「小4なりすまし」からパラアスリートへ どん底からの更生と復活劇を辿る
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若気の至りでの悪ふざけは時に命取りとなります。ネットが発達して悪事が知れ渡りやすい現代となっては尚更で、今の中高生に適度な失敗をして反省するチャンスが残っているのか気になるところではありますね。
そんな若気の至りで一度はどん底に落ちた人間が、更生して意外なキャリアを歩んでいたとしたらどうでしょうか。厳密には違う原因でどん底に落ちたそうですが、更生そのものは勇気づけられる話ではないかと思います。
意外な名前がパラリンピックの舞台に上る
北京パラリンピックの大舞台で戦うアスリートたちが連日取り沙汰されており、アルペン競技の日本代表として出場した青木大和選手もその一人です。
ごく一部のネットユーザーはその名前を見て驚いたのではないでしょうか。青木選手は以前、若気の至りでやったことから大騒動を起こしたことがありました。それが「小4なりすまし」です。
2014年、慶応大生であった青木青年は当年11月の衆議院解散に対して「どうして解散するんですか?」というサイトを開設しました。ところが、青木青年(とサイト開設に関わった知人)は若気の至りで余計なアイデアを盛り込んでしまいます。「政治問題に関心を抱く小学4年生」というペルソナをかぶったことです。
世間の耳目を一身に集めた代わりに、小学4年生という化けの皮は勢い良く剥がされました。ホームページの作り方に詳しい人まで見に来たことで、小学生が作るには無理のある数々の特徴をバラされてしまったのです。独自のドメインや高額な有料フォント、Photoshopなど専門性の高いソフトを操るスキルに英語対応など、完成度の高さが却って仇となりました。
他にも小学生を装うため名を出したゲームソフトに関して杜撰な受け答えをしたり、なりすましがバレてからの謝罪文を画像ファイルで出して検索避けしていたり、多くの野党関係者と人脈を築いていたりと、態度面もあって炎上は加速。遂には「キセキの世代2014(※)」の末席にまで加えられ、経歴に大きな傷がつきました。
打ちのめされた青木青年は、最終的に政治活動から手を引きました。当時から経営者を始めていたそうなので、決して少なくない人脈を自ら断ってしまうのは辛かったことでしょう。パラアスリートに転身した今でも「この炎上を一生背負っていかねばと思いつつも難しさを感じている」と、自身の汚点から離れられない旨を発言していました。
※:佐村河内守氏・小保方晴子氏・野々村竜太郎氏を筆頭とする、2014年に世間を騒がせた人々を総称するネットスラング。
芸は身を助く
青木選手を本当の意味で絶望の淵へ叩き落したのは、なりすましと全く関係のない単独事故でした。既に政治活動を断ち切った2016年、自宅マンションの階段から転落し脊髄損傷と診断されたのです。
「最悪の場合、下半身不随になる」と宣告されたのを、必死のリハビリで左脚の麻痺にまで抑えました。それでも生活上の不便は多く、身体障害者としての余生を強いられます。シェアハウスや電動キックボードの関連事業に携わる起業家となり、ひとまず生活の安定は得られました。
そんな青木選手をパラアスリートとして転身させたのは、高校時代の縁でした。青木選手は中高時代スキー部に所属しており、スキーの素養は十分に備わっていたのです。スキー部の仲間に誘われ再開すると、素養もあってかめきめきと上達していきます。
スキーを再開してから2年が経つ今年2月、目標としていたパラリンピックの選手枠を獲得し、北京パラリンピックへの出場が決定しました。出発前日には、かつてなりすましサイトを糾弾した安倍元首相と面会し、「世界の真ん中で活躍を期待しています」とエールを送られています。まさに更生と復活の叶った瞬間でした。
更生には温かい人々が欠かせない
青木選手を支えたのは、スキー部の仲間や経営する会社の社員らでした。温かい人々に支えられたことが更生と復活の原動力となったことは疑いようもありません。
そもそも彼らは、なりすましサイトで炎上した後の青木選手を見限らずに手を差し伸べてくれた人々です。本当に苦しんでいるときにこそ助けてくれる本当の人脈が青木選手を救ってくれました。この点でも、政治啓発で得た量だけの人脈を断ち切ったのが英断とわかります。
青木選手本人もまた非常にガッツのある人間でした。下半身不随になるという宣告を懸命のリハビリで跳ね返し左脚の麻痺にまで抑えたこともそうですし、スキーを再開してから憧れの選手を目指して特訓を重ねパラリンピックの舞台にまで立てたことも人並外れたガッツの証明でしょう。
何も持たない人はどうなる?
青木選手は炎上より前から大学生経営者として活動しており、政治関連から手を引いても日銭を稼ぐスキルが残っていました。また、スキーの経験や部活の仲間といった本当の人脈も持っています。若気の至りからの更生、どん底からの復活劇として、こうした「地盤の固さ」「過去から積み上げてきたものの重さ」があると一抹のモヤモヤを感じてしまいます。
容易な道のりでない復活劇ではありますが、それでも読んだ人に響くかどうかは正直疑問視せざるを得ません。何も持たない人や何も積み上げてこられなかった人にこの話をしても、「地盤ありきの復活劇」と取られてしまい何の応援にもならないわけです。そして、「何もない人」が障害者の多数を占めています。
「引きこもりだったが就労移行支援を受けて就職し、結婚して一児のパパにまでなった」「薬物やアルコール依存から精神病院に入り服役までしたが、40代で依存症施設の支援員として生き直す」「事業失敗や離婚で親権まで失ったが、海外で独自のアパレルブランドを立ち上げて再出発した」といった話の方が、何も持たない多数の障害者にとって心の支えになるはずです。
何もかも失ってから出直せという訳ではありませんが、何も持たない人にとって応援にも参考にもならない復活劇は、下手をすれば悪感情まで呼び起こします。そう考えると、スポーツの頂点で戦うパラアスリートを障害者応援ストーリーの主人公に据えるのはあまり響かないかもしれません。良い話に水を差すようですが、率直にそう感じました。
参考サイト
大炎上から8年、パラ代表の青木大和、“因縁”の安倍元首相から激励
https://sakisiru.jp
パラリンピック 青木大和 競技歴2年で大舞台 アルペンスキー
https://www3.nhk.or.jp


