痴漢と盗撮の「病気」としての側面~行為依存のおそろしさ

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出典:Photo by Ahmed on Unsplash

痴漢被害を訴えると、なぜか「痴漢冤罪の方がもっと怖い」と言われることが多いネット空間でのやりとり。しかし、痴漢冤罪よりもっと怖いのは、痴漢行為に依存してしまう人なのではないでしょうか?

痴漢や盗撮が「病気」?

何かと冤罪とセットにして語られがちな痴漢や盗撮ですが、実は「依存症」としての側面があることをご存じでしょうか。

痴漢や盗撮を繰り返し、何度も逮捕される加害者の多くは、痴漢や盗撮をする行為に依存しており、自分で自分の行動を止められないのです。

依存症といえば、ギャンブル依存やアルコール依存症などをイメージする方も多いでしょう。しかし、ギャンブル依存は本人の財産が減るだけですし、アルコール依存なら本人の肝臓に負担がかかるだけです。

依存症の患者を支える家族は苦労を強いられるでしょうが、それそのものは犯罪ではありません。

しかし、痴漢や盗撮の依存症となると、行為そのものが犯罪となり、そこには被害者が生まれてしまいます。

加害行為を受けた被害者が、最も苦しむことは間違いありません。しかしそれだけでなく、逮捕されれば家族や友人などからの信頼、高確率で仕事を失うという「社会的損失」「経済的損失」が発生します。

事件として報道されれば、顔も名前も知れ渡り、住所や勤務先を割り出される危険もあります。そうなると、家族にも被害がおよぶかもしれません。

そのうえ、犯罪行為が何度も繰り返されることで、ひとりの加害者から多くの被害者が生まれてしまう、悲しい側面もあります。

たとえばあるクリニックの調査では、盗撮を繰り返す加害者が治療につながるまでの平均期間が、約7年といわれています。

仮に毎月1人の被害者を出したとして、12か月×7年=84人もの被害者が1人の盗撮犯罪者によって生まれてしまいます。

84人もの被害者が出るのは非常に悲しいことですが、なかには「受診までに1000人くらいは盗撮したと思う」と打ち明けた元盗撮犯さえいるのです。

このように、痴漢や盗撮の被害は深刻なものであるからこそ、加害行為を絶対に止めさせなければなりません。

ところが、止めさせるために治療が必要となると、今度は「なんでもかんでも病気にするな」と苦言をていす人もいます。

その気持ちもわかるのですが、痴漢も盗撮も病気であると、世界的な疾病分類や診断基準で定められています。

また、痴漢が病気とされたところで責任能力の有無を問われることはありません。アルコール依存症の患者が泥酔状態で通りすがりの老人を殴っても、裁判で「この人はアル中だから責任能力なし」とはなりません。それと同じです。

痴漢や盗撮は「パラフィリア障害群」の中の一部

性犯罪は再犯率が高いというイメージがありますが、意外なことに性犯罪全体では、再犯率はそれほど高くありません。ただし、痴漢や盗撮に限っては、再犯率が非常に高いのです。

執行猶予者で約30%、懲役経験者で約50%と、高い再犯率の数値が出ています。それだけ痴漢や盗撮行為に依存している人がいるのです。

痴漢や盗撮はパラフィリア障害群と呼ばれる疾患の一部です。パラフィリア障害群は、DSM-5(アメリカ精神医学会作成の心の病気に関する診断基準)では以下のように定義されています。

「性の嗜好性のために問題が生じている状態。例えば、性的興奮をえるために強姦する、のぞきや盗撮をする、下着を盗む、同意していない人に触ったり体をこすりつけたりするなど」

このうち痴漢は窃触障害、のぞきや盗撮は窃視症とされ、それぞれに診断基準が設けられています。

痴漢や盗撮が依存症となるのは、複数の要因があるとされています。「性欲過多で性欲をコントロールできない化け物が、痴漢や盗撮をする」と思われがちですが、そうとはいいきれません。

痴漢や盗撮に依存してしまうしくみ

では、依存症におちいる要因について、順番に説明していきます。

1、神経生理学的メカニズム

盗撮や痴漢など行為そのものの依存症を「行為依存」とも呼びます。行為依存におちいっている人は、衝動制御をつかさどる「前頭前野眼窩部」の活動が低下しています。

活動が低下すると、痴漢や盗撮をしたあとに発生する「逮捕」「失職」「収監」などの社会的リスクを、正確に認識できなくなるのです。

加えて、脳には「大脳辺縁系」と呼ばれる部位があります。この部位には、痴漢や盗撮行為で性的興奮を感じたときに、大量のドーパミンが分泌されます。

ドーパミンは脳内麻薬のような物質であり、ここからもたらされた快感は、脳に強烈な記憶として残ります。

この快楽を何度も経験すると、脳が快感の源(痴漢、盗撮)を渇望するようになり、行動を反復させるように命令を出し続けるのです。

2、心理学的メカニズム

心理学では「経験による行動の変化、あるいは行動の可能性の変化」を「学習」と説明します。

さて、加害者はいったい何を学習するのでしょうか。それは、痴漢や盗撮などの行動をしたあとに「よい結果(誰にもバレない)」がえられると、体が「この行動をしても大丈夫」と学習するのです。

