中高年になって精神疾患、発達障害と診断された方へ~生活保護申請と障害者基礎年金受給、そして心構えについて
発達障害出典:Photo by Ben White on Unsplash
私は40を過ぎてから精神疾患を発症し、40代半ばで発達障害と診断されました。
発達障害は生まれながらの脳機能障害であることが今では(特に医療や福祉、教育の現場では)知れ渡り、多くは幼年期~青年期に判明するようです。
しかし、私の若いころはそうした認識は社会になく、むしろ精神疾患に対する偏見が強い時代でした。
そんな中で、周囲も私も、自身が発達障害であることを知らぬままに中年を迎えてしまいました。
ここでは、私のように、中高年になってから精神疾患や発達障害で急に働けなくなった方に向けて、私の経験からセーフティーネットや障害年金制度、そして心構えについて話していこうと思います。
中高年となってからの精神疾患の発症・発達障害の診断
精神疾患は誰にでも起こりうる病です。自分では問題ないと思っていたことが、実は次第に許容範囲以上のストレスになっていた……ということもあります。
そして、発達障害であることを自分も周囲も気づかずに年を重ね、中高年になってから違和感を感じて受診してみたら診断が下りた、というケースもあるかと思います。
精神障害や発達障害の「若年層での発症・診断」と「中高年での発症・診断」には、大きな違いがあります。
若年層では社会経験が浅いために、障害の特性に対して、比較的速やかに適応することが可能で、就職・再就職についても、将来性を加味されやすい傾向があります。
しかし、中高年での発症・診断では、それまで積み重ねてきた経験による自分なりの常識、つまり、自己理解や自分なりの社会常識、手段、人間関係やキャリアまでもが同時に全て崩れ去る可能性があるため、障害への適応と社会復帰のハードルがとても高くなります。
しかし、すべきことに老いも若きも変わりはありません。それをこれから説明します。
心が疲れているのかな?と少しでも思ったら
では、精神疾患、或いは発達障害の可能性が出てきたら、まずどうすればいいのでしょうか。
厚生年金や国民年金など、年金を払い続けている最中の方は、速やかに身近な人に相談しつつ、専門科を受診してください。
しかし発達障害の検査の準備が出来ないクリニックも多いので、必ず前もって、インターネットなどで調べた上で、直接電話予約してみてください。発達障害を受け持っていても、新規の発達障害の患者さんは受け入れていない、というケースもあります。
発達障害ではなく、精神疾患に罹っていても、医師によっては「気のせい」で片づけられてしまうこともあります。何件か受診してみましょう。
人気のあるクリニックは、新規の予約を取るのに何か月も、ときには半年以上も待たされる場合があります。ひとまず予約を取っておき、早めの受診が可能な他のクリニックや総合病院の予約を取り、受診してください。
フリーランスや自営業、求職中、無職の方へ
諸事情にて収入減や収入がないなどの理由で、年金を一時的にでも支払っていない方に、とても大事なことをお伝えしますので聞いてください。
精神障害でも、発達障害でも、身体障害と同じく、障害者となります。
医師の診断書を根拠として判断される症状の軽重によって、等級が決まります。二級以上は、障害基礎年金を申請できます。三級でも公営施設や公営交通機関、民間施設などで優遇がありますが、障害年金は受給できません。
そして、ここが大事なポイントなのですが「初めて障害を診断された時に年金を支払っている」場合のみ、障害基礎年金が受給できるのです(精神障害者保健福祉手帳は年金未払いでも発行されます)。
つまり、それまでどんなに真面目に年金を支払っていても、働けなくなり、生活が苦しくて年金を滞納してしまっていたら、障害基礎年金は受給できない仕組みなのです。
いざ、年金課へ
一時的に滞納しているだけなのに受け取れないのは悲しいことです。何よりも、受給できれば経済的負担が確実に減りますから、精神的負担の軽減にも繋がります。
では、どうすればいいでしょう?
