私の過剰適応~ASDの場合

発達障害

出典:Photo by MChe Lee on Unsplash

「過剰適応」とは、本来の自分を押し殺し、周囲の意見や価値観に合わせて無理に自分を変えてしまうことをいいます。 私は現在就労移行支援事業所に通い、職業訓練を受けているのですが、その中で過剰適応に陥り、現在も対処方法が見つかっていません。この文章は、私の体験談から過剰適応に陥っていく過程を振り返り、今後の対処を探ることを目的としています。同じように過剰適応に悩んでいる方へ、何か少しでも役に立つことができればと思います。

お利口さんだったころ

私は小さいころから、人との会話があまり好きではありませんでした。ASD(自閉症スペクトラム)の特性により、周りとは少し考え方が違っていたため、お喋りをしても馬鹿にされたり、いいたいことがうまく伝わらずに歯痒い思いをすることが多かったのです。

そんなわけで、私は無口で大人しい子どもになりました。すると周りの大人たちは「お利口さんでえらいね」と私を褒めるようになりました。大人にとって都合がいいから褒められていただけなのですが、それを聞いて私は、話さないことはいいことなのだと思うようになりました。

小学生になったころから、私は学校内で誰とも会話をしなくなりました。当然孤立しましたが、もともと人と関わるのが好きではなかったので、特に気にせず過ごしていました。発声能力自体に問題はなく、勉強ができて先生のいうことをよく聞く子だったため、大人たちは特に問題視せず、むしろいい子として扱われました。

変化

しかし高学年になっても、私は誰とも話そうとしませんでした。さすがに大人たちも焦りはじめ、病院に連れていったり、発声練習をさせたり、なんとか話させようとしましたが、どれも徒労に終わりました。私が黙ったままでいると、大人たちは困り果て、中には「反抗的だ」と私を叱る人もいたのです。

私としては、それまでは静かにしていると「お利口さんだね」と褒められていたのに、どうして急にそれを否定するのかわかりませんでした。何も悪いことをしていないのに、どうして悪い子のように扱うのかと不満に思いました。周囲への不信感を募らせた私は「私は間違ってない、私が正しい」と思うことでなんとか自分を守ったのです。

過剰適応の始まり

ある日、私は自分に「場面緘黙症」という病名がついていることを知りました。当時の私は病気=悪いことだと思い込んでいたので、話さないことはそんなに悪いことだったのだと思い、大きなショックを受けました。

周りの人間のいうことが正しかったんだ、私が間違っていたんだ……このときの苦い思いは今も消えず、ずっと私を苦しめ続けています。このころから私は自分に自信を無くし、周囲の顔色をうかがい、何が正解なのか周囲の反応から探るようになっていきました。

自分の意思に従って行動すれば、また間違いを犯してしまう。そう思った私は、できるだけ周囲にいわれるがまま行動するようになりました。言葉を発すればさらに間違いを重ねてしまいそうで、声を出すこと自体が怖くなりました。「話さない」は「話せない」に変わり、私はどんどん何もできなくなっていったのです。

普通になりたい

何年か経った後、私は「"普通の人間"になりたい」と思うようになりました。そうすれば、みんなから認められて、また自分に自信を持てるようになると考えたためです。

それからというもの、私は必死に"普通の人間"になろうとしました。普通に話せるようになるためにカウンセリングに通い、普通に友達を作るために愛想笑いを覚えました。そうして大学生になったころ、ようやく3人ほど友達を作ることができました。

その友達に見捨てられないため、私はますます必死に"普通の人間"になろうとしました。周りの人間をよく観察して、自分以外の誰かの真似をすることで"正解"を身につけました。すると友達以外の人とも話せるようになり、私は少しずつ自信を取り戻し始めたのです。

過剰適応の末路

その後、自分が発達障害であることを知り、普通の人間になることは断念せざるをえませんでした。一旦就職を諦めた後、数年のアルバイト生活を経て、私は今の就労移行支援事業所に通い始めました。

大学生活とアルバイトを通してずいぶんと社会性が身につき、他の通所者の方とも普通に会話ができるようになりました。周りは優しい人ばかりで、孤立することもありませんでした。やっと私は、思い描いていた"普通の人間"のような生活を手に入れたのです。

しかしどうしてなのか、何をしても不安で、何をしても寂しい気持ちが消えませんでした。もしかすると心のどこかでは、誰かの真似ではない本当の私を受け入れてほしいと思っていたのかもしれません。

私はそれに気づかず、もっといい子になればみんなから好かれて孤独感も消えるかと思い、周りにいるいい子の真似をしようとしました。ですが完璧に真似することはできず、失敗を繰り返し、そうこうするうちに限界を迎えました。

今は少し落ち着いてきて、今後どうすればいいのかずっと考えています。過剰適応をやめて楽に生きた方がいいのか、それとも過剰適応を認めて受け入れた方がいいのか、どこを探しても正解は見つかりません。きっとこんな風に、自分以外のどこかに答えを求めてしまうことが、私の過剰適応の大きな要因となっているのでしょう。

過剰適応をやめて自分の軸で判断ができるようになれば、人に愛され認められると、私以外の誰かがいいました。ですが私はもう、誰かの言葉に従いたくはありません。自分で答えを見つけられるようになるその日まで、わからないことはわからないまま、私は理想の自分と本当の自分に振り回されて生きようと思います。

参考文献

【過剰適応とは|メンタルヘルス.jp】
http://hr-mental.jp

ひつじ

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自閉症スペクトラム障害(ASD)

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