西成で居住支援を続ける理由〜『家さえあれば~貧困と居住支援~』の被写体となった坂本慎治さんにインタビュー
エンタメ左から、海老桂介監督、NPO法人生活支援機構ALL 坂本慎治代表、麒麟 田村裕さん(芸人)
テレビやSNSでは伝えきれない事実や声なき心の声を発信し続ける本気のドキュメンタリー作品に出会える場として開催されてきた「TBSドキュメンタリー映画祭」。4回目の開催となる「TBSドキュメンタリー映画祭2024」で上映される作品の一つ、『家さえあれば~貧困と居住支援~』でフォーカスされていた坂本慎治さん。大阪で生活困窮者への居住支援で働いており、不動産の経営も兼ねる独自のスタイルで実際に大きな成果を出しています。今回は、映画の被写体だった坂本さんに直接お会いして、思いを伺いました。
社会復帰は一般の賃貸から
©MBS
──関わった人が変われるポイントは何でしょうか
「大前提として、家が無ければ生活保護は受けられません。『施設住まいでも受けられる』という意見もありますが、その場合は大抵施設などで管理されており、本人の手元には月1万程度しか残りません。衣食住が施設で保障されたとしても、月1万でどうやって就職活動が出来るのでしょうか。そうしてどんどんひねくれていきますし、人生そのものも諦めてしまいます。対して、一般の賃貸住宅で一人暮らしなら生活保護が満額入るので、再出発の原動力になります」
「面談の時は美辞麗句だけでなく、辛い事やきつい事も言いますし、胡散臭い人は断る事さえあります。断れば勿論アンチコメントは来るでしょうが、無理に入居させたことで他の住人が居づらくなっては本末転倒ですから」
──面談で胡散臭い人などの判別はつくものですか
「喋ってもらって時系列をつけていくと大抵分かりますし、顔に出ることさえあります。都合よく嘘をつく傾向もありますね。それでも騙されることはあって、生活保護を家賃でなく借金返済に充てていた人が居ました。それは横領にあたると咎めると『期日までには払います。元妻から工面してもらえるんで』と平謝りされ、猶予を与えたんです。それを5回繰り返して、立ち退きすら応じない始末です」
──その人への対応は今後どうするつもりですか
「今後どうするか聞いたら、『居酒屋の主人に寮付きの土建屋を紹介してもらった』と言われました。正直居酒屋に行く余裕は無いと思うのですが、あれも嘘だとして居座られたら途方に暮れてしまいますね」
──弱々しく平謝りする人に限ってそういう事をするんですよね
「素直に見えて、心が全くこもっていませんよね。口では『僕が悪いんです』と言っていても、悪びれる様子が無い。こちらだけ感情的になっても不利なので、いっそ逆ギレしてもらった方が楽とさえ感じます」
曖昧さは必要悪
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──福祉事業所の連携はありますか
「西成だと少ないですが、連携するかどうかはケースバイケースです。実は、住む部屋もないと役所に相談すると居住支援法人の一覧を渡され、住居探しを求められます。その流れで来る方が多く、こちらがアクションをかけることは少ないですね。昔はそのケースワーカーが知ってる不動産屋を紹介する禁忌が犯されており、茨木市のケースワーカーと箕面市の不動産屋が癒着して捕まった事件もありました。裁判を傍聴した人の話だと『高い志のもとケースワーカーに就いたが、人の暗部へ触れるにつれ荒んでいき、そういう事件を起こしてしまった。不動産を紹介してバックマージンを貰うのが習慣だと思っていた』と供述していたそうです。癒着が当たり前になっていた訳ですね」
──やはり民間がやっていくしかないのでしょうか
「民間だけでなく協議会の存在も欠かせません。しかし大阪市だけ協議会が存在していないのです。豊中市や岸和田市にはあるのですけれども…。作ろうと働きかけても成果はゼロのままです。支援法人同士でも連携するより、互いに商売敵としてにらみ合うのが先になっちゃいますよね」