まず、役所の年金課にいって「収入減により年金が支払えないが、どうすればよいか」と精神科受診の前に相談してください。保険料免除制度、納付猶予制度を教えてもらえるでしょう。
その手続きをした上で「いつから効力が発生するか」「障害が認定された場合には自分は対象になるのか」を確認し(これまでの納付済期間+免除期間が3分の2以上あるかどうか)精神科を受診してください。
まず、安心して受診できる環境を作りましょう。
精神疾患や発達障害との診断が下りたら
大切なのは、あなたの心と身体の安定です。医師のアドバイスに従うのはもちろんですが、上司に報告・相談しましょう。
産業医がおられるならその方にでも。近親者はもちろんです。周囲の支えはあればあるほど助かります。それがえられない場合、何年も何十年もひとりきりで苦しみかねません。薬の助けを借り、セルフケアの方法を探り、決して前を向くことを諦めないでください。
休んでもいいんです。止まっても、うつむいても、泣き崩れてもいいんです。
でも「前を見る」ことを、諦めないでください。生きることを諦めないでください。
生活できない?近親者に頼りましょう。難しいなら、役所に行きましょう。生活保護課に相談しましょう。
多額の貯蓄や贅沢品の処分は必須です。国が保証してくれるのは「健康で文化的な最低限度の生活」ですから。仕方ありません。今は力を蓄えるときです。
生活保護課の職員さんでも、自治体の保護費の出費を削るために、申請自体を拒否する事例があるそうですが、これは違法です。申請は、必ず受け付けてくれますし、受け付けてくれない場合は、責任者の方を呼んでいただきましょう。
まず申請。
それを受けて、受給資格を満たしているかどうかを調査・会議で検討。結果を通知。問題なければ支給という流れです。
大丈夫。復活のときは、必ず来ます。私と友人のように……
私と友人の個人的な例
私の友人は、幼いころから両親に虐待を受け、経済的にも搾取され続けました。そのために高校を中退して働きに出て、両親を養っていました。酷いセクハラを受けたので親に愚痴っても、我慢しろと言われるだけ。集団レイプに遭ったことも「話しても無駄」と独り耐え忍ぶだけ。もちろん撮影もされていたので怖くて警察にもいえません。
歌が好きで、バンドをしていて、声優になりたくて、実際に声優の仕事も少しだけれどしていて、シンガーとしてメジャーレーベルからのスカウトもされて。「でも、あのとき撮影されていたから身バレするかも」と、怖くてスカウトを受けることもできず……。
その上、若くして難病の膠原病、全身性エリテマトーデス(SLE)という免疫疾患を発症したので、大量の薬を毎日飲まなければいけません。多臓器不全になり死に繋がる可能性があるからです。しかし、薬を飲むことで病原菌への抵抗力も低くなります。紫外線とストレスが大敵ですが、何もしなくても好調が続くときもあれば、すべきことをしているのに酷い不調が続くときもあります。
先進国での平均的な寿命はステロイド治療開始から25年前後といわれている、タイムリミットのある病です。
年々酷くなる自傷行為、パニック発作。私が大阪に来てからだけでも、何度自傷行為や自殺未遂をしたことか。過食や拒食、不眠や過眠、やる気が起きない、コントロールの効かない感情の揺れ、SLEならではの、春から秋にかけて紫外線が強まる影響での体調悪化(車いす生活)など……。未来に希望など持てるはずもありません。
夜は、憂鬱になることが多くはありませんか?私もそうです。彼女もそうでした。
しばしば、特に夜に、突然連絡が来るのです。
「ごめん、死にたくて外出てる」
「そっか、大丈夫だよ。どこにいるの?」
「わかんない。○○県なのはわかる……」
「じゃあね、ちょっと休めるお店探して、場所聞いて俺に教えて?で、そこで待っててくれる?今からすぐいくからね」
「うん……がんばる」
そんなギリギリのやり取りを何度したことか。
友人の 「今」
そんな彼女も、生活保護を受けながら、通っていた就労移行支援事業所にスカウトされ、週3回ではありますがフルタイムで支援員として働いています。
