社会福祉法人グローのハラスメント裁判開始から1年

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社会福祉法人グロー(滋賀県近江八幡市)の元理事長である北岡賢剛氏に対する民事訴訟が始まって1年が経過しました。今年1月18日、その途中経過を報告するオンライン記者会見が実施されています。

国際労働機関(ILO)の条例でもハラスメントを禁止するものが昨年6月25日に発効されました。しかし、批准するにはハラスメントの定義と加害者への罰則を法律で定義せねばならず、条件を満たしていない日本では批准出来ません。今まで不法行為扱いで済ませてきたのをもう一歩先に進めねばならない段階にあるといえます。

退職者の声

元グロー社員の原告Aが働いていた部署である「企画事業部文化芸術推進課」の元社員らを対象にハラスメント行為の有無や内容について調査が行われました。調査を行ったのは同退職者ら5名による「退職者有志の会」です。オンライン会見にも会員2名が出席していましたが、北岡氏サイドから特定されるリスクを理由に顔出しNGかつ音声加工で臨んでいました。

調査の対象は、原告Aが働いていた期間に同部署へ所属しており現在退職している元社員21名で、うち14名が調査に応じてくれました。まずハラスメントの認知は、セクハラが7割、パワハラに至っては全員が認知しており、全国平均(セクハラ1割・パワハラ3割)より明らかに高い認知率が出ていました。セクハラの大半は北岡氏の仕業で、パワハラは北岡氏と文化芸術推進課の課長が主な加害者として挙げられています。

また、ハラスメントに関する相談体制や研修については、存在すら知られていないという有様でした。他のハラスメントについてはある元社員がこう語っています。「具体的な服装規定はありませんが、男性はスーツ着用が多かったです。自分は男性職員として出勤していましたが、ある日スーツでないことを上司から遠回しに注意されたのを覚えています。北岡氏や幹部職員の存在を気にするあまり、服装一つとっても忖度しているようでした」

ハラスメントが横行する原因として調査で最も多く挙げられたのは「各職員の業務過多」でした。並びに、労働環境については「時間外労働が多い」「職員一人に対する業務が多い」「サービス残業当たり前」という答えが多く挙がっています。過労やイライラが下へ下へと向かっていったのでしょうか。退職者の中にはうつ病や自律神経失調症になった人もいました。

有志は会見で語りました。「グローの功績は北岡氏ひとりの力で得られたものではなく、名もない職員たちの努力の積み重ねによって生まれたものです。この調査は、その一部の職員たちが勇気を振り絞って回答してくれたからこそ完成しました。そして、原告が自身の被害だけでなくグローの安全配慮義務違反についても争ってくれているのは、彼女が職場を大切に想っているからこそでもあります」

100件ものセクハラ事例

北岡氏が原告らに対して行った不法行為の数々は改めてまとめ上げられ、ちょうど100件もの事例が明らかとなりました。中学生レベルの下ネタから準強制性交未遂まで様々ですが、驚くべきは2007年から2019年の長期にわたりセクハラを散発的に続けた上にそれらさえ氷山の一角に過ぎないことです。

対面では性的な冗談やからかい、電話は深夜でもお構いなしにかかり、メールでもストーキングと24時間拘束せんばかりの勢いです。それでいて、少しでも機嫌を損ねれば叱責・無視・業務の妨害といったパワハラ行為で返してきます。ニヤニヤしながら下世話なことを言い、拒めば一転して怒髪天を衝く人物像が浮かんできます。

さすがに100件全てを羅列することはできません。主要なセクハラ事例は文春オンラインなどが既に取り上げているはずなので、それ以外で印象的な事例を取り上げてみます。

「北海道へ出張に行っていると、それを知らなかった被告(北岡氏)が激怒し『レンタカー借りてでも帰ってこい!』と命令してきた。数日後の滋賀県内の出張も被告の差し金で白紙に戻され、出張先へのアポイント破棄もさせられた
「部屋飲みの時、肌着姿で何人かの職員(男性含む)を侍らせ、マッサージをさせていた。とても断れる雰囲気ではなかった」
「性生活に関する極めて個人的な質問を、男性や性的マイノリティの職員含め頻繁に投げかけた」
「未婚の女性職員にしばしば『男はできたか?』『男とはどうなんだ?』と質問する」「既婚の女性職員も『夫との関係は?』『まだ離婚しないの?』と突然電話されていた」
スウェーデンから招かれた女性ゲストにも『あなたを買いたい』『彼氏とは別れたのか』などと口走る。女性ゲストは帰国後、上司に日本で受けたセクハラを報告した」

北岡氏は自身のセクハラについて度々「振り子理論」で言い訳していました。なんでも「振り子のように、真面目に仕事をした後は不真面目なことをいわねばならない。それが俺の個性なんだからしょうがない」とのことで、側近の役員にもそういわせていたそうです。

