「猿がボタンを押す実験」は本当にあったのか

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Photo by Andre Mouton on Unsplash

俗に「猿を破壊する実験」と呼ばれるものがあります。ボタンを押せば餌が出る部屋に猿を入れるというものですが、実験者が確率を操作できるようになっており、段々と餌の出る確率が下がっていきます。すると、猿は他に目もくれずボタンを押し続ける…というものです。これはパチンコやパチスロの原型とまでいわれているのですが、果たしてこの実験は実際に行われていたのでしょうか。

結論から申し上げますと、この実験そのものは実在しません。ただ、類似の実在実験が幾つか合わさって生まれたキメラ創作である可能性は高いです。元ネタの候補をご紹介しましょう。

スキナーボックス

スキナーボックス(スキナー箱)とは、オペラント条件付けの実験に用いられる装置で、そのままオペラントボックスと呼ばれることもあります。名の由来はアメリカの心理学者バラス・スキナーによって開発されたからというありがちなものです。

レバーを押せば餌が出る飼育箱で、その確率も操作できるよう設計されています。レバーを押して餌が出るというのは「強化因子」であり、必ず出るよりも確率で出たり出なかったりするほうが強化因子としては大きく学習の効果も消えにくくなります。つまり、出るか出ないか確実でない方が却って期待しやすい訳ですね。パチスロなどとの類似性が指摘されていることもまた重要な点です。

元ネタとしては十分すぎると思われますが、決定的に抜け落ちている観点があります。それはスキナーボックスに入れる動物です。スキナーボックスに入れて実験する動物は、ラットやハトであって猿ではありません。また、餌を出さないでいるといずれ行動の強化も帳消しにされてしまうため、餌の出ないレバーを押し続ける事態にもならない訳です。

スキナーボックスそのものは名の知れた実験ですが、ラットやハトの代わりに猿を入れて実験した記録となると、それは存在しないことになります。「猿のスキナーボックス」そのものは、妄想の産物に過ぎません。なぜ猿に置き換わったのかと言いますと、メッセージ性を高めたいからではないかと思われます。

猿と薬物自己投与法

ただ、猿にレバーを操作させる実験そのものはかつて存在していたようです。それは薬物自己投与実験法といい、カテーテルを静脈内に留置した猿をレバーのある箱に入れ、レバーを押せばカテーテルを通じて薬液が注入されるというものです。薬液は対照実験用の生理食塩水を除けば、ニコチン、覚醒剤、コカインと依存性の高いものばかり。猿はたちまち薬物の虜です。

それだけではありません。薬液が出るまでにレバーを押すべき回数を段々と増やしていき、何回までレバーを押し続けるのかを通じて依存の度合いも見ていきました。ニコチンでは400回、覚醒剤では1600回、コカインに至っては18000回もひたすらレバーを操作し続けており、まさにレバーを押し続ける壊れた猿が完成してしまいました。

実際に猿を用いており、しかもレバーを尋常ならざる回数も操作し続ける結果。これも「猿を破壊する実験」の元ネタになったのかもしれません。違いを挙げるとすれば、餌なんて生易しいものではなく依存性の高い薬物を直接静脈に打ち込んでいることでしょうか。

マカクザルのくじ引き実験

猿を用いた実験にはこのようなものもあります。筑波大などのチームがくじ引きの実験をしていました。当たれば数ドルの賞金を出すくじ引きを何度かやるというものでしたが、参加者は72人の人間と2匹のマカクザルでした。マカクザルのほうには賞金の代わりにジュースを与えるようにしています。

これで何を見ているのかというと、ギャンブルで大当たりした時の行動です。人も猿も、当たりくじを引いた後にもう1度大当たりを狙う行動がみられる結果となりました。猿にも運勝ちすると気が大きくなって論理的判断がしづらくなる傾向が出ると示唆された形です。

猿を用いたギャンブルに関する実験ということで、「猿を破壊する実験」が伝えたいニュアンスと似通っている気がします。研究者たちも、猿の脳を調べることも有用ではないかと述べていました。ただ、この研究は比較的近年のもので、時系列的に「猿を破壊する実験」の元ネタと言い張るのは厳しいです。

アカゲザルの愛着実験

「猿を破壊する実験」と実際に呼ばれた実験はあります。それは心理学者ハリー・ハーロウが実施したもので、生後すぐのアカゲザルを親元から離して実験室に入れていました。実験室には針金と授乳器具で出来た「ハードマザー」と布で出来た「ソフトマザー」、2体の代理母が置かれており、猿は食事の時以外ずっとソフトマザーにひっつく結果となりました。そこから、愛着形成には直接のスキンシップが大きく関わると結論付けられます。

問題は、猿の母子を隔離する実験形態です。これ一度限りではなく長期間の隔離実験などもあり、猿は精神的な不調や社会性の欠如などに苛まれ、ハーロウの実験は人生ならぬ猿生(えんせい)を崩壊させる側面が指摘されるようになります。当然ハーロウへの批判も多く、現代でこのような実験をやろうとしても倫理審査で弾かれるでしょう。

なるほど「猿を破壊する実験」ではありますが、冒頭の話との関連性はとても薄いです。ハーロウの実験には、レバーやボタンで餌が出るギミックなど存在しませんからね。パチンコや快楽物質やギャンブルの話とは明らかに毛色が違うでしょう。これを「関係のない話」といいます。

参考サイト

スキナー箱の実験とは?実験方法・結果・強化学習のしくみを簡単に解説
https://yasabito.com

薬物乱用・依存と脳機能障害
https://pharmacol.or.jp

サルも人間同様「ギャンブル」で成果得ると「もう1回」…論理的判断にゆがみ、研究で明らかに
https://www.yomiuri.co.jp

ハリー・ハーロウ「身体的接触と愛着形成」
https://s-counseling.com

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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