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暮らし2017.2.15

私の障害と社会参加について

私の障害と社会参加について

出典:https://www.pakutaso.com


私にはうつ病による精神障害があります。うつ病になる前から働いていて、病気になってからも何度かクローズでの一般就労での転職を経て、最後は障害者雇用(オープン就労)で働きました。そこで約3年経理の仕事をしましたが、体が仕事に耐えられなくなり再び無職となりました。

それでも私はまた働くことで再び社会参加したいと考えて日々を過ごしています。自分に障害はあってもまだ何かで他の方々のお役に立ちたいと思うからです。今回ここに執筆する機会を得て「障害や社会参加すること」について色々と考えてみました。以下、私見を述べさせていただきます。

「社会」がわからない!



ひとくちに「社会」といっても色々あります。大きいところでは世界全体、身近な所では家族や友達も「社会」です。私は自分が働き始める20代になるまで、色々な社会は最初からすでにそこにあるのだと思っていました。周りがみんな働いているのが当たり前、給料がもらえる、ボーナスがもらえるのも当たり前と思っていました。

私は「社会」が成り立っているのは当たり前で「流れ」に乗っていけばそれでいいと思っていたのです。その「流れ」にあまり深く考えずに乗ることが、若い私にとっての社会参加でした。最初の転職も「自分のやりたいことがここならできる」といった程度の考えでの事でした。

しかし、その転職先で「社会」がそんなに単純なものではないことを思い知らされることになります。それがどれほどのものだったかをひと言で言うと「1+1=2にはならない」ということでした。普通は誰が見ても「1+1=2」ですが、そこでは「1+1=2を今認めてしまうと困る」事情があったのです。

今の状態はおかしくて、いずれ認めないといけない事情なら後回しにせず今認めた方が良いと考えた私は、状況を変えるべく職場の色々な人たちに働きかけたのですが、返ってきた反応は「余計なことをするな」というものでした。善かれと思ってとってきた私の行動は裏目に出て、同僚や上司達からの反感を買ってしまいました。

職場にいてもとても気まずくて辛い日々を過ごすうちに、おかしな状況を改善しようとした自分が正しいのか間違っているのかが分からなくなり、それに加えて正しいことやおかしなことってそもそも何だ?と考えだしていくうちに生活がひどく荒んでいきました。そしてすがる思いで精神科の扉をたたきました。そこで初めてうつ病であると診断されたのです。今から15年以上前のことです。


「出会い」



「うつ病は治る」と医師に言われ、病気と向き合う日々が始まりましたが、なかなか病状は良くなりませんでした。

そんな中で、何か自分で作った手ごたえが欲しいと思って、工場に転職し金属加工の仕事を行ったりもしましたが、そこで自分の新たなハンディキャップがあることがわかったり、以前とは別な不条理なことがあったりして疲れ果ててしまい、3年で辞めざるをえませんでした。ただ、ここでの生活の中で得たものがありました。

それは社会には自分が想像もつかなかったいろんな事情を持ちながらも、一生懸命生きている人達が沢山いらっしゃるということでした。特に大ベテランの先輩が「自分は中学校を卒業してすぐに働きに出た。苦労はいっぱいあったけど今では沢山の孫たちがいてくれて幸せや。」という身の上話をしてくださったとき、私の中で固くこびりついていた何かが少し動いた気がしました。
   

「それでも変われない」



そんな工場での沢山の人達との出会いを経ても、私の中でずっと渦巻き続けている「社会では絶え間なく争いが続き、富める人がいれば、それをはるかに上回る数の生きることすら困難な人達がいる。理不尽な事だらけのこの社会で人間の存在意義なんてあるのか?ましてやこの私なんて」という絶望感や諦めが消えることはなく、私は生きることと死ぬことの間を行ったり来たりしていました。

そして、ある日かかりつけの医師に入院をしたいと自分から申し出て入院することにしました。生死の間をさまよい続ける現状が変わるかもしれないと思ったからです。しかし、それでも答えは出ませんでした。答えが出ない代わりに私が手にしたのは障害者手帳でした。


「変化の兆し」



障害者手帳の交付、自分が障害者であることを宣告されることは、自分が自分でなくなるくらい私にとって非常に重いものでした。ただ、このことはふたつの新しい事柄を私に気付かせてくれました。

「広い社会で起きている事柄すべてに向き合えると思わないこと」、「ひとつひとつの生活がつながることでこの広い世界ができていて、私自身の生活もそのひとつ」

これまでの私は、遠い世界の事ばかりに気を取られていて、私自身の生活、いわば身近な社会がどうなのかという意識があまりありませんでした。その後、就労移行支援機関に入所し企業実習を経て障害者雇用で働くことになります。

その企業も退職することになったのは冒頭に述べた通りですが、退職の理由はこれまでの「理不尽さに耐えられないこと」といった他者のせいではなく、適性や向き不向きといった私自身の問題に変わりました。退職することは残念な事でしたが、それ以外には大きなわだかまりもなく、素直に、自分にできることで働ける仕事を探そうと考え方が変わりつつあったのです。


「再び社会参加へ」



現在、働いて再び社会参加する事を目指して就職活動をしています。そんな中、重大な事件を目にしました。神奈川県相模原市の津久井やまゆり園で起こった痛ましい事件です。

様々な報道がなされる中で私は気付きました。確かに障害のある人は障害のない人より生きづらさを感じることは多いと思います。でも障害のある人もない人もそれぞれの出来る範囲で一生懸命生きていることは同じです。障害があって働けない人であっても、その人が生きようとするのを支えてくれる人がいて、その人を支援するという仕事を作り出しているから、犯人が言うような障害者は不幸しか生みださないということにはならない、障害のある人も社会参加しているんだということです。

だから、もし私の障害が重くなって働けなくなったからといって社会参加できない、だれの役にも立てないと絶望に暮れる必要はないんだと考えるようになりました。そして今の私にできる範囲での社会参加のひとつとして働くことに取り組もうと思っています。



社会に参加するということは、人とつながりを持つということだと思います。人とつながりを持つことで重要なのは、今の自分がどんな状態であるかを把握して、それを発信して自分のことを周りの人達に知ってもらうこと、そしてそのときそのときに自分のできることをしてみることだと改めて考えています。私もこれから一歩ずつ前に向かって歩いていきたいです。

ライタープロフィール
くろねこ
くろねこ

40代男性、気分障害(うつ病)現在就職活動を行っています。
今利用している就労移行支援機関の前に、別の就労移行支援機関を利用していました。
支援機関によって異なった点があって、自分の考えているような展開にならないこともあります。
自分のできることは何か、それを実現するにはどうしたら良いかを模索しています。

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