貸農園ビジネス、急に批判の的となる

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過去記事でも何度か触れた「貸農園ビジネス」。共生とは程遠い実態でありながら、法定雇用率を達成する裏技として多くの企業や一部の自治体から愛されてきた、障害者就労における「恥部」として紹介してきました。たまたまニュース番組で好意的に捉えられていたのが目に入って「世間はこういうのが好きなのか…」と思ったものです。

ところが、2023年に入って急に貸農園ビジネスへの眼差しが変わりました。共同通信による否定的な報道をきっかけに、厚労省にまで睨まれるほどの事態となった訳です。正直、ようやく問題視されたかという感じです。2018年の段階から細々と問題視する声が上がっており、自分が取り上げ始めたのも2020年からなのですが、厚労省が動いたり株価が急落したりといった明確な変化は見られませんでした。一体どういう風の吹き回しなのでしょうね。

「三方よし」を謳って

貸農園ビジネスが生まれたのは2010年ごろからだったといいます。貸す側の事業者は農園を管理し、そこで作業する障害者を借りる側の企業へ紹介、農園ごと障害者を貸すというスタイルです。借りる側の企業は、貸す側の事業者へ紹介料(1人40万~70万円)と農園利用料(1区画月20万円ほど)を支払い、農園の障害者に月11万~13万円程度の給料を与えます。また、一応の指導員が必要なためか、農園では高齢者などをパートで1人配置しています。

かつては「三方よし」のビジネスと謳われていました。借りる企業は法定雇用率を簡単に達成できますし、作業する障害者にとっても月11万という(作業所に比べれば)破格の給料が得られ、事業者はこのビジネスで会社を経営できます。「障害者雇用への意識が高い」という名誉も得られるため、自治体ぐるみで盛んなラブコールや誘致を受けることもあります。

貸農園ビジネスは全国で10~20の事業者が全国計85か所で展開しており、利用する企業は約800社、作業する障害者は約5000人に上ると言います。このビジネスを発明したとされるエスプールプラス(以下、エス)だけでも40施設を構え、520社と契約を結び、3100人以上の障害者が作業しており、定着率92%を誇示しています。何千人もの障害者雇用と定着を実現していると言えば聞こえは良いでしょうね。企業向け資料で「企業負担100%削減」などと書いていたようですが。

農園では養液栽培を採用する場所が多いです。養液栽培は水やりや掃除といった作業を簡単に済ませられ、品質を均一化させやすく、土を使わないため土由来の病気とも無縁といった特長があります。そのため、主に知的や発達の障害者が作業しています。最大の欠点である初期費用の高さも、企業が主体となるのであれば資金繰りに苦労はしません。

しかし、作業する障害者たちの仕事は養液栽培の世話だけです。金融だろうが製造だろうが飲食だろうが、どの業種に籍を置こうとも作業内容は変わりません。企業に籍は置いているものの、共に働く仲間として認められていない訳です。生産する野菜も、社内で消費したり本人に持ち帰らせたりするのが大半で、市場に出回らないことから本人の昇給や成長には一切繋がりません。共生、雇用、成長、全ての面でまやかしに過ぎない代物です。「農福連携」にとっても邪魔者でしかありません。

「障害者就労に見せかけた、ゆるやかな隔離ではないのか」貸農園ビジネスの在り方に対する疑問は早くて2013年ごろから噴出していました。しかし、今の今まで大きく取り上げられることは無かったのです。それが2023年に入って急に、厚労省が動くほどの事態になりました。本当にどういった風の吹き回しなのでしょうか。

命名、「雇用代行ビジネス」

2023年1月9日、共同通信による記事は貸農園ビジネスの評判を大きく揺るがしました。「お金を払って雇用率達成を買っているようなもの」「これは障害者雇用の代行ビジネスだ」と強く非難する報道でした。「障害者雇用の代行ビジネス」という別名を頂戴したばかりか、衆参両院でもこのビジネスを利用しないよう求める動きが上がっており、厚労省まで動いていることも明らかになります。