友人を作り、仕事も楽しみ……死と隣り合わせの精神状態が、当たり前だったころが嘘のように元気になりました。私と同じく双極性障害で二級だった精神障害者保健福祉手帳も、今は三級です。双極性障害の症状はほぼありません。
もちろん、難病は、治りません。
しかし、彼女は奇跡的にも「寛解」しました。「治癒」ではありませんが、血液検査でも異常が見つからなくなったのです。
今は心臓と目に異常が見られますし、それらはおそらくSLEの影響だろうとのことで、ごく軽い免疫抑制剤を服用していますが、ステロイド剤ではありません。ステロイド剤特有の副作用に苦しむ必要もなく、服用する数もごく少量です。
今の彼女は、生き生きとしていて、元々整った顔立ちなのですが、とても人間として魅力的です。
あの、未来に何も希望を持てなかった、長い長い暗黒時代は、今はもう過去なのです。
私の 「今」
パニック発作が頻発して仕事ができなくなり、双極性障害と診断され、人が怖く、人の目が怖く、声が怖く、音すら怖く、役所、特に生活保護課が怖く、働いていないこと、生活保護「なんか」を受けていることが申し訳なくて。
自室から一歩も……少なくとも自分のためには、マンションの廊下へ一歩出ることすら怖く、夜遅くの人通りが少ない時間しか買い物にも出られなかった、あの、現在にも未来にも闇ばかりの、どうしようもない暗黒時代は過ぎました。
発達障害。自分のADHD特性も理解し、少しずつですが特性との付き合い方が上達しつつあります。
今も生活保護下にありますが、仕事をしたくて仕方がありません。その能力もあると思っています。
もちろん、この年での、しかも潰しの効かない経歴での再就職はとても難しいのですが、鬱々とした気分ではありません。最悪を想定しつつも、諦めず努力し続けています。
就労移行支援事業所に通い、支援者さんと相談しながら、独りではない形の求職活動だから、というのも大きいのでしょうが。
「これから」
年齢をへて障害を持ってしまったみなさん。自分で地道にひとつずつ積み上げてきた常識と手段の双方を失ってしまったみなさん。今までのような形で社会に関わることは、少なくともすぐには難しいと思います。
けれども、もちろん完全なものとはいえないかもしれませんが、日本にも日本なりの、救済や補助のシステムがあります。
「生活保護なんて……」と思われるかもしれません。周りの目が気になるかもしれません。しかし、考えてみてください。私たちは懸命に働き、税金を納めてきました。その税金の使い道の一つが、今、私たちが必要としている、救済や補助のシステムなのです。
今がどんなに辛くとも、自己理解とセルフケアを「できるときにできるだけ」する。それだけで、いつの間にか、もちろん薬の助けや周囲の支えも必要ですが、希望や安らぎを感じるようになっていきます。
ひとりでは、難しいと思います。家族や友人はもちろん、生活支援や様々な事業所など、公的サービスを積極的に活用しましょう。情報はネットや、役所の保健福祉課にあります。
一部の人達は離れていくでしょうが、一部は残り、あなたの支えになってくれるはずです。
「障害は特性」
これは就労移行支援事業所で教わりました。確かにその通りです。私たちは、変化した自分の特性を理解し、それに合った形で利用・運用していくのです。
もちろん、新たなことを学ぶわけですから、一朝一夕というわけにはいきません。でも、理解し、受け入れ、自分のものとしたとき。
きっと、今までとは違う光を見つけることができるでしょう。
死が救いに思えることもあります。
「いつも近くに死神さんがいる」
そんな感覚を、長く持ち続けることになるかもしれません。
それでも、前を向くこと、生きることを諦めないでください。
亀どころかカタツムリの歩みであってもいいんです。一緒に光の点を目指して歩いていきましょう。
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