双極性障害にいたるまで~半生の振り返り
双極性障害(躁うつ病)出典:Photo by micheile dot com on Unsplash
自分は双極性障害と診断されています。その診断に至るまでの人生を振り返るので何かの参考になればいいなと思います。
希死念慮の始まり
希死念慮を感じ始めたのは中学生から高校生ぐらいのときでした。この時期から「人は何のために生きているのか」「このまま何もなく人生は終わっていくのか」というような中学生にとっては答えるのが難しいことをよく考えていました。また、長生きはしたくないと思っていました。20代後半ぐらいで死ねたらいいなと思っていたのを覚えています。
高校生活、大学生活
高校生活は楽しかったです。友達も多くいました。その友達とは今でも交流があります。勉強は嫌いではありませんでしたし、成績も良かったので大学に通わせてもらえることになりました。
世界史が好きだったので文学部史学科に進むことになりました。大学の講義は自分の興味があることばかりだったのでとても楽しかったです。 また趣味もたくさんありとても充実していました。バイクに乗っていたので友達とツーリングにいったり、サーキットを走ったりしていました。休日はお菓子や料理を作って食べていました。音楽も好きだったのでよくCDを買ったり借りたりしていました。また、大学の友達の影響でギターを買いました。ギターは今も弾き続けているぐらい好きです。
大学時代のアルバイト
アルバイトは、家の近所のガソリンスタンドと大学受験のときにお世話になった塾での講師の2つを掛け持ちしていました。ガソリンスタンドのほうは高圧的な客にイライラしたりもしましたが、先輩や同僚がいい人たちだったので続けることができました。塾の方は人に物を教えるのが意外と性に合っていたみたいで、苦にならずに続けることができました。
消えない希死念慮
このように勉強、趣味、アルバイトと充実した生活を送っていましたが依然として希死念慮が消えるようなことはありませんでした。大学やアルバイトを休むようなことはありませんでしたが、次第に眠れなくなり生活リズムが不規則になっていきました。
初めての明確な鬱状態
最初に精神科にいったのは大学3回生のときでした。酷い不眠に悩まされて生活リズムが不規則になっていました。布団に入ったまま一睡もできず朝を迎えることがよくあったのです。また、趣味も楽しめなくなっていました。何をしても楽しくなかったのを覚えています。
さらに体がとても重く、休みの日は1日中布団から出られませんでした。また、過去の些細な過ちが頻繁に思い出されて後悔の念に苛まれ、現在の状況を悲観的にしか捉えられず、未来を考えて絶望していました。
初めての精神科
そのときは眠れるように薬を出してもらいました。服用するうちに不眠が解消されたので、そこで一旦病院に通うのをやめてしまいました。相変わらず希死念慮は抱え続けていましたし、鬱状態はほとんど改善されていません。
しかし、自分にとって希死念慮は中学生の時からのつき合いなので、"ある"状態が普通になっていました。その感情が消えるなどというのは想像もできなかったです。
初めての躁状態
そして卒業論文はなんとか書き上がりました。しかし鬱状態が酷くて就職活動がほとんどできなかったので、卒業後は大学時代にアルバイトをしていたガソリンスタンドで引き続きアルバイトをさせてもらうことになりました。
この時期に「このまま何もなく人生は終わっていくのか」という思いが強くなっていました。そして、とにかく「ここではないどこか」にいきたくてウクライナにいきました。そのときは以前ほど鬱状態が酷くなくなっていました。しかし今にして思えば、完全に躁状態だったと思います。
4か月ほど外国をふらふらとしていました。帰国後は引き続きガソリンスタンドのアルバイトをしていました。しかしこの時期から四六時中イライラしていたり、すぐに頭に血が上り、ちょっとしたことに怒っていい返したりしていたのです。
2回目の精神科
そして家族に最近様子がおかしいといわれ、もう1度精神科にいくことにしました。そこで「双極性障害」の可能性があることを告げられました。そのときは双極性障害というものの存在を知らなかったので、いまひとつ実感が湧きませんでしたが、同時に自分のこれまでの異常な状態に名前がつき安心もしましたのです。名前があるほど一般的な病気なのかと思いました。
再び鬱状態
そうして病院に通っているうちに躁状態は落ち着いたのですが、鬱状態がまた酷くなっていたのです。ガソリンスタンドのアルバイトを続けるのが難しくなり辞めました。そのかわりにウクライナで、出会った人にライティングの仕事を紹介してもらいました。
この仕事はしばらく続けましたが、自分でスケジュール管理するのが大変でした。再び不規則な生活になってしまったので、この仕事は半年ほどで辞めました。人生で1番酷い鬱状態
そして鬱状態が酷く動けない時期が半年ほど続きました。この時期が人生で一番希死念慮が酷かったです。毎日朝から晩まで自殺することばかり考えていました。しかし同時に無気力感も酷かったので自殺をする気力すらありません。このとき自殺するのにも莫大なエネルギーが必要と知りました。
その後、気分の波が落ち着いてきてから自分の病気についてネットで調べているうちに「就労移行支援」というものの存在を知り、通い始めることになります。最後に
高校生、大学生時代の自分のように一見すると、順風満帆な人生を送っているようでも精神的な問題を抱えている人はいると思います。精神科の初診予約は1か月や2か月先になってしまうことも多くあります。
ギリギリまで追い込まれて、動けなくなってしまう前に病院を探してください。そして、ためらわずに病院にいってほしいと思います。発見が早ければ治療を早く始められます。また、周りの人は様子がおかしいと思ったら通院をすすめてあげて欲しいです。自分も周囲の人にいわれて初めて自分の様子がおかしいと気づき、病院にいき治療を始められたので。
この記事が読んでくださった方の何かの参考になれば嬉しいです。最後まで読んでいただきありがとうございました。