「法定雇用率の為に障害者を雇うのが面倒だという企業意識が透けて見える。作物が賃金に直接繋がっておらず、本当の意味で働いているとは言えないだろう。気付きにくい柔らかな形の排除だ。」(日本障害者協議会代表・藤井克徳さん)

「雇う企業自体はエスが決める。水やりや収穫といった作業はすぐ終わってしまい、一日の大半は休憩時間。企業がエスに数百万円以上の代金を払っていると後で知ったので、雇用率をお金で買っていると言われても仕方ないのでは」(農園作業をしたことのある発達障害男性)

「企業の本業に貢献するのが本来の雇用であって、貸農園はあるべき姿とは言えない。いくら正当化したところで、法定雇用率の達成だけが目的であることに変わりはない。多様な人が働けるよう配慮することは、企業の成長に繋がる。『障害者雇用はコストではなく、成長への投資だ』と意識を変えていくべき」(慶応大学教授・中島隆信さん)

「農園を見ていると、業務を無理矢理作ったという印象を受ける。雇用というより、作業訓練という『福祉』の領域に留まるのでは」(障害者雇用コンサルタント・松井優子さん)

他にも、当事者やその家族からは「作業は単純で馬鹿にされている気がする」「安定した企業に入れてありがたい」と正反対の意見が出ています。いずれにせよ、貸農園ビジネス改め雇用代行ビジネスが持つ問題点を痛いほどに突いていますね。ただ、最後に挙げたコンサルタントの松井さんは、企業側の立場についても斟酌すべき点があるとしています。その辺りは後述するとしましょう。

株価急落を受けて猛抗議

「『愚かさ』で説明のつく物事に悪意や陰謀を見出すな」とはよく言われます。なので、農園を貸す事業者にもそれを借りる企業にも悪気はなかったのだと思います。しかし、愚かさの代償を払うときは必ず来ます。「悪気はなかった」の類義語は「よかれと思って」です。

共同通信による報道の翌日には、エスにとって親会社にあたるエスプールの株価が、マイナス150円のストップ安まで急落しました。ストップ安とは「その日はそれより安くならない」という株価の下限を指す言葉で、要はそれだけ評判が悪くなったということです。

報道前の1月6日は827円、報道直後の1月10日になるとストップ安まで下がって677円、翌11日には638円まで落ちます。一旦は回復し、1月26日には801円まで戻りますが、その後は下落を続けて3月15日には563円にまで落ち込みました。なお、Yahoo!ニュースには1月28日に取り上げられています。

親会社のエスプールは1月11日に書面で抗議しました。「賛否両論であることは理解しているが、共同通信の報道は一方的で、当社の実態から大きく乖離している」「(栽培された野菜は)社員食堂などで好評だし、子ども食堂にも寄付している。一部の企業様は実際に販売もしている」「雇用率を買うなどの指摘は、真摯に障がい者雇用へ取り組む企業様へ一方的な見解を押し付けるもので、不当だ」と反論しています。これで一旦は株価を持ち直しました。

利用企業の中にも「農作業が合う障害者も居るし、野菜は社員たちにも好評だ。社員も農園で一緒に作業する研修もしているし、『心のバリアフリー』に貢献している」「障害者への給料は、研修の機会を提供して貰っていることへの対価だ」と擁護する声があります。読む限りでは対等な関係には思えないのですけれども。まず野菜を誰が作っているのか知らせているのでしょうか。

一方、エスとは別に貸農園を営むある事業者は、「代行ビジネスなどと全否定されるのは心外だ。農作物は放っておいても勝手に育つものではない。多くの工程を細分化して導き出したモデルがあるのに、それを否定されたかのようだ」と嘆きます。その事業者はハーブティーなどに使うハーブの農園を営んでおり、9つある工程を100ページものマニュアルに収めるなどの苦労を語りました。単純作業に留まらず、力仕事や微細なカビを取り除く細かい作業もあるようです。

