なぜ障害者女性が性産業に流れていくのか
暮らし出典:Photo by Pema Lama on Unsplash
2013年にNHKで放送された番組「見えない世界に生きる―知的障害の女性たち―」。衝撃的な内容でしたが、この話を性風俗業界で知らないものはいないそうです。番組で映し出されていたのは、主に知的障害を抱えた女性が、性風俗の世界で大勢働いている現実でした。
しかし福祉従事者で知っている人はどのくらいいるのでしょうか。
知っていましたか?
売春する恐れのある女性を保護するという目的で設けられている、婦人保護施設。都内のある保護施設では利用者の約70%に、軽度の知的障害と精神疾患を併発している疑いがあるといいます。
私は障害を持つ風俗嬢に密着した、NHKの番組に衝撃を受けたものの「性風俗なんて、自分には関係のない世界だ」とほどなくして忘れてしまったのですが、2020年にコロナ禍による緊急事態宣言が発出された後、風俗業界で働く女性たちが仕事が無くなり、困窮しているというニュースが度々流れるようになりました。
「性風俗って、高収入の仕事ではないの?なぜお金に困っているの?」と疑問に思っていたのですが、そのとき性風俗で働く人の中に、精神障害者や知的障害者が多いことを思い出しました。
多くの障害者が性風俗で働いている理由は何なのか、気になって調べてみることに。そこから見えてきたのは「生きるために手段を選べない障害者が数多くいる」という、冷え冷えとした現実だったのです。
ではまず、性風俗や障害者の性など、課題解決喉をされている坂爪慎吾氏の著作から、実際に性風俗で働いている障害者がどのような人たちなのか、見ていきましょう。
性風俗で働く女性たち
1、30代の発達障害者 Aさんの場合Aさんは発達障害と双極性障害を抱えており、障害年金を受給しています。障害特性として「すぐに指示を忘れてしまう」「片付けが苦手」などがあります。
Aさんは障害者雇用で一般企業に就労していたこともありましたが、仕事が長続きせず、短期間で退職しました。
退職理由の1つに、職場で障害に対する合理的配慮が、Aさんにほとんどおこなわれていなかったということがあげられます。
障害者年金は全て家賃に充当しているため、その他の生活費はデリヘルでの収入やライブチャットの待機保証(客のために待機しているときに保証される給料)でまかなってきました。
風俗の仕事は肉体的に大変な重労働です。しかし、Aさんは精神的には企業で雇用されているときよりもずっと楽だと感じていました。「チームで連携を取る必要も、人間関係もほとんどないから」と彼女は証言しています。
精神疾患の症状が重いため、毎日早起きして出勤することもAさんにとっては苦痛でした。その点、出勤日や出勤時間が一般企業よりも融通がきく環境は、都合がよかったのです。
しかし40歳に近づくにつれ、デリヘルでもライブチャットでも次第に客から声がかからなくなりました。客がつく見込みがないため待機保証も打ち切られたAさんは、このまま風俗の仕事を続けられないと考えています。
2、30代の軽度知的障害者 Bさんの場合
Bさんは小さな子供を育てているシングルマザーです。彼女は30分3,900円と激安料金が売りの、全国展開しているデリヘルで働いていました。
激安料金で運営されていることから、仕事環境は苛烈を極めました。客の子供を妊娠していても知らん顔で他店へ派遣したり、中絶しようにも店が医療費を一銭も出すことはなく、風俗嬢が完全自己負担せざるをえません。
そこはよそで採用基準に満たなかった女性を囲い込むようにして集め、消耗品のように使い捨てる、業界内で「風俗の墓場」と揶揄されているような店だったのでした。
Bさんはアルコール依存症の父親と、虐待を繰り返す母親のもとで悲惨な幼少期を送り、中学生のとき、自分の体が高値で売れることを知り、援助交際を重ねるようになります。
彼女は上京して友人と離れたため、淋しさを募らせるようになります。人恋しさを紛らわせるために、チラシで見たホストクラブに足を運んだことで、ホスト遊びにはまってしまいます。店に入り浸って売掛を滞納し、風俗店と裏でつながっていた担当ホストに、風俗嬢になることをすすめられたのです。
