白か黒かハッキリさせたい〜中間を受け入れられなかった強迫性障害の私が、灰色を受け入れられるまで
強迫性障害私は、何事も白か黒かハッキリさせたいと思っていました。特に善悪に関して敏感で、必ず善い事か悪い事か、白黒ハッキリさせないと気が済まなかったです。物凄く辛くて、嫌でした。嫌でしたが、「しなければならない」と思い込んでいました。このような部分は、私の障害が関わっていたと思います。「白黒ハッキリ決めなければならない」という強迫観念によく襲われました。ですが数年前から、灰色いわゆるグレーゾーンを、徐々に受け入れられるようになりました。
(参考記事:私の強迫性障害が少し良くなるまでの実体験・要因)
世の中は、「白か黒」「善か悪」「0か100」
正直、私が両極端な考え方をするようになった原因は、少なからず父にあると思っています。私は小さい頃から父に、善悪について厳しく教えられました。またルールに関しては「絶対的なもの」として教えられました。他にも次のようなことがありました。中学生はじめの頃、塾の数学のテストで、1 問だけミスをしたことがあります。その塾での数学のテストの順位は、私がトップでした。各地にある塾だったのですが、数学は1000人中20位ぐらいだったと思います。(記憶に自信がないので、間違っているかもしれません。)私は、父に褒めてもらえると思っていたのですが、帰ってきた返事は「100点じゃないのか」でした。中学生でしたが、少し泣いたのを覚えています。こんな事もあったので、かなり両極端な考え方をするようになってしまいました。特に障害を発症してからは、善悪とルールに対してかなり敏感になりました。そして、物事は善い事か悪い事か、どちらかしか無いと思うようになり、何事も白か黒かハッキリさせないと気が済まなくなっていきました。
灰色は黒色
私は、グレーゾーンがとにかく受け入れられなかったです。何故なら、灰色には黒色が入っています。黒色の亜種みたいなイメージが私にはありました。完全に白色じゃない事は、私にとっては黒色と同じだったのです。少し悪い事という感覚が私には無くて、善い事か悪い事の二択しかなかったのです。ですから、グレーゾーンは私にとっては悪い事でした。この事で大変苦労しました。世の中、灰色の事が沢山あるからです。完全に白色の善い事をしようと毎日心がけますが、無理でした。自分の能力的に、全てを完璧にこなす事が出来ないからです。自分の理想(間違った理想)を、実現できない自分の能力の無さに嫌気が指すことも多かったです。かなり辛くなり、感情的になる事もありました。
灰色を認めた日
大学3回生の始め頃、母に電話している時に「どっちだっていいじゃないか」と思った時がありました。私は、悟りに近い体験だと思っています。(以前の記事にも書いた事なので、そちらもご覧になってみてください。)その日から徐々にグレーゾーンを認められるようになりました。グレーゾーンの存在を認めるまでは、常に自分が悪い事をしているように感じます。ほんの少しの悪い事でも、大変悪い事をしたように感じていました。ですがこの日以降、そういったことも徐々に少なくなりました。
灰色=黒色だった時は、辛くてたまりませんでした。色々、試行錯誤もしました。紙に「ルールは少しぐらい破っても大丈夫」と書いて部屋に張り、「何事も6割で十分」と自分に言い聞かせていました。灰色≠黒色になってからは、自分を悪者にすることも少なくなりました。ちゃんと「白色の事」「灰色の事」「黒色の事」と区別出来るようにもなりました。何より、窮屈だった私の生活に余裕が出てきて、以前より少し楽になったことが1番嬉しいです。
強迫性障害