映画「旅立つ息子へ」&「LITALICO発達ナビ」オンライン合同イベントレポート②~自立という厚い壁
イベント◀過去の記事:映画「旅立つ息子へ」×「LITALICO発達ナビ」オンライン合同イベントレポート①~コミュニケーションでの困りごと
映画「旅立つ息子へ」の上映に先がけて「LITALICO発達ナビ」がオンラインでのトークイベントを開催しました。リモート通話による3人のトークが生配信され、映画に関連したアンケートの結果を解説しながらそれぞれの意見が表明されています。
話題は「子どもの自立」「親亡き後」という障害者にとって切実なものへ移ります。障害者の就職戦線は、最低賃金の非正規で就けて御の字という極めて貧しい水準にあります。経済的自立について、意見交換がなされました。
出席者(敬称略)
牟田暁子(LITALICO発達ナビ編集長)
橋謙太(ファザーリング・ジャパン)
田中康雄(北海道大学名誉教授・児童精神科医)
将来の自立を踏まえて
牟田「映画の中では、別居中の母親が息子の将来を考え施設へ入れるのを提案し、父親がそれを拒否するという場面がございます。お子様の自立に対して、将来のことを踏まえ今から出来る事やどのようなサポートが必要かなど、考えるべき事について田中先生のご意見を伺いたいです」
田中「何か一つのゴールがあるわけではなく、家族ごとに考え方や自立のイメージがあると思うんですよね。それを考慮しながらサポートしていくんですけども、自立をゴールとしてしまうとそれに向けたトレーニングに日々を費やすわけです。それで途中経過が辛くなってきて、想像のつかないゴールに向けて絶え間なく努力を強いられ続けます。それよりも、現在の積み重ねの果てにゴールが待っているという風に考えたほうがいいかもしれません。今回の映画でも感じたのは、親が考える自立のゴールと本人が目指しているライフスタイルは違うということです。ゆえに、旅立つというか離れていくことを双方がどう受け止めていくのかになりますので、親が勝手に設計図を書いて乗せていくのは違います。親の書いた部分と本人のズレを修正していきながら、本人の希望に合わせていくことになるのかなと、今回の映画を観て感じました」
就労が全てなのか
牟田「それは障害の有無に関わらず共通かもしれませんけれども、親は経験則から将来しておいた方がいいことを逆算して押し付けがちですよね。でも子どもは今を生きていますし将来のことも分かりませんから、先々のために我慢させすぎるのもどうかと思います。橋さんについてはお子様がもうすぐ成人されますが、親子それぞれの気持ちは今どのような段階にありますか?」
橋「娘は4月から就労するわけですが、課題はこれからも色々と出てくると思うんですよ。自立のイメージって家庭ごとに違いますし、お子様の状況によっても違ってきます。憲法に勤労の義務はあるものの、個人的には就労へ躍起になる必要があるのかと感じています。日本人は『働くことは善い』と信じる節がありますが、私がブラジルに住んでいた頃は逆に『働くことは悪いことだ』とまで言われたことがあります。その時は天地がひっくり返るほどの衝撃でした。『土日に働くのは特に悪い。土日に働くのは日本人か中国人くらいだ』とまで言われましたね。『休むときは休め。仕事が終わったら帰れ』とメリハリがついていました。やはり『就労』にこだわるのは日本人が『働くこと』にこだわるからでしょうが、別の価値観もあるということをまずお伝えしたかったです。大事なのは、いま目の前の子どもが楽しんで生きているかです。私は子育ての上でそれを重んじており、娘が今楽しく生活できているかが結果的に将来の糧になると思っています。いま目の前のお子さんが楽しく生きているかに焦点を当てたうえで、就労というか将来を見据えていくのが大事ではないでしょうか」
日本では「働かざる者食うべからず」ということわざがあるように「働かなければならない」いう風潮が強くあります。働きたくても働けない人も多い現状を汲み取って、まずは生きていることに価値があり、存在自体が素晴らしいと皆が思える社会を作っていくことが大切であると感じます。
