ALS患者への「時間稼ぎですか」が物議〜暴言よりも切実な問題とは
ニュース その他の障害・病気4月12日、埼玉県吉川市に住むALS患者の高田泰洋さんが訪問調査の職員から「時間稼ぎですか?」との暴言を受けました。文字盤と目の動きからコミュニケーションをとるので確かに時間はかかるでしょうが、市の福祉課職員がイラつきのあまり「時間稼ぎ」と吐き捨てるのは尋常ならざることです。
しかし、高田さんにとって問題なのは暴言だけではありません。むしろ、職員から暴言を受けたことより重大な問題を抱えているのです。きっかけとなった訪問調査も、その問題を解決するために必要なことでした。
そもそもALSとは
ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは、運動ニューロンが侵されることで全身の筋力が衰えていく難病です。分かっているだけでも患者数は国内で約8,300人おり、決して稀な病気ではありません。罹患前の生活習慣などは患者によってバラバラで、誰が患ってもおかしくない病気です。原因はいくつか仮説が挙がっているものの、未だ解明には至っておりません。治療法も「リルゾール」の投薬で進行を遅らせるのが限界です。
運動や滑舌・嚥下の障害から始まり、歩けない・動けない・食事ができない・喋れないとエスカレートして最終的には寝たきりになります。途中で呼吸障害も加わり、重度の患者はチューブや人工呼吸器がないと生命活動を維持できません。しかし、五感や知能には影響がないという特徴もあります。眼球運動や排泄機能も病気になる前と変わらないので、介助さえあれば失禁もしません。
重度のALS患者に残された意思疎通手段は基本的に「眼球運動」です。文字盤を用いて目の動きと瞬きでコミュニケーションをとれるようになっています。人によっては「瞬きワープロ」で文章を作ることもあります。眼球以外でも、動く指が残っていたり口が動かせたりする場合は、残された部分でより早いコミュニケーション手段をとることもできます。
文字盤にイラつくあまりの暴言
重度ALS患者は文字盤と眼球運動を用いてコミュニケーションをとります。文字盤は透明の板に50音と数字が書いてあり、眼球運動で “原則一文字”ずつ「発言」するようになっています。「発言」する文字が正しいかの確認もあって一文字「発言」するまでのプロセスが多いので、一通り意見を述べるのにはどうしても時間がかかります。
訪問調査に訪れた3人の福祉課職員とも、文字盤と目で一文字ずつ意思疎通を図っていました。しかし、返ってきたのは「時間稼ぎですか?」という無慈悲な一言でした。謝罪は7日後に市長名義の文章で為されましたが、「本人ではなく代理弁護士に言った」など福祉課長の苦しい弁明も同時に出ています。
似た事例が3年前の5月にありました。障害者支援法の国会審議にあたり、障害者側として日本ALS協会の岡部宏生副会長が参考人として出席する予定となっていました。しかし、国会側から「答弁に時間がかかる」として出席を拒否されてしまいます。岡部副会長は文字盤でなく口文字を使っていましたので、コミュニケーション速度はある程度守られていました。しかし、障害者支援を論ずる場へ参加できなかったのです。
支援拡張を渋られ続けると生命の危機に!
そもそも高田さんと福祉課職員が会うことになったきっかけは、介護時間の延長申請でした。気管を切開し人工呼吸器をつけねばならないレベルまで病状が進行したため、1日1時間の介護時間では足りなくなったのです。代理人弁護士をつけていたのも申請に必要なことでした。
気管切開まで必要になったALS患者は、痰の吸引などがあるため24時間常に介護が必要となります。さもなくば痰が詰まって5分で窒息死します。市は1時間介護を24時間介護まで延長するのにコスト面で怖気づいたのでしょうが、延長の申請を断り続けていると生命そのものが危ぶまれてしまうのです。
高田さんに投げつけられた「時間稼ぎですか?」という暴言は、生きるか死ぬかの瀬戸際に立っている人間に対してあまりにも無知で無配慮で無慈悲でした。心的ダメージはこちらの想像もつきません。
ただ、患者自身が介護時間の増加を嫌がるケースもあります。寧ろそのほうが多く、ALS患者の8割が人工呼吸器という延命手段をとらずに安楽死を選ぶそうです。家族に迷惑をかけたくないという思いからでしょう。
まとめ
全身の筋力が衰えていき、食事も呼吸も出来なくなる難病ALS。人工呼吸器が必要なほど病状が進むと、介護時間を延長しなくては命を繋げなくなります。その申請にあたって、高田さんは市の福祉課職員から暴言を受けることとなりました。
知能は罹患前と変わらないので、コミュニケーション手段さえ確保できれば知的には問題なく意思疎通が図れます。知識や知恵といった資本を積み上げて運用する余地は残されているのですが、如何せん要介護度が高すぎて、重症患者の8割が安楽死を選ぶという厳しい現況です。
原因不明かつ誰にでも起こり得る難病です。こうした難病の患者を邪険にしていては、いつかその病気の矛先が向いたときに見捨てられても文句は言えないでしょう。理解を示すということは、自分が理解されるために必要な努力でもあるのです。
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