原告のことば

原告A(元グロー職員)より
「先月、被告側が初めて“時効”を主張してきました。3年の時効があることは知っていましたが、時効は暴力行為の潔白を証明するものではありません。これから弁護士と相談しつつ反論していきます」
「支援サイドから多くの応援メッセージを頂き励まされています。中にはグロー職員の方々もおり、『自分も北岡氏からセクハラを受けたし、目撃もした』『今も上層部に北岡氏の影が蠢いており、いつか復帰するのではないか』『他の職員と話したくても誰が北岡氏と繋がっているか分からず疑心暗鬼になる』など危機感のある訴えが届いています」
「グローは裁判に関して係争中を理由にコメントを避け続けています。昨年1月に全職員対象のハラスメント調査を行ったそうですが、結果は未だ公表していません。メディアへの反応については、『一方的に糾弾されている』と反論しながらも取材には応じておりません。人権や倫理が特に重視されるべき社会福祉法人として、あまりに不誠実な姿勢ではないでしょうか」
「そんなグローにも滋賀県は女性活躍推進事業の“2つ星企業”に認定していますし、県立2施設の指定管理者にも任命しており、これら人事に第三者機関の調査は入っておりません。また、グローや北岡氏が中心となって取り組んでいるアメニティーフォーラムが今年2月に大津で開催されます。まるで何もなかったかのような素振りです。こういったことにも世の中の皆さんには目を向けて欲しいです」

原告B(愛成会幹部)より
「訴える決意をした理由は3つあります。一つ目はMetoo運動の高まりで性暴力やハラスメントへの意識が高まったこと。二つ目は何故自分が安心して働ける環境と権利を奪われ続けたのかと問い、なかったことにさせないため。三つ目は若い世代にも連鎖し権利侵害が再生産され続けるのを止めたかったからです」
「ハラスメント被害者への無意識の偏見も問題です。私は現職のまま訴訟を起こし法廷闘争の中におりますが、それに対し『元気に働いてるならハラスメントなど受けてないだろう』などと誹謗中傷を受けることがあります。私のように職を辞さないままハラスメントを訴えるのは被害者のステレオタイプにはまらないからといって、誹謗中傷がまかり通っています。ハラスメントには周囲や社会が加担する二重三重の被害構造があり、被害者は被害を訴えるだけでも大きな障壁があります。退職することは仕事・経済・やりがいを“奪われる”ことでもあります。本来であれば職を辞するまでもなく救済され、安心して働く権利が守られるべきではないでしょうか」
「ハラスメントを個人間の問題に矮小化せず、社会全体の問題として捉え、ハラスメントは他社の尊厳を傷つけ貶める恥ずべき行いなのだと学び、次世代は誰もが安心して働ける社会となるよう、本訴訟がその一助になればと思います」

本件についての分析

「本件をまとめると、権力の上下からくるハラスメントの典型でありつつ、福祉業界における告発のしにくさも合わさったものとなります。これほど被害が広汎に常態化して放置された原因は裁判で明らかになるでしょうが、組織の在り方についても再検証すべきだと思います」

「本件で特徴的なのは北岡氏が“善き”権力者であることです。福祉業界の天皇とまで謳われ、政治家や官僚にも影響力を持つ北岡氏は、権力者であると同時に障害者福祉や障害者アートを開拓してきた“偉人”でもあります。確かに北岡氏の権力は絶大ですが、それだけが原因でハラスメント被害者が沈黙を強いられたわけではありません。『福祉の英雄に対し“セクハラ程度”で訴えるとは何事だ!』『“セクハラ程度”で騒いで障害者福祉を後退させるつもりか!』『利用者のことを考えろ!』という有形無形の圧力もあったのではないでしょうか。これが長年にわたりハラスメントが黙認されてきた理由だと思います」
「福祉業界には多重の性差別があることも原告が述べられました。管理職は男性ばかりで現場の平社員は女性ばかりという構成は人事を大幅刷新する前の愛成会も該当しています。こうなると男女間の賃金格差も非常に大きく出そうです。福祉にありがちなこの構図は、日常的に男女差別が強化され再生産されていき、女性差別の極致としてセクハラが横行している訳です」
「北岡氏や側近たちには、被害者女性の弱みに付け込んでいる面もあります。セクハラの関係性は、逃げ出して終わりにならないところから始まります。逃げれば職を失い残れば暴力を受け続けるダブルバインドです。本件ではそれに加え、やりがい・意欲・責任感までも搾取されていました」
「北岡氏は『女性の方から誘ってきた!』と主張を始めておりますが、様々なセクハラ加害者を見てきた経験からすると、北岡氏は本気でそう信じている節がありそうです。北岡氏にとって社員とは一緒に働く仲間ではなく、自分に奉仕する駒でしかなかったのでしょう。周囲をイエスマンで固め、楯突く者はおらず媚びへつらう者ばかり置いているわけですから、北岡氏が他罰思考でものを言っても不思議ではありません」

最後にもうひとつ有志の会の発言を載せます。
「この問題は関係者だけの問題ではなく、裁判を知った皆さん全員にも考えてほしいと強く願っています。この調査でハラスメント被害に遭った方が原告以外にもいたのが分かりました。また、北岡氏のハラスメント行為に対して、それに倣うようにハラスメントが連鎖していたことも分かりました。原告が言うように、これを北岡氏個人の問題として済ませればハラスメントは深刻化し次の世代へ連鎖し続けます。周囲の人がその声を受け止めて動かなければ負の連鎖を止めることは出来ません。ぜひ裁判の行方を、関心を持って見守ってほしいです」

参考サイト

文春オンラインの記事(被告の主なセクハラや上意下達の組織構造などについてまとめられています)
https://bunshun.jp

障害者ドットコムニュース編集部

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