「おかねのけいさんはできません」障害者男性自殺事件からみる「見えない障害」への厳しさ
知的障害事の起こりは2019年11月、大阪市の市営住宅で自治会の班長をくじ引きで選ぶという話からでした。知的・精神の障害を持つひとりの住人が、「障害で班長の役割が出来ないので外してほしい」と求めたのですが、「特別扱いは出来ない」と受け入れられなかったのです。
自治会役員は譲歩として「障害についてと日常生活への影響」についてまとめるよう求め、しかもその書類を他の住民にも説明すると告げました。自分の障害を説明して回られると言われた住人は、翌日に自殺してしまいます。
自殺した住人の遺族は自治会を相手取って訴訟を起こし、自治会も「強要したつもりはない」として全面的に争う姿勢です。ところで皆様は、障害を開示しないと何も出来ないことに疑問を抱いたことはありませんか?オープンとクローズドは、もはや就職活動だけの用語ではなかったのです。
住むなってことですか
自殺した住人(以下、「Aさん」と呼びます)は知的と精神の複合障害を持っており、自治会班長としての役割を果たすのは難しかったと思われます。くじ引きが外れるという希望的観測が仮に外れれば、不可能な仕事を押し付けられてしまうでしょう。対象から外してもらうのはAさんにとって出さねばならない要望でした。
それに対し「特別扱いは出来ない。他の住民には説明するから、障害についてまとめてきなさい」という態度を自治会はとりました。Aさんは便箋2枚に渡って自分の障害と、出来る事と出来ない事をまとめたのですが、「書きたくない事まで根掘り葉掘り書かされた。晒し者にされる」と近所に住む兄へこぼし、翌日自ら命を絶ちます。
Aさんに迫られた選択からは「嫌ならこの町から出ていけ」という圧が感じられたように思います。障害者のオープン就労には配慮事項を絞るために「どうしても出来ない事」と「頑張れば出来る事」を仕分ける作業がありますが、この場合は住み続けるだけの目的で「障害について詳しくまとめ、他の住民に説明すること」を強いられたわけです。
自治会の対応については「障害があるために困難な役割を背負わないと生活できないのは、共生しているとは言えない」「カミングアウト済みの自分ですら同じことを強いられると、存在を否定されたようで傷つく」「平等と公平を履き違えている典型的な例」などと批判が噴出しています。
自治会に支える意志は
訴えられた自治会のほうは、「他の住民から理解を得ながら班長選びから外せるよう努力した。本人に嫌がる素振りはなかったし、ストレスのかからないやり方を選んだつもりだ」と強要や圧力について全面否定しています。
自治会が見せた一連の反応を見ますと、万が一Aさんが班長となった際に、せめて困難な活動をサポートするという最後の義理すら果たすつもりはなかったように思います。「特別扱い出来ない!みんな平等!」と言って、Aさんが班長活動で行き詰っても助けないでしょう。
知的障害者相手になぜあそこまで意固地なのでしょうか。社会心理学の教授でスクールカウンセラーも勤める碓井真史(うすい・まふみ)さんは、「時代と共に町内会や自治会のあり方も変わっていくべき」としつつも急速な変化は難しいとしています。
碓井さんによれば、「大多数の自治会は『ことしの活動』に精一杯で、時代に合わせて改革する余裕がない」そうで、自治会そのものの高齢化や特例によるルール崩壊の恐れも無関係ではありません。特例を認めるために証拠が必要だったという言い分もあるでしょう。
ただ性悪説に毒され過ぎている嫌いもあります。「どうせサボるための嘘だろう」と決めてかかっていたからこそ意固地になったのではないでしょうか。もし相手の良心を信じて「事情があるなら仕方ない。詮索はしないでおく」としていれば、追い詰められることもなかったことでしょう。
見えない障害への風当たり
見ただけでは分からない不可視の障害を持つ人への風当たりは強いです。寧ろ、見て分かる障害への理解や配慮が浸透した分、反比例して不可視の障害への圧力が強まっている風にすら思えます。見て分かる障害でも「障害者は大人しく感謝していればいい」とでも言いたげな対応を取られることはありますが。
障害が見えないからといって健常者に近づける努力を強いられるのはいかがなものでしょう。「障害がある?だから何?見た目普通じゃん。健常者に近づく努力しろよ。甘えるな!」では途方に暮れてしまいます。しかし、色々と理由をつけて健常者や定型に近づく努力を強いられることが多いです。
不可視の障害を表明するためにヘルプマークなどが存在するのですが、それにすらも「印籠代わりにするな!」と噛み付いたり陰口を叩かれたりする有様です。ヘルプマークやマタニティーマークに対する文句はネット上を探せば簡単に見つかります。
そもそも障害は不可視のものが多く、発達障害や精神障害だけに留まりません。一部の身体障害や軽度の知的障害なども不可視の障害です。他には人工の臓器・膀胱・肛門、日本語話者でないモンゴロイド系、感覚過敏あるいは鈍麻など、見ただけでは分からない「困りごと」は枚挙にいとまがありません。
性悪説に則り疑り深く接するのではなく、不可視の「困りごと」があるという意志表示に対し適切な知識をなるべく多くの人が身につける、意識のボトムアップが行われれば改善されるのではないでしょうか。
参考サイト
「おかねのけいさんできません」男性自殺 障害の記載「自治会が強要」|毎日新聞
https://mainichi.jp
「おかねのけいさんできません」障害に対する理解を|アゴラ
http://agora-web.jp
自治会班長選びで障害をさらされ男性自殺|さいとうゆたか法律事務所
https://www.saitoyutaka.com
「おかねのけいさんできません」男性自殺:追い詰めたのは自治体か、私たちか(碓井真史)
https://news.yahoo.co.jp
知的障害