──西成に不正な事業所があると噂で聞いたのですが
「B型事業所だとそういう所もありますね。ただ、本当に反社なのかフロントに過ぎないのかは分かりません。耳を疑うようなケースはありますけれども。『この家をグループホームにするから』と立ち退きを迫ったり、障害者として扱うから指定した病院に通えと命じたりした話を聞きました」
「けれども、精神障害だと判断は難しいですよね。本人も鬱っぽいなどと理由で受診して、B型事業所に通うチケットか何かを数千円で交付して…。ただ、判断基準が曖昧だからこそ助かっている人は確かに存在することは知ってもらいたいです。曖昧な部分も必要悪として残しておかないと、臨機応変な対応は出来ないでしょう」
何度でも再出発するためのセーフティネット
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──一日何時間寝ていますか
「何時間か気にしていませんが、6時間睡眠ですかね。深夜1時半から2時には寝付いて8時起きで。たまに遅くなる日もありますけれども」
──晩の間にも業務はありますか
「晩は不動産、それから晩にしかできない仕事をしていますね。例えば、廊下の電気を取り替えに行くとか、業務時間内に面会できなかった人へ会いに行くなどですね。業者に頼むとお金がかかるので、管理業者として直接電気やパッキンなどの取り換えをしています」
──何か新しくやりたい取り組みはありますか
「保護観察所と話していて、青少年も対象にならないか打診されました。今すぐは無理なので、実験的に数部屋空けて様子を見ている段階です。保護の人が言うには、暴れたり友達と馬鹿騒ぎしたりして何処へ行っても追い出される少年を支援してほしいとのことで、正直難しいですが実験的にやっています」
──ほとんど9割以上の相談者が善良な住民になっていますよね
「確かにほとんどの人からは感謝されていますし、居住支援をやっていて良かったことの方が多いです。感謝の電話もかかってきますが、皆ちゃんとした所に住んでそこから社会復帰への希望を持っている訳じゃないですか。就職が決まって生活保護を打ち切るまで行けた人が出戻りすることもありますが、再出発のためのセーフティネットとしての役割も持っています」
制度について知ってもらうため影響力をつけたい
──今回の映画は密着取材でしたよね
「半年は密着取材を受けていましたね。半年といえば昔、NHKから『プロフェッショナル 仕事の流儀』の取材もそのぐらい受けたのですが、途中で特番に変わってしまいました。そこで後番組の『Dearにっぽん』に回されたことがあります。NHKからは他にも幾らかの番組を受けたことがありますね」
「映画になるって何か特別な感じがして嬉しいですね。漫画のキャラになるのもまた面白そうな話です。居住支援を題材とするドラマが作られたら、自分がモデルになるかもしれません。兎も角、半年も密着取材を受けると途中で慣れてきて、見られている感覚が無くなってきます。それで独り言の場面が映画の予告に使われたのですけれども。自分のYouTubeチャンネルには絶対に載せない場面です。半年だけでも、悪態をつきたくなることは一度くらいありますよね」
──次の目標は何か定めていますか
「この業界の第一人者として認めてもらったからには、最前線を走るだけでなく影響力もつけていきたいです。例えば、住宅確保給付金というものが各市町村にあるのですが、ほとんど知られていません。家賃3か月分くらいまで貸してくれる制度なんですよ。ああいったものをYouTubeなどで発信していきたいのですが、見てくれる人が少ないと影響力も出ません。視聴者が多ければ、制度についても多くの人に知ってもらえます」
──住宅確保給付金の他に頼れるものはありますか
「知っている限りでは、他にはないですね。貸付金も、借金ばかり増やすのは欠点です。やはり生活保護を受けて社会復帰に臨むのが無難でしょうね。生活保護受給者の増加を問題視する声もありますが、それは生活保護が悪いのではなく、背景にあるものが悪いのではないでしょうか」
