映画の中の障害者(第13回)『フジヤマコットントン』

エンタメ

Photo by Geoffrey Moffett on Unsplash

小さな福祉施設の日常を映すドキュメンタリー

今回紹介する作品は2月から全国各地で上映されている青柳拓監督の障害福祉サービス事業所のドキュメンタリー「フジヤマコットントン」(2024年)です。障害者ドットコムさんからお勧めいただき事前情報はほとんどなしで鑑賞しました。近年は視聴数を獲得しようと刺激的な映像が溢れていますが、私たちの身近にある小さな福祉施設の日常をただただ丁寧に撮るというアプローチにまず感銘を受けました。私自身これまで撮影などで通所型の施設に携わっていたのですが、その情景や人々が誇張なく映されています。

相模原障害者施設殺傷事件へのアンサーとして

山梨県は甲府盆地のど真ん中にある障害福祉サービス事業所「みらいファーム」。ラジオ体操をして、仕事をして、お昼休憩を挟み、また仕事をする.…。繰り返される日々に目を凝らし、仕事に取り組むさまを見つめていると、花を世話する、絵を描く、布を織る、その手つきに確かに「その人らしさ」が現れてきます。季節が移ろうように、少しずつ変化していく「みらいファーム」の人たち。友情、恋心、喪失とそこからの回復。他者との関わりの中で醸成されていく感情と言葉をカメラは丁寧に記録し、時に人生に思い悩みながら生きる等身大の姿を魅力的に描き出します。「みらいファーム」を見守る富士山と、ふわふわとすべてを柔らかく包む綿という二つのモチーフから生まれた、カメラに映る全てを優しく力強く肯定するドキュメンタリー。<フジヤマコットントン>それは、何度も唱えたくなる幸福のおまじないです。
(公式ホームページより)

母親が長年「みらいファーム」の支援員ということもあり、監督は幼い頃から施設で障害者とも認識せず利用者と遊んでいて、居心地の良さを感じていたとのことです。コロナ下で監督自ら出稼ぎウーバー配達員となる前作「東京自転車節」(2021年)はメッセージ性が強く、目まぐるしく展開する野心的な作品だったののに対して、ナレーションもなく、ゆっくりとした時間が流れていく本作は慣れ親しんだ大切な場所をできるだけありのまま記録したいという想いが強く伝わってきます。監督の姿は映らないのですが、地元の慣れ親しんだホームグラウンドで自然体で安心してカメラを回す青柳監督が見えてきます。

また監督が本作を作るきっかけとして挙げているのが、知的障害者ら19人を「生産性ない者」として殺害した相模原障害者施設殺傷事件です。この犯人の思想へのアンサーとして制作したと語っています。ただ、前述の「東京自転車節」や知的障害を持つ友人を追ったデビュー作「ひいくんのあるく町」(2017年)にしても、「生産性ないものは排除して良い」とする思想への強烈な違和感が監督の一貫したテーマということが浮き上がります。そういう意味でも、その原体験とも言える「みらいファーム」を撮るのは作家として必然だった様にも思えます。

『東京自転車節』で僕はウーバー配達員として働きながら撮影したんですが、東京の街を自転車で走りながら見えてきたのは、嘘と欺瞞みたいなものが溢れる世の中でした。何かあったら自己責任、はっきりとした理由や意味がなければ人と関わることも難しい、僕を含め多くの人が自分の存在価値を疑ってしまう、そんな世相を目の当たりにして絶望を感じていました。だから改めて、誰もを受け入れてくれるような、ゆりかごのような「みらいファーム」という場所なら、その絶望をひっくり返すヒントがあるんじゃないかと直感したことが映画を作りたいと思ったきっかけです。
(公式ホームページより)

障害者施設への負のイメージを溶かす

2006年に障害者自立支援法が施行された後、全国各地でみらいファームのような就労支援や生活介護サービスを提供する通所施設が設立されました。そして本作の特筆する価値は、施設の誰も排除しない温かい雰囲気やありのままの利用者の魅力が、どの町のどの施設でも見ることのできる普遍的な姿として映っていることです。もちろん障害者施設では未だに虐待など心痛む事件はありますが、昔に比べて格段に減っているし、施設職員や福祉関係者、利用者家族らの地道な努力や地域の善意により人権、衛生、安全面でも確実に改善しています。異なる障害を持つ利用者たちが、和気あいあいと作業して散歩して食事をする姿は、みらいファームでないとしても、ほとんどの施設で見ることができるでしょう。

今時の建前でも「多様性の時代」となる意識の変化に、この様な地域の中の障害者施設が果たした役割は大きかったはずです。それでも未だに近隣に施設計画が持ち上がると反対運動を起きてしまうのは、一部住民が施設の現在を知らず、過去の偏ったイメージ(暗い、汚い、危険)を引きずっているからでしょう。本作はそのような施設および障害者への負のイメージを溶かし、施設の日常と可能性を知る機会になっています。

つながれるバトン

この映画の最大の魅力は利用者の生活を凝視するようにカメラが捉えていることです。撮影は1年かけているので、季節と共に利用者たちの微妙な変化が街の風景と共に映されています(私の住む新潟と似通っていて、特に大森さんが施設帰りにイオンモールをぶらつくあたりは心に沁みました)。

僕たちも通い始めた当初は、撮影する上で葛藤がありました。それは障害を持つ人たちに対していわゆる「障害者モノ」の作品を作るような先入観を持たないように、映画を通して対象者の人間像を搾取しないようにということです。カメラを向けること自体が搾取に繋がる可能性があるドキュメンタリーにおいて、気を付けていないと対象者を使ったメッセージやテーゼに成り下がってしまうような落とし穴にはまってしまいます。

本作で一番大事にしたことは、ただ、目の前の友人たちの魅力を誇張なくそのまま伝えたい、そんなスタンスでした。
(公式HPより)

この凝視するようなアプローチは、以前本コラムで取り上げた小林茂監督「わたしの季節」(2005年)を彷彿させるのですが、実際、青柳監督は本作制作にあたって影響を受けた作品としてあげています。みんなで散歩する姿を正面から捉えたショットやアップ表情の長回しなどからもそれはうかがえます。障害者の生きている姿を時間をかけて撮り、誇張なく編集する・・・小林茂監督のバトンを青柳監督がつないでいることにも希望を見出すことができる作品です。ぜひこの機会に映画館でのご鑑賞をお勧めします。

参考リンク

青柳拓監督インタビュー(障害者ドットコム)
https://shohgaisha.com/

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映画『フジヤマコットントン』は、現在、で上映中です。3月8日(金)から東京・ポレポレ東中野(再上映決定)と静岡シネ・ギャラリーで、3月9日(土)から横浜シネマリンで、3月23日(土)から埼玉の川越スカラ座で公開されます。
詳しくは公式ホームページの劇場情報をご確認ください。
https://fujiyama-cottonton.com/theater.html

映画『フジヤマコットントン』公式サイト
https://fujiyama-cottonton.com/

映画『フジヤマコットントン』予告編
https://youtu.be/z6u3mX3tlEI?si=w7tRuIygvTJZSO4x


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MXU

MXU

新潟県在住の映像作家。内部機能障害。代表作「BADDREAM」(2018年)。
多様性をモチーフにした映像制作プロジェクト「NICEDREAMnet」で毎月作品を発表しています。
https://www.youtube.com/channel/UCBtMFlHg3tJidPZTrjRLoew

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