おそろしいことに何度も犯罪行為が成功すると「学習」でえられた「よい結果」は強化され、加害をおこなう頻度がどんどん増大します。

心理学的メカニズムでは「条件つけ」という要素も見逃せません。

「条件付け」とは、特定の生理反応(性犯罪の場合は興奮や快感)と、それとは本来直接関連しないものが結びつくことをさします。条件づけの一番有名な例は「パブロフの犬の実験」ですね。

犯罪行為に話を戻しましょう。痴漢などをおこなうとき、犯罪者の周囲にはさまざまなものが存在しています。

たとえば満員電車、女性の服装、飲酒したあとの解放感、階段やエスカレーターの段差などですが、それらは「痴漢や盗撮が起こりやすいシチュエーション」でもあります。

もし満員電車と痴漢行動が「条件づけ」されてしまうと、満員電車に乗ったり、あるいは満員になっている電車を見ただけで、まるで痴漢行為をしているかのように興奮することがあります。

その興奮は、まるで「脳が衝動に乗っ取られた」ように加害者には感じてしまい、加害へ駆り立てられてしまうのです。

「衝動に乗っ取られた」後の行動は、まさに異常の極み。盗撮や痴漢のターゲットを探して何時間も電車に乗り続けたり、駅構内や商業施設をさまよってしまう人もいます。

また、落ち込みや強いストレスに対する「ストレス・コーピング(ストレスへの対処方法)」として、行為依存者は痴漢や盗撮を利用しています。

人はさまざまなストレスを抱えて生きていますが、ストレスを解消するためにジムに通って汗を流したり、カラオケで何時間も熱唱したり、日記やSNSに愚痴を書きなぐるなど、対処方法を複数持っています。

ところが彼らは、ストレス対処方法が性犯罪しかないので、ストレスがたまればたまるほど犯罪をかさねてしまうのです。

痴漢や盗撮行為によって、落ち込んだ気持ちが晴れた、仕事の鬱憤が消えたということが起これば、行為依存は悪化します。

要素の3つめとして「認知のゆがみ」がありますが、これは現代の日本社会にもゆがみを起こさせる原因がありますので、それもあわせてお話しします。

日本社会のありかたが性犯罪を助長している?

3、認知のゆがみ

「認知のゆがみ」とはなんでしょうか。ある本には「問題行動を継続するために都合よく解釈した、反社会的な考え方が定着した状態」とありました。

実は行為依存者は、罪の意識を感じていると同時に「でも、やめたくない」という矛盾した気持ちを持っています。

矛盾した葛藤から目をそらすために、自己正当化する理論を作っていった結果「自分が悪いのではない」「痴漢しても抵抗しないのは、触られてうれしいからだ」と、自分にだけ都合のよい「解釈」をつくるのです。

しかし、この「認知のゆがみ」は性犯罪者だけにあるのでしょうか。

街中を歩く若い女性が、キャバクラや性風俗のスカウトマンとおぼしき男性に、絶え間なく声をかけられる様子を映した動画が、一時期ネット上で話題になりました。

「ただのモテ自慢だろ」と揶揄する向きもありましたが、この動画をみた多くの女性からは、若い女性を性風俗の売り物にしようともくろむ、スカウトマンたちへの嫌悪の言葉が並びました。

若い女性を性的に消費しようとする傾向は、男性向けの雑誌の表紙を見ればわかります。水着姿の女性がにっこり微笑んでいる雑誌が、書店やコンビニにたくさん並んでいますよね。

それだけではなく、アダルトコンテンツにアクセスすると「痴漢」「盗撮」などの犯罪行為が1ジャンルとして存在。中にはしばしば「本当」に盗撮や痴漢がおこなわれている動画も登録されています。

ある盗撮犯罪者は、盗撮系のアダルト動画を見て「自分にも、これとおなじような動画が撮れるかもしれない」と考えたのが、犯行のきっかけだと話しています。

これもネット上で話題になったのですが、ある高校の修学旅行先で、女子が入浴しているところを盗撮やのぞきをした男子生徒を、学校が処罰する事件がありました。

この事件について、あるインフルエンサーが「のぞけるような露天風呂を選んだ学校が悪い。男子はのぞけるならばのぞく」と発言し、物議をかもしました。

「こういう考え方だから性犯罪がなくならない」と批判する声もあったものの、女性を「性的なコンテンツ」とみなし、女性を性的に消費するのは普通という「認知のゆがみ」が日本社会にはまん延しています。

さらに、女性に対して優越感を感じられないと自らのアイデンティティを保てないという、困った価値観を持つ男性も多いのです。

女性に対する優越性を保つために女性を支配する、劣位にあつかう、自分勝手な利用をして貶めるという方向に暴走した結果、あるものは「弱者男性にも女性をあてがえ」と叫ぶインセルとなり、あるものは性犯罪に走るのではないでしょうか。