Bさんの働いていた店は、社会的に多大に問題のある店だと誰でも感じるでしょう。それでも彼女はその店をすぐにやめることができませんでした。
肥満体型に近く、パニック障害を抱え、知的障害の特性から金銭管理や感情のコントロールが不得手な彼女は、他の店では採用基準に満たないのです。この店だけが、彼女の生命線なのです。
障害を持つ風俗嬢たちの現実
一般企業で働いてみても環境に適応できずやめてしまい、アルバイトも長続きせず、最終的に性風俗に流れていく。これは、よくあるパターンのひとつです。
仕事でミスを出して叱責されることが増えると、知的障害者や発達障害者の多くはこれまで「努力が足りない」と責められてきた過去から、自己肯定感が下がりやすくなります。すると「やっぱり自分にはこの仕事はできない」と諦め、すぐに仕事をやめてしまいます。
無職の期間が長引くと、経済状況が悪化します。するとどんどん視野が狭くなり、今日か明日といった目先のことしか考えられなくなるのです。
そんなときに繁華街で「高収入を保証!」とうたう性風俗の看板を目にしたら、どうでしょう。「生きるために仕方がない」と思い詰める人がいても、わたしたちに責められるでしょうか。
他にも、50代でデリヘルを続けている女性からは「週5日働くのは自分には無理だった。今の職場なら同僚や上司に怒られることもないし、自分の働きを認められる」という証言もありました。彼女も職場で失敗を重ね、自己肯定感を削られていったのかも知れません。
先程簡単に紹介した、風俗で働く女性のための無料相談機関「風テラス」を立ち上げた坂爪真吾氏は、コロナ禍で困窮状態に陥った女性からの相談が殺到したとき「パニック障害や精神疾患を抱えながら性風俗で働いている女性が、こんなにも大勢いたのか」(ちくま新書 性風俗サバイバルー夜の世界の緊急事態 P59)とおどろいたようです。
風テラスに相談してきた女性の中には、経済的な不安から過食してしまって泣きながら電話してきた人、医師から働ける状態でないといわれているにも関わらず、性風俗で働き続けている人もいたといいます。
知的障害や精神障害を持つ女性が性風俗に流れていく大きな理由は「性風俗しか仕事ができないから」ではないかと考えられます。
「パニック障害やうつ病、ひきこもりなどの理由で、一般の仕事をすることが難しい女性にとって、性風俗店は確実に収入を得ることのできる貴重な職場でもある」(ちくま新書 性風俗サバイバルー夜の世界の緊急事態 P60)
週5日7時間働く事が体力的にむずかしい障害者には、1回の仕事が2時間程度で済み、体調が悪いときは気軽に休むことができるという働き方も、魅力的に見えてしまうのではないでしょうか。
「高収入をえられるなら、それでいいのでは」と思う人もいるかも知れません。しかし、本当に全ての風俗嬢が高収入をえているのでしょうか?
実は生活保護を受けながら風俗店で働き、ギリギリの生活をしている女性が多いのです。激安料金が売りの鷺谷にある性風俗店で行われた無料相談会では、相談者の大半が生活保護を受給しながら、働いていました。
知的障害や精神障害を持った女性は、性風俗の中でもより底辺の方に流れていきます。理由は、高額給与を保証する店になかなか採用されないからです。
高額給与を保証する店に採用されやすいのは、年齢が若く、客に受ける外見を保つための努力を惜しまない女性なのです。
知的障害者には、幼少期に好むハイカロリーな食生活が大人になっても続いてしまう人がおり、そうした人は肥満になりやすくなります。肥満体型の人は、採用でほとんどがはじかれてしまいます。
発達障害の場合は、感情コントロールが苦手だったり衝動性が高いと、場合によってはやめさせられます。そうなれば結局「応募者全員採用」な激安店で、働くしかありません。
激安店では就業環境にも客層にも期待できず、客からリスクの高い行為を要求されやすくなります。2章のBさんのいた店では「本番の要望に応じないから指名がない」と、スタッフが暗に指名のための本番行為をすすめることは、日常茶飯事でした。
こうした環境下で、障害特性から客の要望を断れなかったり、逆に目先の事しか考えられないばかりに、リスクのある行為に対して抵抗感がなくなっていくのです。
