今更聞けない「親学(おやがく)」~画一化を尊び多様性を卑下する
発達障害前に「冷蔵庫マザー理論」を広めたブルーノ・ベッテルハイムの話をしたと思います。心理学者のバーナード・リムランドが理論の不備を一つ一つ突き崩し、提唱者のレオ・カナーが敗北宣言をしたことで「冷蔵庫マザー理論」は打ち倒されました。
しかし、ベッテルハイムが世界中に広めた「冷蔵庫マザー理論」は一層に至っておらず、未だに信じている人間もいます。個人単位ならば気にするレベルでもないのですが、徒党を組まれると穏やかではないでしょう。
「発達障害は親の教育が悪いからだ!」と未だに信仰している集団が実際にあります。その名は「親学(おやがく)推進協会」といい、他にも時代錯誤の提言を幾つも行っている曰く付きの団体です。
親学(おやがく)とは何なのか
「親学」とは明星大学教授で「やすくに教育塾」の塾長でもある高橋史朗氏が提唱したもので、「伝統的な子育てを体系づけて親に学ばせることで教育の質を上げる」という主旨があります。その総本山である一般社団法人「親学推進協会」でも高橋氏が理事長を務めているほか、超党派の議員連盟に「親学推進議員連盟」というものも存在します。
公式HPなど自らの言い回しは穏やかですが、実際は旧来の子育てを至上とするスタイルです。「子守唄を聞かせながら母乳を与えなさい。粉ミルクはダメ!」「テレビやビデオやゲームは避けろ!」とガチガチの規制と画一化を好んでいるのが特徴でしょうか。伝統や戦前教育を崇拝するあまり現代の多様性などを蔑む姿勢も大きな特徴で、建前となる公式HPですら「家庭の教育力が下がった原因のひとつに家族の多様化がある」と暗に呟いています。
「親学」が生まれた背景には、20世紀末の酒鬼薔薇事件や西鉄バスジャック事件を発端とする「教育への疑問」があります。当時は、例えるなら「親の学び」というテーマの発表を班ごとに行うようなもので、各自治体でそれぞれの「親学」を考えていた状況でした。「高橋派」もその一部に過ぎなかったのですが、めきめきと勢力を伸ばしていき、2006年の教育基本法改正を機に推進協会を設立します。
実は親学といっても「高橋派」と無関係の取り組みがあり、愛知・大分・大阪・奈良などは高橋氏が活動を始める前から「親学」の名前を出していました。そのため見分けがつきにくいのですが、高橋派親学は想定する家族スタイルまで画一化されておりダイバーシティを陰に陽に批判している向きがあるそうです。
「発達障害は教育で治る!」と言ってしまった
高橋氏らは明言していませんが思想的には明らかに「冷蔵庫マザー理論」を支持しているとみて間違いありません。議員連盟が組まれた2012年は発達障害とその療育に関する知識や関心が高まっていた頃なのですが、丁度その時期に「親学に基づけば発達障害は治せる!」「親が愛着を持って子どもと接することが発達障害の予防だ!」と豪語していたのです。
発達障害とは先天的な脳構造の話なので予防も治療もありません。ベッテルハイムが敗北して40年以上経った段階でこのような事を言い出すのは無知かつ時代遅れと揶揄されてもおかしくないでしょう。しかし信仰者もゼロではなく、あの籠池夫人も「親の質が下がったから発達障害が増えた!」と仄めかす声明を出していました。そもそも子育ての不安に付け込むのが高橋派親学の基本スタイルなので、信じてしまう人が出るのもある意味無理からぬことではあるのですが。
調子に乗った高橋派は大阪維新の会による「家庭教育支援条例」の条文作りにも密接に関わりました。勿論、医師や当事者家族から「根拠のないことで差別発言するな」と猛烈な批判を受け、当時の代表である橋下徹氏までも条例案にダメ出ししたので撤回となった訳ですが。(ベッテルハイムも上の人間であるカナーから梯子を外されていました。物凄いシンパシーです。)
そもそも高橋氏の分野は教育学であり、発達障害に関わる精神医学や心理学とは畑違いもいいところです。発達障害の件を抜きにしても高橋派親学はエビデンスが不安定で、キッパリ「いけない宗教」と断罪する人も少なくないのです。
冗談から生まれ嘘を食べて育った
高橋氏が親学に興味を持ったきっかけは2001年にオックスフォード大学ケロッグガレッジの学長だったジェフリー・トーマス氏に触発されてのことだそうです。ジェフリー学長は「人の親になることについての学問って無いじゃない。試験をパスしなければ子どもを作れないってのはどうよ?半分冗談だけどな!」とジョークを飛ばしたのですが、これに高橋氏は本気で感銘を受けたらしいです。
どうも高橋氏は自説に何かしら権威付けさせる手法が常態化しているようです。ジョフリー学長の名前も利用しましたし、親学の権威付けに科学的根拠が極めて薄弱な理論を取り付けることもありました。特に歴史考証的に無理のある「江戸しぐさ」を取り出したことについて、歴史研究家の中でもファクトチェックに厳しい原田実氏は「疑似科学と歴史誤認にまみれている。教育現場へ安易に採用してはならない」と断罪しています。
高橋氏は神経科学分野の学者からもお墨付きを得ようとしていたことがあります。ところが賛同した学者はどれも曰く付きの人材で、中には「ゲーム脳」で悪名高い森昭雄氏も招聘されていました。しかも高橋氏と森氏は「悪友同士」といっても差し支えないほど密接な間柄です。
理想の子ども像に当てはめるのが願い
色々ゴチャゴチャやっている高橋氏ですが、彼には「理想の子ども像」があり、それに当てはめることが最良の教育だと信じている向きがあります。利権や金稼ぎなどもあるのでしょうが、「理想の子ども像」から外れている子どもへは結構冷酷な発言もしているのです。
本人主催のキャンプで子どもたちに星空を見せた所、ある子が「まるで発疹だ。気持ち悪い。」と発言したのを受けて、「あれは正しい美意識の遺伝子が働いていない脳内汚染だ」と述懐していたエピソードがそれです。星空を綺麗と思わない人はごく少数かも知れませんが、それにしても感想の多様性を蔑ろにするスタイルが滲み出ていると言わざるを得ません。
「親に感謝する子ども」も高橋氏にとって望ましい子ども像です。その一環で子守唄ならぬ「親守歌」まで始めており、大会までも開きました。原田氏はこれも「被虐待児とか親へ感謝しようのない子はどうするのか。個々の家庭事情を考えていない」とバッサリ切り捨てています。
熱烈な賛同者にTOSS(教育技術法則化運動)が名を連ねており、「子どもの画一化」を求める者同士固く手を取り合って教育現場へ物申しています。ダイバーシティについて問われているのをよそに時代を逆行しようとする蛮行は今もなお教育を蝕んでいるのです。
参考サイト
「江戸しぐさ」と「親学」 オカルト化する日本の教育|WEB第三文明
https://www.d3b.jp
「江戸しぐさ」に「親学」。儀史が堂々採用の教育現場に唖然|今日のおすすめ|講談社BOOK倶楽部
http://news.kodansha.co.jp
名古屋市教育委員会の「親学」について調べてみたらわかったこと - 日比嘉高研究室
http://hibi.hatenadiary.jp
「親学」とゲーム脳 - katosのブログ
http://blueeyedson.hatenablog.com
発達障害