障害者就労にそびえ立つ「8時間」の壁

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税金で養われる者(タックステイカー)から税金を納める者(タックスペイヤー)へと障害者を変えていくことは、今後も深まる少子高齢社会で生産人口が減っていく時代だからこそ重要であるといえ、国も危機感を持って取り組むべき分野です。

しかし運よく就職できた貴重な有職の障害者でも税金どころではない低収入に甘んじているのが現実です。障害者が正規雇用されにくいことも大きな要因ですが、ならば正規雇用を進めればいいのかというと当然ながらそれは難しいです。

雇用側にとって非正規があまりにも便利になりすぎたのが悪いのでしょうか。それだけでなく、正規雇用として働くには至極単純な「壁」がそびえ立っていました。「8時間の壁」です。

障害者=低年収、身体は多少マシ

そもそも健常者と障害者からして年収に差がついています。平均年収は2019年時点で約436万円ですが、障害者に限定すると約220万円とほぼ半減と言っていいほど下がります。

障害種別間での格差もまた大きいです。身体障害者の平均月収は21.5万円ですが、知的・精神・発達は12万円前後と更に低く出ています。就職率も考えると、障害者の平均年収はほとんど身体障害者によって出された、もとい盛られた数字であることが分かります。

ただ「週30時間以上」に限定すれば、平均月収は多少マシな数字となります。身体24.8万円、知的13.7万円、精神18.9万円、発達16.4万円と、障害間の格差は変わりませんが週30時間未満を含めた値よりはマシでしょう。

逆に「週30時間未満」に限定すると平均月収はかなり落ち、身体障害者でも10万円を下回ります。これは単純に労働時間が少ないだけでなく「週30時間以上」にはいた正規雇用の労働者が一人もいなくなることも原因でしょう。

それにしても、最も長い時間群を40時間でなく30時間にしたのは、国の調査にしてはいささか狡いものを感じます。目を背けたい現実でもあるのでしょうか。

8時間の壁

正規雇用と言えば、こちらも障害種別で大きな格差が出ています。身体障害者は52.5%と全労働者平均(6割)より若干低い程度ですが、他3種は知的19.8%・精神25.5%・発達22.7%と大きく落ち込んでいます。

雇用側にも非正規の便利さに慣れきってしまって今更安易に正規雇用できない等の事情はあるかもしれませんが、それにしても消極的すぎる数字と言わざるを得ません。たかが一社頑張ったところで改善できるものでもないですが。

ただ、身体除く障害者がパブリックエネミーのように見られているから正規雇用率が低いなどという訳ではありません。そもそも正規雇用で働く上での最低ラインはご存知でしょうか。正規雇用の労働者として働くための最低ラインは「1日8時間、週5日」で、これが出来ないなら「正規で働きたい」と口にする資格さえありません。

これは障害者にとって「8時間の壁」と呼ぶべき代物です。障害の都合上で8時間も働けない人は意外と多いですし、寧ろ8時間も働いているイメージすら湧かないのではないでしょうか。「自分でも8時間労働のつらさを理解しているのだから、障害者に出来るはずがない」という具合に考えているのではないでしょうか。

ケーキの切れない先人たち

なぜ「8時間労働」がお題目のように唱えられ、それ以上もそれ未満も許されないのでしょうか。そもそも何故「8時間」と決まったのでしょうか。8時間労働が国際的に広く定められたのは100年以上前のILO第1号条約からなのですが、どのような経緯でそう決まったのでしょうか。

産業革命の頃、イギリスでは1日14時間労働が普通で、酷ければ18時間も働く所さえありました。さすがに異常と感じたのか労働時間を短くするよう各地で運動が起き、19世紀半ばを前に「チャーティスト運動」によって労働時間の規則が設けられました。当時は「10時間労働」でした。

運動の波は当時のイギリス植民地にも広がり、1856年にはオーストラリアのメルボルンで「労働の8時間化」を求めるデモ行進が起こりました。これが歴史上初めて「8時間労働」について言及された出来事とされています。

一方、アメリカのシカゴでは未だに12~14時間の長時間労働が常態化していました。1886年、遂に全シカゴ35万人の労働者が「8時間労働」の実現を求め大規模なストライキを起こしました。労働者たちは「8時間は仕事、8時間は睡眠、8時間は好きなことに」を掲げており、ここも「8時間」を旗印としています。

シカゴで行われたストライキはメーデーの興りでもあり、1890年5月1日に米英仏3国の労働者が団結し第1回の国際メーデーとなりました。この時求められたのは「8時間労働法」の制定でした。

メルボルンのデモから半世紀以上過ぎた1919年、ILO第1号条約で「8時間労働制」が国際的に定められました。半世紀の間、労働者たちは世界各地で「8時間」にこだわり続けており、日本でも1890年に秀英舎(大日本印刷株式会社の前身)の社長が8時間労働の実験を行っていたそうです。

8時間へのこだわりは「10時間と9時間と8時間、一番生産性が高いのはどれかな?」という実験まで行われるほどでした。この実験では8時間が最も効果的で、あらゆる業種で効果的という結果が出ており、8時間信仰を強める一因となっています。7時間や6時間は候補に入っていなかったのでしょうか。

シカゴのスローガンもよく考えると変です。労働と睡眠と自由時間が8時間ずつと謳っていますが、通勤時間や休憩時間は考慮しているのでしょうか。仮に8時間ずつ分け合ったとしても、休憩1時間と通勤2時間(往復)が入っていたとすれば労働の取り分だけ11時間と多くなります。言葉の響きもあるでしょうが、現代人の目から見ると明らかに3等分となっておらず「ケーキの切れない先人たち」としか評価できません。

「ケーキの切れない先人たち」によって8時間労働制は100年以上続く鉄の掟となりました。しかし、当時は肉体労働(今でいうブルーカラー)が主流で通信手段なども著しく劣る時代だったことを忘れてはなりません。現代の労働は例外こそあれども頭脳労働が主流となっており、通信や保存などの手段も大きな進化を遂げ、その分労働に必要な時間そのものが短くなりました。

100年経った現代の観点では8時間でも働き過ぎという声が目立ち「6時間労働か週休3日が妥当」とまで言われています。業種や職種によりますが、8時間働き詰めの所もあれば暇な時間がしょっちゅう生まれる所もあり、8時間の密度には大きな差が出ているものと思われます。「ケーキの切れない先人たち」の努力は労働に8時間という基準を刻みましたが、8時間で妥協したせいで現代人が割を食ってもいるのです。

流行りの求人は7時間パートタイム

ここまで長々と述べていて何ですが、障害者の平均労働時間は月に140~150時間で、1日7時間~7時間半に相当します。そして、障害者の労働時間で最も多い群も「週30時間以上」です。実際のところ「週30時間以上40時間未満」の範囲内で働いている人が障害者の中では多いのです。

障害者向けの求人でも1日7時間~7時間半のパートタイムが多数出ており、求人を出す側にとっては流行りの条件であるといえます。30分足りなくてもパートタイムとなるのはこの世の悲哀ですね。

最初はパートで様子を見ていずれフルタイムの正社員登用を考えているのかもしれませんが、それでは(身体以外の)障害者の2割しか正規雇用されていない現実の説明がつきません。やはり企業側が障害者の正規雇用を渋っているのが大きな原因ではないでしょうか。オープンよりクローズドの方が高待遇ですし。

参考サイト

障害者枠で雇用された場合の時給や最低賃金は?|賃金が低いのでは?と感じる理由などを解説
https://di-agent.jp

人はなぜ、8時間働くのだろう
https://www.ntt-card.com

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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