店の宣伝で、知的障害者であることを売りにされるケースもありました。ホームページには「素直でどんなプレイもOK」と危険な宣伝文句がついており、障害特性を悪用されているのはいうまでもありません。
しかし中には、激安店舗にもうまく順応できない障害者もいます。彼女たちの行きつく先は、外で客をとる街娼です。客とうまく交渉できなければ、デリヘルで働くよりも、よりリスクの高いプレイを要求される可能性があります。
AVの現場は更に悲惨です。「スカトロなどの忌避されやすい仕事の半数は、知的障害の女優がこなしている」という関係者の証言があるほか、ロリコン雑誌に知的障害の娘を売った親もいたようです。
地獄の中で精神障害者は病状が悪化の一途をたどり、知的障害者もうつ病やパニック障害などの二次障害を発症してしまいます。このような状況を、そのままにしていいとは思えません。
課題の残る支援
やむなく性風俗に流れるしかないこの状況に、手を差し伸べられるのは今のところ婦人保護施設くらいでしょうか。しかし、婦人保護施設だけではフォローがいき届きません。
「継続した支援が困難。深刻に困窮したときのみ保護を求め、ある日突然いなくなる女性がいる」と悩む保護施設職員の証言や、「10代の女性を保護したが『ここで働きたくない』と実習初日に逃げられた」と頭を抱える知的障害者の自立をサポートする団体スタッフの声もあります。
しかし、支援が難しいことにも理由があります。まず、婦人保護施設は大部屋での集団生活になることが多いのですが、特に聴覚過敏のある発達障害者には、不向きな環境なのです。聴覚過敏ゆえに、そこに長居できない障害者も当然出てくるでしょう。
「実家に帰ればいいだけ」という人もいるでしょうが、2章にあげたBさんのように、家庭環境に恵まれず、実家を頼れない障害者は多くいます。中には親が障害の診断が下りたことを認めず、薬の服用を妨害される人もいるのです。
運よく福祉につながれても「風俗なんてすぐ辞めて、生活保護を受けるか障害者雇用で働きなさい」とアドバイスされ「頑張って生きている自分を全否定されたと思った」という証言もあります。
障害者雇用ではわずかな給料しかもらえないことも、彼女たちが福祉を信用しきれない一因でしょう。
平成30年度障害者雇用実態調査によると、平均賃金は知的、精神、発達のカテゴリは全て月あたり13万を超えていません。B型含む作業所の賃金は、さらに少なくなります。とても自立して生活するような賃金など望めません。
知的障害者を中心に風俗嬢のスカウトする業者には「知的障害の作業所で小銭をもらうのか、自分の力で稼いでお洒落するのか?知的障害の子だってお洒落はしたいし遊びたい」という人もいます。彼らは障害者がろくに稼げないことを知っており、そこにつけこんでいます。
その他2章のAさんのように、会社と労働者の間で合理的配慮の認識にズレが生じた経験があると「障害者枠で働いたって、配慮なんかしてもらえない」と反発する人もいるでしょう。
実際、配慮してもらえなかったと感じている障害者の声は、ネットのいたる所に落ちています。一方で、会社の方にもいい分はあるでしょう。合理的配慮を含む働き方について、もっと踏み込んだ議論が必要なのかも知れません。
彼女たちが歯を食いしばって生きていることを否定せず、必要な支援を提供できるような福祉サービスが必要なのは間違いありません。しかし同時に長時間働くことができない人でも、ささやかな贅沢が許されるくらいには稼げるシステムを、確立する必要もあるのではないでしょうか。
これは障害者だけではなく、様々な理由から時短で働かざるをえない人たちの、有効活用にもつながるように思うのです。
鈴木大介著 「最貧困女子」 幻冬舎新書
坂爪真吾著 「性風俗サバイバルー夜の世界の緊急事態」ちくま新書
坂爪真吾著 「身体を売る彼女たちの事情ー自立と依存の性風俗」ちくま新書
坂爪慎吾著 「性風俗のいびつな現場」ちくま新書
【風テラスとは】
https://futeras.org
【平成30年度障害者雇用実態調査の結果を公表します】
https://www.mhlw.go.jp/