「愛成会」元理事と「グロー」元理事長の性暴力とパワハラに対する民事訴訟が開始
暮らし 仕事滋賀県の社会福祉法人「グロー」元理事長並びに東京都の社会福祉法人「愛成会」元理事である北岡賢剛氏に対する民事訴訟が1月14日より東京地裁にて始まりました。訴訟理由は、北岡氏が2人の女性部下に対し、権力を盾に性暴力やパワハラを長期間繰り返していたことです。
それに先立つ1月12日に、Zoomを用いたオンライン記者会見が行われ、45人が参加しました。原告2人や代理人弁護士らが、この度の訴訟における意義を説明しています。今後の経過なども、有志が集った「愛成会とグローの性暴力とパワハラ被害者を支える会(以下、支える会)」がTwitterアカウントや公式サイトを中心に発信していく予定です。
原告代理人からの説明
まず、訴訟の概要について原告代理人の笹本潤弁護士から説明がありました。原告は被害者である鈴木さん(仮名・グロー元職員)と木村さん(仮名・愛成会幹部)の2人で、被告は北岡賢剛氏と社会福祉法人グローに対して、賠償額は2人合わせて約4250万円となっています。
訴訟理由については、北岡氏が2007年からの長期間原告にセクハラやパワハラを続けていたことです。法人に対しては事業者としての責任を問うためです。
訴訟の意味としては、社会福祉法人の在り方を問うのが第一にあります。社会福祉法人は職員や利用者に女性が多い一方管理職には男性が多い傾向があるそうです(詳細は後述の質疑応答にて)。
社会福祉法で理事会の牽制役としての役割を担う評議員会がその機能を果たしたことで、愛成会では実際に法人改革・法人の再編に至ります。しかし、その道のりも決して平坦ではありませんでした。「セクハラは上下関係を盾に行われたという認識。原因はパワハラにある。」と笹本弁護士は締めています。
原告・鈴木さんの説明
グロー元職員である鈴木さんは、説明の最初に「『ただふつうに働きたかった』という願いや悔しさがある。裁判をしようと思った時に強く思っていたことは3つ。」と述べました。詳細な説明は以下に要約します。
一つは「自分の受けた性暴力やハラスメントを法的に裁いてもらう」ことです。このハラスメント問題に対し「個人間の問題だろ」と言い放つ者もいましたが、実際は仕事上の関係に過ぎないし権力を盾にしたパワハラである以上、それは詭弁にすらなりません。
この問題が社会でどう裁かれるかを見せつけていかなくては、内々で揉み消されてしまうでしょう。北岡氏には、自分の暴力行為の何がいけなかったのか、被害者がどれだけ傷ついているか、自分がどれほど重大な事をしでかしたかを認識して貰いたいです。グローには事実確認や再発防止など真摯な対応を求めます。
二つ目は「泣き寝入りしている被害者の力になりたい」ことです。退職を決意してから自分が受けた被害を話す中で、北岡氏から同様の被害を受けたという方々の話を聞きました。裁判を通じて泣き寝入りを強いられた人々の力になれたらと思います。
三つ目は「福祉業界には改めて組織の在り方や人を大切にすることを考えてもらいたい」ことです。福祉で働く職員には献身ばかり求められ、ハラスメントを受けても「受け流すのがプロだ」という偏った慣習が今も根強く残っています。この裁判を北岡氏やグローだけの問題と片付けず、自分の職場でも起こりうる(或いは既に起こっている)ことと捉え、いま一度組織の在り方や人を大切にすることを考え直してもらいたいです。
提訴してからは、厚労委員会や滋賀県議会でも本件が取り上げられました。一方、北岡氏や関連グループでコメントを出した団体はなく、「支える会」などが問い合わせても応答がないか、静観するとして具体的な対応はないという回答で一致していました。「支える会」へ連絡をする関係者も口をそろえて「グローに特定されたら怖い」「一連の報道について本音で話すことも出来ない」と述べています。
グローからは12月18日に公式声明が出されましたが、文中の「一方的な糾弾をされている」という内容などに鈴木さんは疑問を呈しています。原告には多くの新聞・雑誌・ネットメディアが取材に訪れ、被告側にも同数の取材申し込みがありました。しかし被告は取材を拒否しており、発言の機会を棒に振って説明責任を果たさずにいるというのです。
鈴木さんは最後に「税金で福祉事業を行い600人もの職員を雇用する組織として、世の中に説明責任がある事を忘れないで貰いたい。」「北岡氏には様々な分断を生んだという罪もある。様々な分断が生まれることは辛いが、それでも許してはいけないことなので裁判をする決意は揺るがない。」「諦めず福祉業界の人々を信じて自分の正しいと思うことを貫いていく。」と締めました。
原告・木村さんの説明
愛成会幹部の木村さんは、主に愛成会の評議員会による愛成会でのセクハラ及びパワハラ事案への対応ついて言及しました。2017年の法改正より理事会の牽制をする役割として明確に位置付けられた評議員会が「法人運営に関わる重大な事案」としてこの事態の改善に動き、実際に成果を上げました。
その道のりは決して平坦ではありませんでした。職員有志による「愛成会からハラスメントをなくす会」から改善を求める要望書を理事長に提出し、評議員会からも今セクハラ・パワハラ事案を審議するための請求書面を理事長に提出しても、愛成会の理事会はこれ真面に取り合いませんでした。更には、問題を追及した評議員の解任を迫ったりセクハラの事実を否定したりと激しく反抗しました。その後、社会福祉法の下、評議員が所轄庁の東京都に申し立てた評議員会招集の許可がおり、ハラスメント事案に関わった理事への審議が為され、解任とする決議が出されました。ハラスメントを容認・黙認・同調した理事についても同様に解任されています。