このように、エスの後発となった事業者の中には多少意識の高い人もいるようです。農園ではなく実際に企業で働けるように調整したり、作物を市場に送り出したり、少しはインクルージョンを意識した所です。そもそも最大手のエスに問題が多かったせいでしわ寄せが来ているのですけれどもね。

なお、エスは3月中旬に40施設目となる農園を埼玉県内でオープンしたようです。エスの農園は埼玉県内だけでも8施設あるみたいですよ。

企業も努力はしている

「これまで黙認しておいて、急に手の平を返す厚労省の姿勢には違和感がある。企業は法定雇用率達成のため努力している」コンサルタントの松井さんは、企業側に斟酌すべき事情があるとしています。障害者に割り当てられる業務が思いつかなかったり、採用するに足る障害者が少なかったりする中で、厚労省から一方的に法定雇用率を吊り上げられて板挟みになる企業が多いらしいのです。切羽詰まった末に貸農園を頼る企業もいるのでしょう。

松井さんは企業の立場をこう語ります。「企業の立場からすれば、障害者雇用は取り組むべき課題のあくまで一つに過ぎず、最優先事項ではない。企業の状況は多種多様。どのように法定雇用率を達成するか、選ぶのは企業自身だ」同時に、貸農園を「雇用」と言い切るのも疑問が残るとしており、適性に合った仕事に就いて適切なマネジメントを受けた方が圧倒的に伸びるとも語っています。そもそも、適性外の仕事や質の低いマネジメントは健常者にとっても毒ですよね。

また、貸農園を拙速に規制するのも良くないという意見があります。貸農園には、就労支援に甘んじる障害者の受け皿という側面もあり、これが無くなれば5000人の障害者が路頭に迷うというのです。個人的には、誤魔化しの就労が断たれたところで収入以外は何も変わらないでしょうし、「生活費を払って障害者を隔離する」のモデルケースが流行したり成熟したりする方が危険だと思うのですが。

これからの障害者雇用について松井さんは、「業務の整理」「各部署の協力」「厚労省と経産省の協力」が必要と説きます。

「障害者就労は事務補助や清掃が当たり前だったが、コロナ禍やDX化によって業務は大きく変わっている。時代や業種に合わせて、必要とされる業務を考えていくのが大切だろう。メーカーなら検品、IT関連なら検証作業、今なら動画を活用する機会も増えているので動画編集も業務として創出できるはず」
「障害者雇用は人事部や管理部門の仕事というイメージがある。そこに企業利益を担う事業部門も協力できれば、コスト削減や新たなニーズといった観点での業務創出が出来る」
「障害の有無に関わらず、人材を『資本』として捉えて組織への貢献という視点から考えると、組織における障害者雇用の位置づけも変わってくる。厚労省だけでなく経産省も連携して、雇用だけでなく人材活用としても、企業にどう役立っていくかモデルを示す必要がある」

とはいえ、急に障害者雇用の体制を整えろと言われても狼狽える企業は未だにあります。業務の創出などが出来るまでは時間もかかる筈なので、それまでは一時的に貸農園に甘えるのもアリではないでしょうか。勿論、体制が整えば企業で一緒に働く仲間として本当の意味での雇用をすべきです。貸農園に存在意義があるとするならば、そのモラトリアム期間となるくらいでしょうか。既存の福祉施設や就労支援で事足りそうな気はしますけれども。


参考サイト

「障害者は農園で喜んで働いている」はずが…国会がNG出した障害者雇用“代用”ビジネス
https://news.yahoo.co.jp

障害者雇用「代行ビジネス」と呼ばないで 受け皿の農園を展開する業者の本音
https://news.yahoo.co.jp

障害者雇用「代行」報道は「一方的で不適切」 株価急落の企業が抗議「実態から大きく乖離している」
https://www.j-cast.com

養液栽培の種類と潅水施肥方法/メリット・デメリットも解説
https://www.zero-agri.jp

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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