──政界進出は考えていますか
「考えていませんね。自分には不向きな世界です。なったところで一議員程度では何の意味もないと思います。市議会議員は単純に多すぎますし、圧縮すれば年に仕事は3か月分とも聞いたことがあります。市議レベルで何が出来るというのでしょうか。議員に頼ろうという発想すらないですし、実際に頼っても意味が無かった場合が多いです。一度、選挙の手伝いをしたことがあるのですが、その時に『電柱にも犬にも頭を下げろ!どんな批判もまずは“ありがとうございます”と笑顔で返せ!』と言われました。政治がそんな世界というのであれば、僕には耐えられません」
「ただ、大阪には良くなって欲しいので『大阪に来たらええやん』とは言い続けたいですね。大阪には万博やカジノといったイベントが控えており、雇用の増加が期待できます。ならば、仕事がなく顔馴染みが気になって生活保護も受けられない地方より、大阪へ行って就職活動した方が確実ではないでしょうか。地方の人を大阪に呼んで生活保護を受けさせるだけでも、消費を促し経済を回してくれると思います。これは大阪にしか住んでない僕の一意見であって、東京で育っていたら『東京に来い』と言っているでしょうね」
おかしい所はおかしいと言う
──「家さえあれば」のタイトルは誰が考えましたか
「タイトルはMBSさんが考えました。『家が無くても生活保護は受けられる』とコメントが来そうですが、実態も含めてそれは把握しています」
──アンチからのコメントも来るのでしょうか
「精神が不安定な人はその時の感情で動くので、それがコメントにも出ているのかもしれません。2年前に支援した人で、何故か突っかかってくる人が居ました。事務員にも僕にも理不尽にキレるし『謝らせに来い!』と気が立っています。『こっちも人間なので、理不尽なことを言うなら電話してこないでください』と切りました。その数日後、泣きながら『すみませんでした、寂しさのあまり構って欲しくて…』と謝ってきた訳です。僕は言いました。『寂しいのは分かりますが、寂しいなら寂しいと言いなさい。寂しいからといってスタッフに怒鳴り散らすのはやめてください』と。その精神の動きを理解した上で対応しないと居住支援は成り立ちません。感情的になって返すと関係は破綻しますよね。障害者支援でもよくある事だと思いますよ」
──謝ってやり過ごす訳じゃないんですね
「謝るべきところは謝りますが、おかしい所はおかしいともキッチリ言います。それでも突っかかってくるならシャットアウトですね。下手をすれば唯一の味方かもしれないのに、理不尽なことを言われて頭を下げねばならないのはおかしいと思います。大人になってから叱られる機会は無いんですよ」
※坂本さんから実際に支援を受けられた方のコメント
今年の3月29日で大阪刑務所を出所して6年になります。その直後から坂本さんにお世話になっています。坂本さんは、私には人生の恩人。人として生きれるように、人として人生をやり直せるように住む家を与えてくれました。6年前に坂本さんと知り合ってなかったら今頃は大阪刑務所、京都刑務所、神戸刑務所それか他府県の刑務所に居てたかも。毎年3月になると坂本さんと生活支援機構ALLの事を思い出します。坂本さん、私のような者の人生の恩人になって頂き感謝です。本当にありがとうございます。
『家さえあれば~貧困と居住支援~』は、大阪・シネ・リーブル梅田、京都・UPLINK京都で上映中。
監督:海老桂介
ナレーター:田村裕(麒麟)
撮影:薮下卓義
助手:栗本誠二
選曲:佐藤公彦
整音:西川友基
タイトル:木下実咲
編集:金井隆輝
プロデューサー:橋本佐与子
予告編:https://www.youtube.com/watch?v=cxqlWcAI6MQ
コピーライト:©MBS
「TBSドキュメンタリー映画祭2024」は、全国6都市[東京・名古屋・大阪・京都・福岡・札幌]にて順次開催。
詳しくは映画公式サイトをご確認ください。
https://www.tbs.co.jp/TBSDOCS_eigasai/