僕は良い子~いじめと居場所と反抗期
暮らし その他の障害・病気ほぼ毎回、三者面談で担任の先生から、「彼女は色々な雑務を頼めば、嫌がらずにやってくれる良い子ですよ。」と言われてきました。それもそのはず、僕にとって、休み時間に職員室に行って、先生方の手伝いをすることは、“習慣”であり“日常”だったからです。
小学校時代の居場所
あなたが小学生の頃の居場所は、どこでしたか?自分のクラスでしたか?図書室ですか?また、先生からの頼まれごとは、嫌がらずに引き受けました?それとも断っていましたか?
「失礼します。○○先生、何か手伝えることありますか?」小学生の私の一番の居場所は、学校の職員室でした。よく、休み時間になったら職員室へ入り、先生方から簡単な雑務を請け負っていました。“先生方の手伝いをしに行く”というのは建前で、“クラスにいたくないから、職員室に逃げよう”が本音でした。
当時の私は、今以上に癖が多い女の子でした。それを含めて面白がったクラス男子達が、いわゆる『感染遊び』の原因菌として、僕や僕の持ち物に触って、遊ぶようになりました。2年生の時に始まり、そのメンバーは6年生になると、学年のほとんどの男子と、その男子と仲がいい女子達という大人数になりました。2年生の時、担任の先生がこの『感染遊び』の現場を目撃し、そのメンバーを叱ってくれたおかげで、一時的になくなりました。しかしその効果は、ほんの数日間でした。また同じ『感染遊び』を始めたのです。そのことを、一時的に止めてくれた担任の先生に相談すると、「じゃあ、休み時間にすることが無い時は、先生の所か職員室にいらっしゃい。」と、言ってくれました。
これ以降、担任の先生が他の先生方に事情を話してくれていたのか、僕が職員室に行くと色々な学年の先生から、簡単な雑務を頼まれるようになりました。職員室へ通うことで、ほとんどの先生と顔見知りになることができ、いざという時に助けてもらえるので、安心して学校へ通うことが出来ました。
進学後は……
「これを職員室まで運んでくれ。」「提出者をクラス名簿と照らし合わせて、チェックしてから提出しに来てくれ。」「これ次の時間までに返却しといて。」
進級し、他校の生徒が混ざることで『感染遊び』が無くなりました。しかし、同級生とクラス内で過ごす機会が増えた中学時代や高校時代でも、小学生時代と同様に、“休み時間に職員室に行って、先生方の手伝いをする”という習慣は抜けませんでした。後々に当時の友人から、中学校時代は「あいつ、また先生に媚売って内申点稼ぎしているぞ。」という噂が、高校時代は「あいつに何かしたら、色々な先生方から袋叩きに会うぞ。」という噂があったと聞きました。
僕の両親は……
「うちの子は、大きな反抗期がなかったよ。」
僕と僕の母親、それから僕の友人やその母親たちと集まって、各々の子どもについての話をした時、何度か母親が友人の母親達に話しました。それを聞いた友人の母親たちは、「良い子に育ったね。」と褒めてくれます。確かに僕は、これまで一度も両親に反抗や口答えをしたことがありません。中学生の時、僕と同じ一人っ子の友人が、その子の母親と親子喧嘩を目の前で見る度に、「反論出来て、凄いな。」と思ったほどです。
しかし、娘である僕本人から言わせてもらうと、正確には“無かった”のではなく“出来なかった”のです。自分の意見を言えなかった、親が間をおかずに一方的に意見を言って、反抗させなかったのです。仕方ないので、何かものに当たろうとすると、「そんなことしないの!」と、すぐに止められてしまいました。
“たとえ自分の中に意見があっても、親に対してそれを言わない。”という状況で育った人間はどうなると思いますか?僕は今、両親の前では仮面をかぶっています。『普通の女の子』という仮面と、『親に反抗しない、できる良い子』という仮面です。言ったとしても聞き入れてもらえない、改善しないと知っているから、建て前で話し、本当の状況や本音が言えない状態です。
──あなたのところは、大丈夫ですか?
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