引き出し屋と「ひきこもり人権宣言」前編~引き出し屋とはなんぞや
暮らし2021年末、ひきこもりの当事者や経験者らによって結成された「暴力的『ひきこもり支援』施設問題を考える会」が、「ひきこもり人権宣言」を全国で初めて発表しました。当事者や関係者への取材や議論を重ね2年余りの時間をかけた宣言には、長らく抑圧・蔑視・自己責任論に晒されてきたひきこもりにも人権があるという、考えてみれば当たり前のことが約35,000字に渡って記されています。
彼らを本格的に動かしたきっかけは、ひきこもりの家庭を食い物にする「引き出し屋」の存在と、それを礼賛するテレビ業界の姿勢が一因としてあるでしょう。
引き出し屋と「ひきこもり人権宣言」について、まずは前半として引き出し屋についての解説とメディアによる礼賛の姿勢、そして現在改善されているのかについてご紹介します。
引き出し屋とは
引き出し屋とはひきこもりの自立支援を謳う業者の中で悪質なものを指します。一応家族からの依頼は受けているものの、当事者には予告なく訪れ同意なく連れ出し自身の施設に入所させるのが主な手法で、大抵は家族から契約料として莫大な金額を請求しています。簡単に言えばひきこもり家庭の不安に付け込み食い物にしている訳ですね。
「そうでもしないとひきこもりは社会に出ないだろ」とお考えの御仁は、少し考えてみてください。ある朝突然やってきて長時間説教した挙句、無理矢理家から知らない寮へ連れ込まれるのが「正しい支援の形」と言えるでしょうか。おまけに、施設でやっていることは自立支援には何の寄与にもならない無意味なことばかりです。
仮に意味のあることをやっていたとしても、当事者の意思を汲むどころか尊厳すら平気で貶める引き出し屋は、とても支援業者と呼べるものではありません。親の差し金でこのような仕打ちを受けては、家族関係が冷え切ってもおかしくないでしょう。しかし明確な法規制もなく現在進行形で活動を続けているのが現状です。
引き出し屋は金と名誉さえあれば何でもいいので、実際にひきこもりでなくとも拉致監禁の技術をフル稼働させてきます。なんと一人暮らしの娘と喧嘩した母親が業者と契約したケースまでありました。この辺りは医療保護入院の移送業者にも通じるところがあるでしょう。
少し頭の回る引き出し屋は、地元行事へ精力的に参加して「地元の名士」となったり、元警備会社であることを利用して身辺警備と称し警察の目から逃れたりと、工作をすることもあります。あとは、己の管理下である寮へ入所させることに拘るのも特徴と言えますでしょうか。
2000年代から台頭
2000年代初頭、西鉄バスジャック事件などで犯人をひきこもりと結びつける報道がありました。これはひきこもりの社会認知度を上げると同時に、ひきこもりを犯罪者予備軍として扱う偏見もセットで加速させていきます。
そんな折に頭角を現した長田百合子氏は、ひきこもり当事者の自宅へアポなし訪問して厳しく非難し、保護者にも殴らせ罵らせ、最終的に自らの寮へ連行するスタイルで当時のテレビ番組から引っ張りだこでした。これに影響されてか類似の手口も裏で横行し始め、2000年代には既に引き出し屋の基本形が広まっていたそうです。
引き出し屋の問題が初めて明るみになったのは2006年です。長田氏の妹が「アイ・メンタルスクール」という同様の寮を営んでいたのですが、そこで監禁致死事件を引き起こしました。他の入所者からも、移送は手足拘束に猿ぐつわ、寮内では柱に縛り付けられオムツを履かされるという物々しい実態が語られています。
そんな場所がひきこもりの解決へ貢献できるわけもなく、自殺した入所者も少なくはありません。当時の長田氏は「ひきこもり問題を解決する救世主」とまで崇められていましたが、まさかひきこもり当事者を座敷牢のような寮へと押し込んで、あわよくば自殺してもらうのが最良の解決法などと考えてはいなかったでしょうか。
メディアによる礼賛
長田氏のメソッドは「テレビ映え」するというメディア側の需要もあり、長年にわたり多くのオールドメディアが好意的に取り上げてきました。引き出し屋は自身の名を売る機会を得られ、テレビ局は視聴率や撮れ高に繋がるという関係が、単純にひきこもりを悪と捉えた番組作りを長々と助けてきたのです。「親を苦しめる悪いひきこもりを叩き直すヒーロー」として番組を消費してきた視聴者側もこれに加担したと言えるでしょう。
