40歳でASDと診断されました。

発達障害 暮らし

出典:Photo by Mel Poole on Unsplash

40歳という節目を迎え、かかりつけの精神科で発達障害の心理検査を受けてみました。結果は、ASD(自閉スペクトラム症)でした。検査をすることになった経緯や、自分の考え方などをまとめてみます。

「ぼっち」だった学生時代

わたしは幼少時より、周りの同級生と比べても「浮いた」存在でした。表面上はなかよくできることが多くても、気付けばひとりになっていたり、同級生たちはわたしの知らないところでグループを作って遊んでいました。特に嫌われているということがなくても、居ても居なくてもいいような存在だったのかと思います。

そして中学生、高校生のころは深夜徘徊が多くなりました。未成年喫煙や飲酒をするようなことはなかったのですが、深夜の公演や大阪城が好きで、よくひとりで何もしない静かな時間を過ごしていました。一度も補導されることがなかったのが奇跡かもしれません。

物心ついた頃より両親は別居しており、小学校高学年のときには離婚しました。母と姉に育てられながらも、ふたりとも外に働きに出ていたので、家でも一人の時間が多かったことも、前述のような過ごし方のきっかけになっていたのでしょうか。

心理検査を受けようと思った

わたしの性格として、予定やプランが急に変更になることを極端に嫌がる傾向がありました。

また、ふんわりした表現などもあまり理解できず、曖昧でない明確な発言を好みました。他には、グループで話したりしていても、なにか言葉にできないような不快感が胸の底から湧き出してきて、離席することが多くありました。

障害者ドットコムで作業をし、色々な方のコラムや体験談を目にするうちに、自分がASDの傾向があるのでは?と思うようになりました。

そして担当医に相談し、心理検査を受けさせていただけることになりました。

検査を受けてみて……

検査はパズル問題のようなものや、自分の性格をチェックしていくようなものでした。2回に分けて行われましたが、合計で5時間近くかかったと思います。心理士の方に自分の生い立ちを洗いざらい話したりもしました。

そういった検査をし、ASDと診断されました。おまけで調べていただいたIQテストでは、IQ119で少し高めのスコアでした。

わたしとしては「ああ、やっぱりな」という気持ちでした。がっかりするわけでもなく、どちらかといえば嬉しかったです。

この嬉しさは、自分の人生で苦しかった部分や生きづらいと思った部分に、ようやく説明がついたんだという感じです。

病院から帰る自転車での景色は、いつもより透き通っていました。

おわりに

検査結果を聞いてから帰宅すると、同居の母と、遊びにきていた姉にすぐ報告しました。ふたりとも特に驚くこともなく「やっぱりそうなんか、そういうとこあるもんなあ」と軽く受け止めてくれました。

わたしは父とよく似ているので「お父さんの遺伝ちゃうか?」とみんなで笑っていました。(ASDは遺伝が多いです。)

自分の発達障害がわかったところで、もともと鬱やパニック障害、双極性障害で障害者手帳を所持しているわたしには生活面での影響はあまりありません。

ですが、自分の人生のモヤモヤした部分にはっきりとした回答が得られたことが大きな成果だと思っています。

また、さまざまな種別がある発達障害の中でASDとわかったことで、ASD当事者の方の経験談や日常を気軽に生きていくコツなどを学びやすくなったかなと思います。

40年のモヤモヤ人生から、明確なASD人生へとの切り替わり、ASD的にはいちばん嬉しい「ハッキリした結果」でした。

新井 一生

新井 一生

社会人になってからパニック障害、統合失調症などを患った精神障害者。
精神病になってからも沢山の失敗を経験しながら、なんとか生きている。
好きなものはゲーム。

自閉症スペクトラム障害(ASD)

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