「ゲームがうつ病のリハビリに役立つ可能性あり」ドイツのボン大学が「マリオ」を用いた研究論文を発表
暮らし うつ病疑似科学(エセ科学)の筆頭にして神経学最大の汚点である「ゲーム脳」は、ファミコン誕生から40年を過ぎた今もなおしぶとく生き残っています。むしろ、WHOが「ゲーム障害」を認めてから息を吹き返してきたのではないでしょうか。
ごく最近でも、テレビ番組で「ゲーム行動症というものがあります!予防のためにゲームは1日30分までにしましょう!」などと言っている人がいたようですね。どうやら、親子関係が上手くいかない大人の一部は「ゲーム脳」などに原因を求めて甘えているみたいです。香川県の規制条例を推し進めた議員も、娘が会話してくれないのをきっかけに「ゲーム脳」へ傾倒しました。
一方、ドイツではテレビゲームの新たな可能性を示唆する実験論文が発表されていました。重いうつ病からのリハビリに、ゲームのプレイが効果的だというのです。
選ばれたのはマリオ
ドイツのボン大学にある精神科・心理療法科の研究チームは、うつ病でも程度の重い「大うつ病性障害」からのリハビリにゲームが活きてくるかどうか臨床試験を実施し、それを論文にまとめました。臨床試験では実際の患者46名を実験群と対照群に分け、実験群にゲームを用いたリハビリを実施しています。
選んだタイトルは「スーパーマリオ オデッセイ」。視空間記憶能力を刺激するために、3Dアクションゲームを採用したとのことです。実験群は1回45分間のリハビリテーションとしてマリオをプレイ、これを週3回繰り返しました。実験の前後では抑うつ症状の程度やリハビリへの意欲、視空間記憶能力を調べる質問や検査を実施し、効果のほどを測っています。
結果、マリオをプレイしていた実験群はそうでない対照群に比べて、抑うつ症状に有意の減少がみられ、リハビリへの意欲も高く出ていました。既存のリハビリ用プログラムよりゲームの方が続けやすいだけでなく、治療にも貢献するという可能性を示唆した形です。
ゲームとメンタルヘルスの関係については既にいくつかの先行研究があり、2018年の発表では「反芻思考」というネガティブなことを堂々巡りに考える症状が軽減される可能性が示唆されていました。これらを踏まえ、通常の治療法と並行して進める補助的な治療法として、ゲームは実用性や費用対効果の高い方法となるのではないかと期待されています。
完璧な実験ではない
ボン大学の研究チームは、いくつかの点で実験の環境が完璧でないことを認めています。臨床試験というのは思い通りの状況でやれる事自体が少ないのですが、実験の穴と真摯に向き合う姿勢は研究者として当たり前のことですよね。門外漢がオリジナルの測定器を用いてでっち上げた「ゲーム脳」には無かった姿勢です。
まず被験者が全員で46名しか居なかったことが悔やまれています。大うつ病性障害の患者だけでも多くないのに、対照群まで分けるとなるとサンプル数としてはどうしても不十分にならざるを得ません。また、被験者の組分けがオープンな「非盲検試験」という点も、評価バイアスがどうしても生まれる懸念材料でした。
何より、実際にゲームをする実験群からは「スーパーマリオ オデッセイ」をプレイした経験のある人や普段ゲームをよく遊ぶゲーマーが除外されていました。飽くまで非ゲーマーにとって斬新な方法としての域を出ず、無体で無遠慮で無理矢理な疑似科学からゲーマーを守る効果は期待できないでしょう。
それでも、ゲームとメンタルヘルスの善き関係性は色々な所で語られています。日常的にゲームへ触れるゲームライターがゲームによってうつ病の改善に至った話や、復職支援プログラムに「マインクラフト」が用いられた事例などが実在しており、少なくとも多様な側面があることは認めざるを得ない段階ではないかと思います。
余談:高橋名人の真意
