運転主義」、ADHDは「障害物や標識の素早いキャッチと反応、運転を楽しめる」、といった強みを発揮する方もいます。LD(読字障害)の方は、問題を音声や口頭で聴いて理解するなどの合理的配慮やサポートを得れば、免許を取得して運転している人も少なくありません。
・教習所選びのポイントとしては、「自分に合ったスケジュールや講師を選べる」、「免許取得に不安や困難を抱える学生へのサポート体制、場合によっては発達障害などの専門的支援が充実している」ことです。
発達障害の認知度は広がっているものの、正しい理解とサポート体制はまだまだ進んでいません。それ故に、発達障害で二次障害や生きづらさを抱える人は、色々チャレンジする中で落ち込んで傷つき、普通にやってみたかったことを諦めてきた方も多いでしょう。
自分がやってみたいことにチャレンジできる、障害があるからといって諦めなくてもいい、そんな社会に近づくことを願います。
発達障害の皆さま、運転が苦手な方も、是非やってみたいことへのチャレンジを楽しんでください。
参考文献
・「発達障害・軽度知的障害のある方の運転免許取得サポート校」つばさプラン(栃木県)
https://www.kanuma-ds.co.jp
・「発達障害と自動車運転能力」梅永雄二
http://www.iatss.or.jp
・梅永雄二(2016)『発達障害者と自動車運転、免許の取得と教習のためのQ & A』エンパワメント研究所
・「障害者差別解消法リーフレット、『合理的配慮』を知っていますか?」内閣府
https://www8.cao.go.jp
発達障害 注意欠陥多動性障害(ADHD) 学習障害(LD) 自閉症スペクトラム障害(ASD)