元事務次官の息子殺害事件を振り返る~その1・事件の概要
発達障害 暮らし引きこもりだった熊澤英一郎さん(44歳)を刺殺して逮捕され、懲役6年(求刑8年)が実刑で言い渡された熊澤英昭被告(現在保釈金500万円にて保釈)。判決そのものよりも英一郎さんの家庭環境や発達障害との診断など、複雑な要素が次から次へと噴出して意見も多種多様です。
引きこもりとは、誰でも簡単に陥ってしまうものだと思います。熊澤家だけが異常という訳ではなく、何かの拍子や間違いで人生のレールを踏み外す、或いは最初から乗れなかった場合に引きこもりへと近づいていくわけです。要は無職や失職が引きこもりへの最も大きなトリガーになると言いたいのです。
熊澤家の場合は発達障害の二次障害が尾を引いて重篤な引きこもりになったというのが主で、そこに時代的背景も幾分重なっていたとみれば良いのでしょうか。その辺りの見解は後に回すとして、今回は事件の内容について整理し振り返ってみましょう。
事件の経緯と熊澤家の環境
事件が起こったのは2019年6月1日です。その日は近くの小学校で運動会が行われており、その声で英一郎さんはかなり苛立っていました。4日前に起こった川崎通り魔が頭をよぎった英昭被告は最高潮の危険を感じ、昼寝している英一郎さんを何度も何度も刺したのです。(検索履歴や妻への手紙などから計画性を指摘されたのですが)英一郎さんは中学2年の頃にいじめを受けて不登校になり、その頃から家庭内暴力は顕在化していました。やがて英一郎さんが一人暮らしを始めたことで家庭環境は比較的穏やかに戻りましたが、まともに就職していたことはほとんどありませんでした。親の資産や土地を頼りに転々としながら、20年ほどは一人暮らしを続けていたのです。
事件の1週間前に英一郎さんは実家へ戻り再び同居を始めます。家庭内暴力も程なく再開し、英昭被告とその妻はたちまちアザだらけとなって毎日「殺すぞ」と威圧される有様でした。
Twitterでは「ステラ神」というアカウント名で、父親のキャリアとドラクエ10を誇りながら威張り散らすツイートの他、母親や妹への憎悪にも度々言及していました。事件の1年半前に英昭被告とも疎遠になった際、英昭被告は「江戸京介」というアカウントを作ってTwitter上で息子とやり取りして繋がりを保ちます。
ところがTwitterでのやり取りは「ゴミを出したか」「散髪へ行っているか」といったもので、そのたびに英一郎さんはイラついていたようです。仕舞には英一郎さんの口から英昭被告のアカウントが「身バレ」するという始末でした。
英昭被告は英一郎さんを決して見捨てたり隠したりしたわけではなく、寧ろ社会復帰できるように行動力の限りを尽くしていました。主治医との伝達係は勿論、大学の編入先や就職先を探したりインターネットを覚えたりコミックマーケットに出たりと、ぐうたらとは正反対の姿勢だったのです。その一方、公的支援機関などへ相談しなかったり不安に寄り添う態度がなかったりと甘さもまた指摘されていますが。
Twitter上の声
英一郎さんの主な居場所だったTwitterでは、事件に対して様々な声が飛び交っています。情状酌量を求める声が比較的多いのですが、その考えこそ危険と断ずる人も少なくありません。いくつか要約の上紹介します。
「殺人は論外という前提で考えてもなお、同情すべき部分が多い。」
「親としての責任を全うした英昭被告は立派。執行猶予を付けるべき。」
「全ての元凶は中学時代のいじめ加害者ではないのか。そいつらこそ自分が原因である自覚を持つべきだ。」
「執行猶予がつくとどうなるか。それは『面倒な障害者や引きこもりは殺しても軽い罪で済む』という判例が出来ることを意味する。あの植松のような危険思想に通じる危険な判例だ。」
「妹の縁談が破談になった上自殺までしたのも、英一郎が原因だったのか。」
「英昭被告は事務次官時代にBSE問題で酪農家の自殺を招いた挙句、辞めてからも天下りでぼろ儲けした。英一郎さんがああなったのも因果応報と言わざるを得ない。」