真っ当なひきこもり支援は当事者へカメラを向けることを許さず、取材そのものを拒否する場合も珍しくありません。その為却って引き出し屋のテレビでの露出が増え、「有名な番組で紹介されたから」と信じ切った家族が大金を支払う訳です。
勿論、暴力的な手法でチヤホヤされている引き出し屋を、本物の支援者や専門家が放っておく筈がありません。2016年にテレビ朝日の番組で放送された業者Oの手口について、Twitterで「暴力的だ」と炎上騒ぎになり、精神科医の斎藤環さんらが会見を開き公に業者を批判したのです。引き出し屋の暴力性にようやく世間が気付くと思われました。
しかし業者Oの代表は、ほとぼりが冷めるとすぐテレビでの露出を増やします。川崎通り魔や練馬の元農水事務次官による子殺しが相次いだ19年にも、「ひきこもりに詳しい専門家」として呼ばれたことまでありました。挙句の果てには地元の市議会議員選挙にも立候補しています。選挙には落選したもののわずか7票差まで票を得ており、対外的にはどれほど「いい子ぶって」いたかが窺えます。
ひきこもり当事者で「ひきこもり新聞」編集長でもある木村ナオヒロさんによると、引き出し屋の業者らはかつて利用者の少なさから廃止された「若者自立塾」を復活させようと国政に働きかけているのだそうです。目的は入寮型の自立支援に国のお墨付きをつけ、自分たちのビジネスをやりやすくするためです。
オールドメディアによる取り上げ方も改善したとは言い切れず、2019年には関西テレビの番組で別の引き出し屋が取り上げられ、ひきこもり当事者が身勝手な悪人と思わせる演出がなされました。この放送について「暴力的『ひきこもり支援』施設問題を考える会」は関西テレビへ公開質問状を出しましたが、返事はなかったそうです。
被害者の声が少しずつ
引き出し屋の被害者はこれまで泣き寝入りでしたが、近年は訴訟という形で反撃できるようにもなりました。先述の業者Oも元入所者7人による集団訴訟を受けています。業者Oの代表は反論していますが、原告らは以下の実態を赤裸々に訴えました。
「自分は明日から新しいバイトが始まるというタイミングで連れ出された。働いていたのに連れ出されたという人もいる。引き出し屋の問題はひきこもりに限らず、この国のすべての人が被害にあう可能性がある人権問題だと知ってほしい」
「今も夜中にセンターの人が入ってきて、『ほらいくぞ』と連れて行かれる夢を見る。一度こうした夢を見てしまうと、仕事が手につかず働けなくなる」
「脱走できても、一人暮らししていた部屋や携帯電話はすべて解約されていた。家にあったものがどこに行ったのかも、友達の連絡先もわからない状況になって、頼れる先が誰もいなくなった」
ひきこもりでない人までターゲットになり、働けない精神状態まで追い詰められ、元の生活拠点や繋がりも根こそぎ断ってしまう、これがひきこもりに対する支援活動と呼べるのでしょうか。また、テレビの前でこれを礼賛した視聴者もまた、引き出し屋を肥え太らせてきたと言えるでしょう。
川崎や練馬の事件があった年、根本匠厚生労働大臣(当時)は安易に事件とひきこもりを結びつけないよう国民に忠告していました。しかし、その声は聞き入れられず、支援とは程遠い暴力を相変わらず礼賛するメディアと国民の姿がありました。
元入所者や根本大臣の訴えが人々の耳に届いているといえない状況で、ひきこもり当事者らは改めて権利の啓発を始めました。それが「ひきこもり人権宣言」です。
▶次の記事:引き出し屋と「ひきこもり人権宣言」後編~結局引きこもりには何が必要なのか
参考サイト
全国初「ひきこもり人権宣言」、引き出し屋とメディアの侵害を防げ「ひきこもり」するオトナたち
https://diamond.jp
「ひきこもりはメディアに殺された」元当事者が語る、報道の罪
https://bizspa.jp
ひきこもり自立支援施設の手法は拉致・監禁・、元生徒7人が初の集団提訴へ
https://diamond.jp
ひきこもり支援うたう「引き出し屋」元生徒7人が集団提訴「働いていても連れ去られる」
https://www.bengo4.com