定型発達の基準が厳格化している~増加する発達障害の診断
発達障害発達障害の診断数はここ最近急激に増え、「大人の発達障害」なる言葉も登場しました。それからだいぶ久しくなり障害の周知が進んだ一方、診断数の増加について快く思わない人や心ない声も頻出しています。
診断が増えた理由としてよく挙げられるのは「診断の高度化」です。20年前は見過ごされていたものが診断の理由に足るものとして扱われたことで、発達障害の診断が増えました。
ただし、それは「精神医学の基準」という視点での話です。「世間様の基準」という視点で語れば、全く別の理由が出てきます。
発達障害の診断が増えた別の理由とは、ズバリ「要求されるコミュニケーション能力の厳格化」です。サービス業の急激な成長に伴い、高度なコミュニケーションを当たり前のように要求されるようになり、届かなければ発達障害予備軍として心療内科などでの診断を勧められます。
例えるならば、合格点が60から90まで引き上げられた試験です。80点のコミュ力を持つ人は旧基準だと定型発達で通りましたが、現基準では何らかの発達障害名がつきます。似た話はこちらのコラムでも触れています。
複雑化するコンビニ業務
コミュニケーション能力を過剰に求められるようになった業界の一つがコンビニです。「誰でもできる楽な仕事」としてコンビニのレジ業務が未だに挙げられておりますが、業務内容は直近30年間で極度の肥大化と複雑化を遂げています。今もなおレジ袋の有料化関連でやり取りが増えており、新たなトラブルの種は絶えません。
「コンビニでバイトしていた時、客が『いつものコレね』と両手でピースしてきた。とりあえずピースで返すと突然客が『お前ふざけてんのか!』と怒り出した。どうやらピースはタバコのことで、両手だから2箱という意味だったらしい」
上のように極端でなくとも一筋縄ではいかない客が時々やって来て、その都度真意を上手く読み取って接客せねばならない場合があります。波風立てずに迷惑客へ対応するスキルは、その要求も水準も際限なく上がっています。
相手の伝達にどれほど問題があったとしても、忖度できなかった方が悪いとされるのが実情で、コンビニのレジ業務はその最たるものと言えます。今や発達障害とは「忖度する機能の障害」として捉えられているのかもしれません。
似た立場の業務に「電話対応」もあります。電話のマナーに欠如した相手であろうとも、下手な対応をした方が悪いとされます。会話しながらメモを取るなどコミュニケーションとしてもかなり高度な部類ですが、未だに「誰でもできる仕事」というイメージが根強いです。多くの企業が事務職パートの募集で抱き合わせにしているのがその証左です。
ASDへの関心
いま要求されているコミュ力の水準に満たない者は大抵「ASD」として処理もとい診断されます。そして、ASDは地球人がいま最もなりたくない障害といっても過言ではありません。「ADHDならまだしも、ASDでは社会に通用しないだろう」と思う人もいるのではないですか。
世界中にある論文の数で言えばADHDに関したもののほうが多いですが、世間の関心はASDのほうに偏っているといわれています。なぜならばASDとは「コミュニケーション能力が低い・忖度が出来ない・社会性が低い」と社会人として不利な要素が詰め込まれているからです。ゆえにASDを扱う論文や書籍が気になって仕方ないのです。
大人になってからASDの診断を受けた人も少なくないでしょうが、中には「子どもの頃よりコミュニケーションが下手になった」「小さい頃のほうがまだましだった」という人もいると思います。ところが実際は自分のコミュ力が落ちたのではなく、社会が求めるコミュ力の水準が上がっていた訳ですね。
私は6歳の頃に児童相談所でテストを受けたことがありました。きっかけは幼稚園の担任が「検査を受けてこい」と親に命令したからだそうですが、当時のテストでは「協調性に難はあるが、障害と言うほどではない」とのことで定型児のままだったのです。
あれから16年後、就活うつをきっかけに大学内のカウンセラーを通してOBの勤める心療内科で再度テストを受け、そこでASDと診断されます。16年間で診断基準は大きく変わり、社会に出る上で求められるコミュニケーションの水準もまた大きく跳ね上がったのでしょう。
メンタル強度の要求も爆上げ
社会が要求しているのはコミュニケーション能力だけではありません。何をされても絶対に折れないメンタル強度もまた求められています。しごき・いじり・クレームをいくら受けても耐えられる強靭なメンタルが一層求められ、折れてうつ病などになろうものなら「不良品」として捨てられて終わりです。
メンタルが砕けないことを前提に組まれた社会の中では、うつ病の見識が広まる事すら奇跡だったように思えます。とはいえ、誰でもかかるという意味で「うつは心の風邪」と言われたのが、いつの間にか「風邪程度の軽い病気」と甘く見る意味にすり替えられています。
症状が改善しても「完治」とは言わず「寛解」といい、常に再発のトリガーを警戒すべきなのですが、その知識も浸透していません。「一度壊れたらもう戻らない」ではストレッサー気質にとって都合が悪すぎるようです。
うつが多発している新卒就活では、自称就活アドバイザーが「毎日就活ではなく、週1日だけ休んで心の健康を守ろう!」などと言っていますが、武器商人じみたやり取り(内定辞退率のリークなど)が横行する就活ビジネスを根本的に変えない限り就活うつは絶えません。
「道徳の授業で、担任が白紙のプリントだけ渡して『今からプリントをグシャグシャにしてください』と言った。みな思い思いにプリントをボロボロにしたら、今度は『ではプリントを元通りにしてください』と言われた。しかしどうやっても配られたときの状態には戻せず、クラス中が四苦八苦していると、担任はこう続けた。『これが人の心です』一度しわくちゃになって破れたプリントはもう元には戻らない」
これは「担任に言われた衝撃の一言」というハッシュタグで昔出回ったツイートが元です。なかなかショッキングな授業ですが、子どものうちにこうした授業をしないと平気で他人をうつに追い込む大人へ育ってしまうのかもしれません。
バリアフリーはみんなフリー
「バリアフリーは該当の障害だけでなく、全ての人が使いやすくなる」とはよく言われる話です。駅構内のエレベーターは車椅子の人だけでなく、高齢者やけが人、階段が分からない人や面倒な人までも便利に作用しています。
「ASD持ちには抽象的な表現をせず、具体的に話そう」というのは、徹底すれば非ASDにとっても分かりやすい説明ができ好印象を持たれます。最近では、「批判するときは、批判する点を具体的に述べる。抽象的で短絡的な表現は中傷になる」とも言われており、正当な批判を誹謗中傷として受け取られない自衛策にもなっています。
コンビニ店員や電話応対へのバリアフリーとは、最低限の礼儀やマナーを弁え、怒ったり泣いたり押さえつけたりと忖度や我慢を強いるようなアクションをとらないことです。コミュニケーション能力の要求水準を下げるには、サービスを利用するうえでの礼儀やマナーが大いに求められます。
参考サイト
ASD(自閉症、アスペルガー症候群)|どんぐり発達クリニック
http://www.donguri-clinic.com
職域で問題となる大人の自閉症スペクトラム障害
https://kokoro.mhlw.go.jp
発達障害 自閉症スペクトラム障害(ASD)