「妹の縁談が破談したのを英一郎が発達障害の上引きこもり無職だからとするのは見当違い。将来暴力を振るわれたり金を無心されたりするのを嫌がったとみるほうが自然。」
Twitterなどネット上の様々な声で賛同できるのは2点です。まず、中学時代に英一郎さんをいじめていた加害者たちを全ての原因とすれば何も考えなくてよくなる点。次に、全てが発達障害のせいだと考えれば辻褄が合うという早合点は控えるべき点です。
ちなみに、今は英昭被告が保釈金500万円にて保釈されたため同情の声はかなり減っています。保釈は服役の先延ばし程度に過ぎないのですが、それでも殺人の実刑判決で保釈を認めるのは異例とされています。
発達障害と明かす是非
高齢引きこもりの子どもを親が殺したというだけで8050問題(引きこもり無職の高齢化に伴う諸問題)に繋がる重大な事件なのですが、もう一つ重大なファクターがあります。英一郎さんが診断されていた「発達障害」のことです。
英一郎さんは事件の4年前に40歳でアスペルガー症候群(現在はASDに統合)との診断を受けています(これは主治医を変えてからの診断で、前の主治医からは統合失調症と診断されていました)。勿論、先天的なものが遅れて明らかになったため、過去のエピソードからもそれらしい特徴は語られていました。
マスコミの取材を受けたかつての同級生は、「親を亡くした同級生の前で父親の自慢をする等空気の読めない部分があり、雑談に入れるのを避けられるような人だった。一方、ゲームには詳しくて絵心もあった。」と中学時代の生活模様を述懐しています。
しかし、発達障害や精神疾患であることをホイホイとばらしてしまう最近の報道に対し、「偏見の強化や時代の逆行に繋がりかねない」と危機感を持つ当事者も多いです。心神耗弱を理由とした無期懲役判決ラッシュが重なっているのもあまり平穏と言えないでしょう。
一方、「テキトー母さん」の著者で有名な立石美津子さんは自身のブログにて「隠さない方がいい」と述べています。「どの記事にも『発達障害だから…』などと書かれていない。発達障害の二次障害が悲惨な結末を招くことを伝えるためには隠さず開示するべきだ。」という理由なのですが、個人的には世論がそこまで理解できるのかどうか信用しがたい部分ではあります。
英一郎さんは最期に否定された?
公判で英昭被告の妻は涙ながらに「刑を軽くしてください」「アスペルガーに生んでしまってごめんなさい」と訴えていました。その様子にネット上では「醜悪な引きこもりに苦しんだ哀れな両親に慈悲を!」と共感する声が噴出しましたが、一部では妻の様子に首を傾げる意見もありました。
英一郎さんは最期の同居1週間で親から見限られたといえます。殺人の量刑を検索する計画性に何十か所も滅多刺しにする殺意、そして「普通の子に産んであげられなくてごめん」「可哀想な人生を送らせた」と自分たちの責任を認めているようでそうでない供述から、我が身可愛さを感じたという声もあるのです。
壮絶な家庭内暴力を受ける環境なら半日で音を上げそうですが、そこに至るまで腫れ物に触るような対応しかしていなかったのもまた事実です。しかも妻のほうは英一郎さんのプラモデルを壊して無理矢理勉強させており終生恨まれていました。これは本人のTwitterや同級生の証言でも述べられています。
今更何を考察しても結果論にしかなりませんが、立石さんのブログで述べられたように「二次障害の碑」として次回何かしら形にしていこうと思います。
▶次の記事:元事務次官の息子殺害事件を振り返る~その2・二次障害の碑
参考サイト
妻涙声で「刑を軽くしてください」元次官息子刺殺 - 社会:日刊スポーツ
https://www.nikkansports.com
元農水事務次官に刺された長男の壮絶な家庭内暴力といじめ体験
https://www.msn.com
二次障害による地獄|立石美津子オフィシャルサイト
https://www.tateishi-mitsuko.com
発達障害