親亡き後が心配
牟田「今のお話に関連するかとも思うのですが、発達ナビのユーザーへとったアンケート結果があるのでご紹介させて頂きます。映画の中で母親が『あんた(父親)が居なくなったらどうするの』と言って、子どもの将来へ向けて色々と準備しているシーンがありますね」
牟田「『お子様の将来についてどのような不安がありますか』というアンケートですが、やはり1位は『就労できるかどうか』が挙げられていました。後には『困ったときの相談先があるか』『金銭面で困らないか』『騙されないか』『住む場所に困らないか』が続いています。就労の可否と経済面での自立がセットになっている印象を受けました。働けないと食べていけなくなるのではないかという不安も裏腹かと思いますが、橋さんはこの結果を踏まえどのようにお考えでしょうか」
橋「確かに就労が善とは限らないと申しましたが、結局は二次障害なんですよ。学校もそうですけれど無理矢理入って続かなくなるとか。これを言うと気を悪くされるかもしれませんが、本来特別支援学級や支援学校に相当するお子さんを親のエゴで通常学級に入れてしまう場合がありますよね。私も人の親なので気持ちは分かります。ただ、通常学級で孤立したのがトラウマになり、二次障害で不登校になるのが本人にとって幸せと言えるのでしょうか。肝心なのは、学校でも職場でも笑顔で通えているかどうかです。笑顔で通えていれば成人した後も自己肯定感が高いままですが、そうでなければ自己肯定感は育ちません。不登校が悪いとは言いませんが、ポジティブな不登校と已む無き不登校があって、後者は問題が大きくなっていってしまいます。就労を目的とするのではなく、日々楽しく過ごした結果として就労があると思います」
障害があっても、誰もが就職できる社会が理想ですが、障害があると就職が難しいというのが現状です。働けない場合でも、親なき後も困らないような経済的支援の仕組みづくりを国や自治体が先頭に立って進めていく必要があると思います。
就労が最終目的ではない
牟田「ありがとうございます。田中先生はどのようにお考えですか」
田中「我が子が就労できるかどうかは親として当たり前の悩みだと思います。生活するうえで経済的なバックボーンが無いと、歳を取るにつれ不安が募っていくばかりです。また、精神面や生活面の相談相手を親以外にも広げて欲しい思いがアンケート結果にも表れています。就労が目的ではなく、今していることを積み重ねた先に就労があればいいと私は思っています。後で振り返っても楽しい学校生活は、障害の有無によらず私たちにとっても貴重な糧です。就労については、親が望むのは勿論本人も高校卒業が近いと意識が高まっていきます。働く中での達成感や自己肯定感は凄いと思いますし、時給が無くても働く者の自負を持っているのは就労する意味の一つだと考えています。お子さん自身の働く意欲を潰さないような条件作りはあってもいいですが、やってみて合うか合わないかというのも大事な経験で、しがみついて頑張ることも合わない職場から離れる柔軟さも同じくらい重んじられるべきです。就労のバックアップとしては挫折させるよりも別の道があると励ましていけるのが望ましいと感じました」
牟田「そうですね、学校選びにも関係ありそうですし進路の悩みについて他のアンケートでも挙がっています。好きな事を学べる進学先を選んだつもりが、マルチタスクばかりだとかマニュアルが無くて職人の技を盗むしかないとか、仕事として合わないこともよくあります。そこで無理にしがみついて余計に辛い思いをさせるよりも、柔軟に別の道を示してやるのが保護者として重要ではないかと思いました。親亡き後は確かに心配ですが、先々を不安がるばかりでなく今の生活や親子関係が充実しているかという話ですね」
「就職は目的でなく手段」とはまさにその通りです。自立や自己実現につながる就労ができるよう、一人ひとりの思いに寄り添って支援していくことが大切ですね。
次はコロナ禍の最中に感じた悩み事などの話へ移ります。
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