この流れで木村さんが感じたのは、ハラスメントは構造的な問題であることと、被害者だけが声を上げても事態は改善されないことです。「周囲の人が声を受け止め、役割を持つ人が事態改善に向けて動かないとハラスメント構造は直らない。その役割を担ったのが今回の評議員会である。」と評議員会の働きを振り返りました。
また、ハラスメントの構造について「被害者に出来る自己防衛は、傷を抱えたまま静かに去ることだけなので、可視化・顕在化がされにくい。また『個人間の問題』などと矮小化して、問題が放置されることで、問題は深刻化し次世代にも連鎖していくものである。」とも述べています。
北岡氏や裁判については、「自分が知る北岡氏や周囲の人たちは『行動力のある人たち』だが、この件に限っては何故その行動力を示さなのか。なぜ静観を続けるのか。また北岡氏には、なぜ私たちの尊厳を軽視したのか、その理由を教えてもらいたい。」「北岡氏の社会的責任を追及していきたい。そして、この裁判の動向を多くの人に注視いただくことで、社会の中にある性暴力やハラスメントを少しでもなくせる未来社会が創生されるよう多くの人と共に考えていければと願う」と締めました。
質疑応答
福祉業界には、例えば性暴力やハラスメントが起きやすいなど課題はあるのでしょうか。あるとすれば、理由は?
木村さん「福祉業界の特徴としては、働き手の多くが女性であることが挙げられます。また職業の特性として人の支援をする仕事なので、他人に寄り添うことを重んじる職業です。ハラスメントに遭ってもより言い出せない職業環境があるのでないかと感じます」
笹本弁護士「管理職に男性が多く現場は女性が多い傾向があります。データ的には、国勢調査によれば社会福祉事業において男性は従事者の3割弱ですが、管理職に絞ると8割半を男性が占めています。この結果はNewsweek日本語版のサイトに掲載されています。福祉に限った話ではないが、管理職の男女比でいえばそんな感じです」
一連の事実が発覚して以来(係争関係になる前)、北岡氏と原告の間で謝罪を前提とした話し合いはあったのでしょうか。
笹本弁護士「北岡氏側の代理弁護士とも交渉したが、個々のセクハラの事実について回答は得られず有耶無耶で進んでいたので、謝罪や慰謝料の話には至りませんでした。それで交渉を打ち切り訴訟へ踏み切った経緯もあります」
木村さん「一昨年9月に北岡氏へ謝罪を求めて会いました。謝罪の言葉はあったものの『セクハラは自分の個性だからやめられない』『触らないけど言葉でのセクハラは言ってしまうだろう』『セクハラの対象は選んでいる』などと言っており、謝る気が無いと判断して『その謝罪では受け入れられない』と返しました」
愛成会を被告に加えなかったのは人事を一新したからでしょうか。グローには評議員会の効力が及んでいないようですが、違いはあるのですか。
笹本弁護士「愛成会を被告としなかったのは、木村さん自身が幹部でもあり利益相反が発生するためです」
木村さん「愛成会の場合は、評議員会のメンバーは利用者の保護者、地域の方や他職種・他分野で働かれている方から選出し構成されています。北岡氏と直接の利害関係がない人が多いです。また多様な人材で構成されたことでそれぞれの評議員が意見をもち、またそれぞれの倫理観もと、幸運にも評議員会が機能を果たしました。ほとんどの社会福祉法人は理事の息がかかった人事で構成され、評議会に独立性がなくなり、理事会の牽制を果たす役割として機能していないことも問題視されています」
鈴木さん「グローは昨年12月の声明以降沈黙を貫いているので、北岡氏の動向については分かりません。評議員会についても同様です。それでも提訴からの2ヶ月だけで愛成会とグローの間に如実な速度差があるのは否めません」
福祉業界で働くものとして何が出来るのか。どのような行動が求められるのか。
鈴木さん「裁判は、これから数年はかかる長い戦いとなります。その間、問題が風化することのないように皆様には『伴走者』として見守って頂きたいです。表立った大きな動きは難しいかもしれませんが、各々が自分の事と捉えて自分の出来る中でアクションを起こしていけば福祉業界全体が改善されるのではないかと思います」
木村さん「鈴木さんと同様に、この件が風化されることのないよう発信を続けてもらいたいです。そのことで、このようなハラスメントが起こらない社会風土をつくるために社会の価値観がアップデートされることにもつながると思います。また、福祉業界内部からも声を上げてもらいたいです。一人が声を上げれば、これまで静観していた人たちも声を上げるかもしれません。人権を重んじる福祉業界だからこそ、静観ではなくこの件に言及して行動を起こしてほしいと願います。メディア含め、さまざまな人が声にし、本件を伝えてもらえれば幸いです」
参考サイト
愛成会とグローの性暴力とパワハラ被害者を支える会 オフィシャルサイト
https://www.fnht.org
”福祉業界のドン”のセクハラを被害女性が告発|文春オンライン
https://bunshun.jp
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