「産婆がキュッと」コピペの嘘を暴け

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Photo by Pawel Czerwinski on Unsplash

「昔は障害児が生まれたら産婆がキュッと締めて死産扱いにしたもんだよ」と聞いたことはないでしょうか。結論から言えばこれは歴史修正主義者の大嘘なのですが、本気で信じてしまっている御仁も少なからず存在しているようです。

これは旧2ちゃんねるに貼られた定型文(コピペとも)が元凶です。元ネタは時代考証に誤りがあるほか、ダウン症と知的障害が混同されており、信じれば恥をかくような文章となっています。助産師(現在の呼称)の歴史を載せている公益社団法人「日本看護協会」がファクトチェックのソースとして機能すれば良かったのですけれども。

戦慄のコピペ

コピペというからには原文はそこら中に広まっておりますので「産婆 キュッ」で検索すればすぐに出てくると思います。それを読めば早いのですが、一応飛ばし飛ばしで解説してみます。以下の文章はコピペ作者の妄想であり創作であることを念頭においてください。

コピペ筆者の曾祖母は当時でいう産婆をやっていたそうです。どのぐらい昔かは分かりませんが、昭和初期から戦後すぐの間ではないかと想定されます。彼女が初仕事で立ち会ったお産では、「今でいうダウン症」だったそうで、先輩に教わった通り即座に締めたそうです。なんでも「畑仕事も兵隊も読み書き算盤も出来ない。そんな穀潰しは最初から締めて死産扱いするのが貧乏な庶民の常識だった」そうです。

逆に余裕のある金持ちは締めるのを断り、そうして育った「知的障害者」は女中や村の娘を襲うのが当たり前だったとも筆者は曾祖母から教えられました。その曾祖母にとって一番酷かったお産は、戦中に立ち会った12歳の少女のケースです。母体が出産に耐え切れず少女は死亡し、新生児は「一目で分かる奇形」だったため締められました。

少女は5歳上の知的障害を持つ兄から性的虐待を受けており、これを知った曾祖母は「だから生まれたときに締めておけと言ったでしょ!今からでもその穀潰しを処分してあげるから連れてきなさい!」と人生で一番キレました。結局兄は土蔵に閉じ込められ10年後に他界したそうです。

それからの曾祖母は知的障害者を忌み嫌い、子や孫には「もし出来損ないが生まれたら私を頼りなさい。うまく始末するから」と伝えていました。筆者もまた曾祖母に共感しており「クラスの知的障害者を見てると、確かに生きる価値がないと思う」と結んでいます。

時代考証のミス

ここから戦慄のコピペの嘘を暴いていきましょう。まずは時代考証のミスです。コピペ内の時代は昭和初期から戦中と思われますが、新生児を締める「間引き(口減らし)」がおこなわれていたのは江戸時代が中心です。特に江戸時代中期の飢饉で多く見られ、理由も障害の有無とは関係ないケース(貧困など)ばかりでした。労働力の減少を恐れ、口減らしをやめるようお触れを出した殿様もいたそうです。

明治政府が全国的に法整備をしたり産婆の定義を厳密化したりして、ようやく間引きの数は減っていきました。日本看護協会によれば、近代から産婆には死亡診断書や死亡検案書を作成するなどの法的義務が課されるようになっており、勝手に締めるのはほぼ不可能と思われます。

そもそもの話、新生児を見てすぐ知的障害やダウン症を判別できるはずがありません。自分にそれができると思い込んで勝手に締め続けていたのであれば、相当数の健常児を締めていたことになります。コピペ筆者の想像上の知的障害者よりもずっと危険な人物です。あちらも想像上の産婆ですが。

下品な叙述トリック

コピペ筆者が知的障害とダウン症を混同しているだけかもしれませんが、下品で悪意のある叙述トリックもまた仕込まれています。

コピペの冒頭では「ダウン症は締められるもの」と言及されていますが、中盤からは「知的障害者はいずれ性犯罪者になる」「知的障害の兄から性的虐待を」とすり替わっています。これにより「ダウン症は暴力的な性犯罪者」というミスリードが生まれる訳ですね。

実はダウン症の男性には生殖能力がなく、あっても健常者より精子の数が少なく受精が難しいことが分かっています。そうなると性的虐待のくだりに大きな矛盾が出てきますね。

無理に聞きかじりのダウン症を出さなければ矛盾はなかったでしょうが、時代考証の間違いはどうにもなりませんし、基底の価値観そのものが腐っているのでどのみち面白い文章は生まれなかったと思います。

古き良き嘘という虚構

「昔の2ちゃんねるの頃は読者を楽しませるための嘘があって楽しかった。今は自己顕示欲や誹謗中傷のためだけの嘘ばかりでいかん」と、ネット上の嘘の方向性を懐かしむ人がたまにいますが、単なる思い出補正に過ぎないのではないでしょうか。

その「昔の2ちゃんねる」で空想の知的障害者に酷いことをさせる創作が大量に作られました。コピペをまとめたサイト記事も存在し「元気の出る障害者コピペ」などのように元気を出す目的でコピペが作られ読まれています。あれらを好んで読むというだけで色々と察してしまいますが。

どこから嘘なのかは分かりませんが、彼らの知的障害者像は「言葉が通じず、腕っ節が強く、性欲に忠実」と判を押したように似通っています。まさにコピペといったところです。昔の2ちゃんねるで作られた「障害者コピペ」の数々は、楽しいのは書いた本人だけの誹謗中傷創作であって、思い出補正の感想とは正反対のものです。

あのまま日陰に隠れていればよかったのですが、産婆コピペが「はてな」に進出したように、ネットの目立つところへ転載されてきています。ファクトチェックの準備はしておいた方がいいかもしれません。

参考サイト

ダウン症への風評被害「産婆がキュッと」のコピペ|神様からの預かりもの
https://utamarinco.hateblo.jp

助産師の部屋 助産師の歴史|日本看護協会
https://www.nurse.or.jp

間引き(人口制限)とは|コトバンク
https://kotobank.jp

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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