ゲームの時間といえば、「ゲームは1日1時間」で有名な高橋名人こと高橋利幸さんが挙がると思います。ただ、キャッチーな名言は往々にして一人歩きしやすいもので、前後や時代背景が考慮されなくなって本来の意味を失いがちです。
高橋名人が「ゲームは1日1時間」と初めて口にしたのは、1985年7月26日に福岡で開催されたイベントでした。この言動はハドソン内部でも物議を醸した末、健全な標語として押し出していく方向性になったのですが、当時から「1時間ではクリアできない」と反発する子どもがいたそうです。ただ、高橋名人がこれを口にしたのには当時の時代背景と、ゲーム業界の将来を案じたうえでの折衷案がありました。
まず「ゲームは1日1時間」は本来、「ゲームを上手くなりたいなら、1時間だけ集中して取り組もう。だらだらプレイして失敗し続けても上手くならないよ」という意味でした。当時のファミコンのゲームは単純なぶん、少しだけ集中して練習すれば日に日に上手くなっていくようなタイトルが多数派です。ある程度理に適っていたともいえそうです。ただ、「1時間」の具体的な根拠は高橋名人自身も持っていませんでした。
また、当時のゲーム業界には「インベーダーブームの二の舞を演じること」と「家庭内、とりわけ母親から敵視されること」への不安があったと高橋名人は語っています。インベーダーブームは100円玉を大量に追加製造させるほどの影響力を持った一方で、恐喝事件の増加からゲームセンターには「不良のたまり場」という汚名が着せられる負の側面もありました。ゲームセンターに不良や悪のイメージが結びついたようなことを、テレビゲームでも再発させるわけにはいきません。
母親からのイメージも頭痛の種です。子どもたちがゲームを遊ぶには、家庭の財布を司る母親の納得が欠かせません。「子どもが遊んでばかりで勉強しない」というとき、ゲームは外遊びよりも敵視されやすいのではないかという懸念があり、ゲームにお金を出してもらえないと業界が先細るという危惧があった訳です。
これらが諸々合わさった結果、「1時間だけ集中してゲームに取り組もう」というメッセージでした。これは子どもたちへ向けたように見えて、実際はイベントに来ていた保護者らを納得させるために言ったことです。こうして「ゲームは1日1時間」のフレーズは生まれ、一人歩きをするのでした。
85年当時はそれでよかったのかもしれませんが、年月を経るにつれてやはり合わなくなっていくものです。ゲーム自体も1時間程度ではろくに進まないのが当たり前となって久しいですが、外遊びに必要な環境が破壊し尽くされている現状の方が深刻ではないでしょうか。遊具の撤去では飽き足らず、公園そのものを占拠する大人たちが増えてきています。もはやゲームを取り上げれば外遊びに戻るなど甘い幻想に過ぎません。
自分の発言を曲解し悪用した極致ともいえる香川県の条例に対しても、高橋名人はこう指摘しています。「マナーやルールとして言うべきであって、法律で縛るまでの事ではない」「子どもからゲームを取り上げるなら、その他に遊べる場所などを用意しなければダメだ」「現在と当時では時代背景も異なるので、全てをこれに合わせることは出来ない」
未だにゲームを敵視し「ゲーム脳」のような疑似科学さえ歓迎する手合いが絶えない昨今、いずれは「規制する」という行為そのものの依存性についての研究がされてほしいものです。
参考サイト
「ゲームがうつ病のリハビリになる可能性がある」との研究結果。「スーパーマリオオデッセイ」を週3回遊ぶ臨床試験にて
https://automaton-media.com
高橋名人の働き方「ゲームは1日1時間は」テレビゲームを“インベーダーハウス化”させない戦略だった
https://www.itmedia.co.jp
「ゲームは1日1時間」高橋名人が「香川県ゲーム依存症条例」についてコメントを公開
https://game.watch.impress.co.jp
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