いずれにせよ、社会の在り方を変えていかなければ、今後も性犯罪者は生まれ続けてしまうでしょう。

痴漢や盗撮の依存者への治療とは

性犯罪で起訴され、裁判で実刑となった場合、刑務所内では「R3プログラム」と呼ばれる、性犯罪再犯防止指導がおこなわれます。

しかし「R3プログラム」は、性犯罪をおかした受刑者が誰でも受けられるものではありません。これでは、加害者は自分に問題があったことを認識できず、再犯するおそれもあります。

こうした状況を踏まえ、民間で治療プログラムを提供するクリニックも少しずつ出てきました。

こうしたクリニックでは盗撮や痴漢のほか、露出や強迫性行動症(いわゆるセックス依存症)の患者も含め、ケアプログラムの提供をしています。

ケアプログラムを通して、患者はストレスの対処方法を学び、生活リズムを整え、性加害をせずに社会に戻ることを目的としています。

まず再発防止の観点から性犯罪のプロセスを知り、自分の認知のゆがみに気づくことから、治療が始まります。

そして、性加害衝動に対する対処のスキルを獲得し、自分の今後の行動計画を各自で作成するのです。

盗撮行為の依存状態だったある男性は「新しい自分」になるために、自分の過去のふり返りを始めました。

すると「休日などのヒマな時間に、女子高生がエスカレーターに乗っている状況」に遭遇し、そのときに「孤独感や劣等感」があると、盗撮したくなると気づいたのです。

「痴漢や盗撮に依存してしまうしくみ」でもお話しした、「条件づけ」が自分に起きていると理解した彼は「休日に空き時間を作らない」「盗撮をしないためにスマホのカメラを壊す」などの対処を試すことにしました。

犯罪を未然に防ぐ取り組みと同時に、定期的な運動などを通じて、ストレスを発散できるような訓練もおこないます。

行動計画で生活スケジュールを管理するのと同時に、毎晩その日の状態を振返り「加害行為を起こす危険度」をモニタリングすることも重要な治療のひとつです。

危険度はおおむね「平穏」「注意信号」「危険信号」の三段階に分けて記入します。シールで色分けして、変化をわかりやすくすることもあります。

平穏に過ぎた日だけならよいのですが、仕事で失敗して落ち込んだ、スケジュールを無視して空き時間を作ったなどの「注意信号」の段階が実は一番危険なのです。

この段階ではまだ犯罪行為はいっていません。しかし仕事のストレスが重なり、夜も眠れず、電車の中で痴漢や盗撮できる女性を無意識で探してはじめるところまでいくと、それはもう「危険信号」なのです。

最初のうちは「危険信号」まで進まなければ、自分が危ない状態と思えない人が多いのですが、やがて「注意信号」になった時点で、早めの対処が必要だと気づけるようになるといいます。

このほか、グループセッションという形での治療もおこないます。これは患者のグループを作り、過去の犯罪行為の告白や、治療中に「再び痴漢や盗撮をしたくなった」という正直な申告をおたがいにします。

グループセッションでは、認知のゆがみについて意見交換をすることもあります。痴漢や盗撮につながりやすい認知をおたがいに共有することで、自分の考え方にクセがあると気づくきっかけにもなります。

ケアプログラムと並行して薬物治療もおこないますが、実は依存症そのものをなおす薬はありません。したがって対処療法的な薬物治療となります。

より多くのエビデンスがあるのは抗男性ホルモン薬です。しかしこの薬は、本来前立腺がんや前立腺肥大症などの治療にもちいられるもので、行為依存症の治療に対して認可されていません。

そのため、抗男性ホルモンを使用する場合、自費診療になってしまいます。自費診療となるとどうしても高額な出費がともないます。加えて、抗男性ホルモンを使用すると副作用で体の線が丸みを帯びることもあり、課題も多いのです。

最後に

ここまで痴漢や盗撮などがパラフィリア障害群に含まれる病気であること、依存が起こるメカニズム、治療内容などをおはなししてきました。

しかし実は「痴漢や盗撮が自力でやめられない=行為依存におちいっており治療が必要」という認識は、社会に十分浸透していないのが現状です。

駅や商業施設の構内には「痴漢や盗撮は犯罪です」というポスターでの啓発がおこなわれていますが、「痴漢や盗撮をやめられないのは病気です」という注意喚起もあわせておこなう必要があるのかも知れません。


斉藤 章佳著 「盗撮をやめられない男たち」 扶桑社

原田 隆之著 「痴漢外来ー性犯罪と闘う科学」 ちくま新書

オランプ

オランプ

長年にわたってうつ病で苦しみながらも病気を隠して働き続け、40歳になる前にやっと病気をオープンにして就労したものの生きることのしんどさや職場でのトラブルは軽減されず。実はうつ病の裏に隠れていたものはADHDであり、更に気が付けばうつ病も病名が双極性障害に変化。これだけ色々発覚したので、そろそろ一周回って面白い才能の1つでも発見されないかなーと思っているお気楽なアラフォー。
実は自分自身をモデルにして小説を書いてみたいけど勇気がない。

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