ローカライズに潜む翻訳者の感情や思想

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Photo by Brett Jordan on Unsplash

違う言語圏へ作品を売る際に必要なのがローカライズ、とりわけ翻訳作業です。どんな作品も、消費者それぞれの第一言語で楽しめるほうがいいに決まっていますので、無くてはならない仕事です。ただ、翻訳するのが人間である以上、出力されるものにちょっとした不純物が混入されることもままあります。具体的には翻訳者の思想です。

国内のアニメで「メリークリスマス!」と言っていたのが輸出時に「Happy Holidays!」となっていたり、国内の漫画で空手だったのが輸出時に「Chinese Martial Arts(中国拳法)」となっていたり、そんな事例が報告されていました。原語をどのように訳して出力するかが翻訳者の匙加減次第というのは否定しづらく、誤訳どころか恣意的解釈や捏造にまで足を突っ込まれると何を信じたらいいか分からなくなります。だからこそ翻訳者の名前が載る形で責任を負わせているのですけれども。

翻訳を通じた思想の混入は日本語訳も例外ではありません。「スマホ脳」という本があるのですが、原書はスウェーデン発で「Skärmhjärnan(ぼやけ脳)」という造語をタイトルとしており、スマホのみならずデジタル社会全般が脳に及ぼす影響について綴られているそうです。単に日本の大衆ウケを狙った向きもあるでしょうが、翻訳者のスマホに対する悪意を見出すなという方が無理な話です。ちなみに、英語版では「Insta-Brain(インスタ脳)」と訳されており、そちらは映えとバズりを重んじるSNS社会への憎悪が滲み出ています。

一方で、お国柄やグローバル展開のため仕方ない事情もあります。例えばワライダケで笑っている表現が薬物を連想させるため海外版ではクシャミを我慢している旨の台詞に差し変わるケースです。こういうものは総合的に難しい判断を強いられるのでしょう。

AIによる翻訳の精度は急激に上がっていますが、それでも珍翻訳は絶えませんし、ダジャレやミームといった文化的な壁を越えるには人間の手が未だ必要となります。翻訳に感情や我意が入り込むリスクは当分このままかもしれません。

参考サイト

『スマホ脳』
https://www.niigatashi-ishikai.or.jp

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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