ヤマジュン漫画「絆」の認知症描写を考察する
暮らしPhoto by Dominik Lange on Unsplash
「父があんなことになってしまったためにあなたに、こんないやな思いをさせて…」「でも、こうでもしないと父が何をするか…」「いいんだ。俺もまんざらいやじゃない…」
数あるヤマジュン漫画の一つで、1988年に発表された作品「絆」について気になる描写があったので、今回はそれについてのお話をしましょう。題材こそ山川純一先生のゲイポルノ漫画ではありますが、誰でも嫌悪感なく読めるように作品の説明は最小限に留めておきます。
作品のあらすじは「佐野という高齢男性が娘の夫と浮気をしていたが、実態は佐野が世間に迷惑をかけないよう娘夫婦が抑えていた」というもので、その理由は「認知症の影響で自分がゲイだと思い込んでいるから」と劇中で語られています。ちなみに、「あおおーっ!」の叫び声がある作品の一つでもあります。
まず押さえておきたいのが、山川先生の活動されていた年代です。80年代と古く、認知症は「老人性痴呆症」と表記されていた時代でした。それに山川先生は別作品で、抑うつ的に塞ぎ込んだのを「自閉症的な」と書いた前科(?)があります。時代が古かったとはいえ、山川先生がその辺りに疎かった事に疑いようはないでしょう。
現代の目線で80年代の漫画を考察する無粋を承知で私見を申し上げますと、「佐野は認知症でもなければゲイに変わった訳でもない。ただ、若い頃からゲイを隠し通してきたのが加齢によって難しくなってきた。『認知症で自分をゲイと思い込んだ』というのは娘側の誤解」になると思います。
認知症で性指向が変わるかどうかは兎も角、介護現場では認知症高齢者による性的逸脱行為(言い寄る、卑猥な言葉、ボディタッチなど)はままあることだそうです。性機能は衰えても性的エネルギーは終生失われませんし、認知症だと理性や社会的認知が衰えるせいで尚更抑制が利きにくくなります。
ただ、佐野の認知症がどこまで進んでいるかは分かりません。週末に娘夫婦が遊びに来る以外は一人暮らしのようですが、夕食を御馳走するあたり暮らしに不自由はしていないようです。感情面では怒り出すこともなく、「狂おしい…」などと詩的な語りに留まっています。実際のところは、認知症を疑って受診させた頃には一人暮らしが難しいほど進んでいるケースもあるので、佐野が認知症である可能性は低いと思われます。
次に佐野の性指向についてですが、元々ゲイを隠し通して生きてきた、或いはバイセクシュアルだったと思われます。なお、ヤマジュン作品は作劇の都合上バイセクシュアルの男性が偶に登場しますが、「薔薇族かくれんぼ」のようにゲイを隠して生きてきた描写もまた存在します。
認知症の有無によらず、加齢によって前頭葉は衰えて抑制や判断力といったものが低下します。すると、若い頃はゲイとバレないよう避けていた行動や選択肢を、高齢になってうっかりやってしまう(カミングアウトではない)ことも考えられるでしょう。父親が老いてからゲイと分かったことで、娘は「認知症で自分をゲイと思い込むようになった」と誤解したのかもしれません。
高齢者の性的逸脱行為は家族にとってもかなりショックです。ただ、逸脱とまでいかないちょっとした「ゲイバレ」の対応としては、娘夫婦(特に娘側)の行動は大袈裟かつエキセントリックと言わざるを得ません。ゲイポルノ漫画としての体裁を保つ上では仕方ないといえばそうなのかもしれません。
娘は介護のためとはいえ親との同居を望み、婿はそんな彼女の抱く罪悪感を気遣って平気なふりをするなど、本質的にこの夫婦は善人です。ただ、行動や思考回路が(少なくとも現代の目線では)非常にズレているのですが。
参考サイト
認知症で1人暮らしはできる?限界が来るタイミングについて解説
https://www.tanzawahp.or.jp
特集 認知症者の性(PDF)
https://www.jnapc.co.jp