映画「梅切らぬバカ」の和島香太郎監督にインタビューしました
エンタメ 発達障害(C)2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト
映画「梅切らぬバカ」の監督である和島香太郎さんにオンラインインタビューしました。「梅切らぬバカ」は、占い師を営む母親と自閉症の息子、そして隣に引っ越した一家らの人間ドラマを描いた作品です。
映画を撮ったきっかけ、キャスティングの経緯、そして「梅切らぬバカ」を通して伝えたかったことなどをインタビューしています。
福祉をテーマにした理由
──監督がなぜ福祉をテーマに映画を撮ったのでしょうか
「あるドキュメンタリー映画の編集にかかわっていた時期があります。その中に登場するのが、広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)と診断された初老の男性でした。親御さんが亡くなった後は、親族や福祉サービスの支援を受けながら一人暮らしを続けています。その優しい人柄と、彼に関わる人々との交流を記録した映画でした。
私の仕事は膨大な映像素材を2時間の映画にまとめていくことですが、隣家の住人が映り込んだカットは使えませんでした。両家の間に深い溝があったからです。自閉症を原因とする予測のつかない行動(道路にゴミを撒き散らかすなど)によって、隣家は不安や憤りを抱えていました。
完成した映画を見てもらうことで障害についての理解が深まることを期待しましたが、『近隣住民との問題を描いていない』『障害者を肯定的に捉えすぎ』と拒絶感を示されました。ドキュメンタリーでは踏み込めなかった地域の問題を、劇映画ならば表現できるのではないかと思ったのが発端です。」
「梅切らぬバカ」の裏話
──作品作りで難しかったことはありますか
「取材で出会った方々の不安や葛藤を脚本に落とし込むのに苦労しました。自閉症の息子とその母親だけではなく、隣家の住人の不安や葛藤も描きたかったのですが、その匙加減がなかなかうまくいきません。『近隣住人には踏み込まず、親子愛にフォーカスすればいい』と指摘されることもありましたが、最終的には近隣住民との関係のささやかな変化を描くことができたと思います。
映画ではグループホームに入居した息子が問題を起こしてしまい、結局家に戻される訳ですが、別にそれを良しとして描いてはいません。けれども『やっぱり家族と暮らすのがいいよね』『福祉に携わる人間として、自分なら家に帰したりはしない』などの意見を頂戴したので、映画作りでやり切れなかった課題は多いです。」
──監督としてはどういう経緯で加賀さんと塚地さんを選んだのでしょうか
「加賀さんは歯に衣着せずにものを仰る印象があり、今回の占い師役のイメージに合致しました。また、明るくてキビキビしたところも私が取材してきた親御さんの印象に共通しています。実際にお会いすると、『身近にも自閉症の子を育てる親御さんがいる』『脚本は未熟だけどテーマはいいよね』と仰っていました。その後も脚本に対する議論を繰り返しながら信頼を深めていことができました。塚地さんも加賀さんを信頼して息子役を演じられていたようです。
塚地さんはネタの披露やフリートーク中の振る舞いや言葉選びに視聴者を傷つけまいとする配慮を感じます。以前から誠実な印象を持っていました。今回は、芸人である自分が自閉症の方を演じることで、当事者やそのご家族にどう見られるのかという重圧を抱えていました。だからこそ、自閉症の方の世界と真摯に向き合っておられました。」
──この映画で監督が最も伝えたかったことはなんですか。
「映画の中では、近隣とのわだかまりが全て解決されるわけではありません。障害のある方が地域で孤立していることを忘れてほしくないからです。映画を観た方が、それぞれの事情や生きづらさについて思いを巡らせるきっかけになればと思いました。それが映画に託した思いと言えます。」
てんかんとネットラジオの経験
──監督自身が自閉症の方と関わることは(映画以外で)ありましたか。
「ドキュメンタリーの現場以外ではプライベートな関わりはありません。ただ、自分が配信を続けているネットラジオにゲストとして出演してくれた方(てんかんと知的障害のある方)やその親御さんと交流を深めてきました。」
──そのネットラジオを始めた経緯は何ですか
「始めたのは2017年の1月です。当時、大きなてんかん発作を繰り返したこともあり、主治医に症状やそれに付随する日常の悩みを相談していました。すると、他のてんかん患者との交流を勧められたのです。それ以降、様々な患者さんを紹介していただいたのですが、病をオープンにして働く方のお話は参考になり、クローズで生きる不安を抱えているのは自分だけではないことも知りました。そうしたお喋りの時間をラジオという形で他の患者さんと共有できたら、束の間の安心感を得られるのではないかと思いました」
──てんかん当事者としての思いもある訳ですね
「普段は薬でてんかん発作を抑えていますが、映画の撮影が始まると睡眠不足などの負荷によって発作のリスクが高まります。そういった悩みを他の患者と共有したり、ヒントを得たりしたいなと思ったのがラジオのきっかけです」
──病気の受け入れについて監督はどのようにお考えですか
「症状が悪化している時は受け入れ難いものでした。しかし、今は症状が落ち着いており、また撮影の現場でも発作のリスクを共有できるようになりました。てんかん患者としての役割を引き受けて生きている感じがします。」
それぞれに立場と意思があり、それに正義も悪もない
──映画において施設反対運動を取り上げた意図は何でしょう
「共生を阻む障害だと思うからです。ただし、施設反対派の一人を演じる高島礼子さんには『悪役を演じてほしいわけではないです』『乗馬クラブのオーナーという立場上の切実な思いがあります』とお伝えしました。安定した普通の生活を求める人々の切実さと、それが衝突している厄介な構造をありのままに表現したかったからです。単純な正義と悪の対立構造にならないよう気を付けました」
「こうした問題を取り上げる報道では、反対派の強い言葉ばかり切り取られているようにも感じます。それ自体は許容できない言葉ですが、強い言葉を発するまでの背景を描こうと思いました。」
──これから撮りたい映画など将来のビジョンはありますか
「様々な場所で上映して頂いて、上映後に様々な立場の方が意見を交換するきっかけになれば嬉しいです。自分もその場に立ち会って意見を聞きたいです。
“地域の分断”や”共生の可能性”は今後も考えていきたいです。次は公害による分断を描きたいです。」
──最後に伝えたいメッセージなどがあればお願いします
「この映画を観る方々の中には、普段から自閉症の方と関わりがない方や、どうしても偏見をなくせない方もいると思います。しかし、この映画を観るという行為が、様々な事情を抱えて暮らす方へのまなざしにささやかな変化をもたらすことを願っています。」
『梅切らぬバカ』
Blu-ray&DVD 5月11日発売
Blu-ray:5,280円(税込) DVD:4,290円(税込)
発売元:ハピネットファントム・スタジオ
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
(C)2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト
自閉症スペクトラム障害(ASD)