人生の回転 『心の一歩 』vol.5
『心の一歩 』 vol.5 <毎月30日連載>
脊髄小脳変性症と付き合いだして早7年。今年に入り、歩行障害が急激に酷くなった。いずれこうなると思っていたが、実際焦る。遂に決断の時が来た。ターニングポイントだ。
もしもの時のために、介護保険で自走介助兼用の車椅子をレンタルしていた。ただ、今まではそれに乗って外出することには躊躇していた。というか、ただの飾りだった。俺はまだ若い、歩けるから大丈夫だろと、自分自身に言い聞かせていたから。
しかし現実はもう、そうも言ってはいられない状態。そこで新たに自走用車椅子をレンタルし、今後乗ることを決断した。気分はバイク乗りだ。バイクの免許は持ってないけれど笑。
初めて車椅子で外出をした。後輩に東京タワーまで行ってみようと誘われて、ツーリング気分での外出だ。タオルと着替えをバックパックに放り込み、愛車の前後にヘルプマークを3つ配置。ヘルメットは無し笑。出来る準備はこれくらいしかない。
後輩とは赤羽橋駅で待ち合わせをした。自宅を出て、1㎞ほどの歩道を車椅子で駅まで向かい、そのまま電車を乗り継いで向かった。考えが甘かったことを痛感した。歩道の傾斜、普段気が付くことはなかった些細な傾斜が、こんなにも急勾配に感じるだなんて。あれよあれよという間に、車道の方へ吸い寄せられていき、突進してくる車に汗をかく。焦ればあせるほど、必死になればなるほど、愛車は思わぬ方向に進みだす。
歩道の段差。丸みを帯びた優しいデザインだと思っていた点字ブロック。力強く安全な方向へ誘導してくれる優しいカーペットだと思っていた。いま、それは目の前にそびえ立つ壁と変わらない。乗り越えても乗り越えても現れる。些細な段差を乗り越えることが、とても辛く、腕がすぐにパンパンになった。
私が使用した駅は、各所にユニバーサルデザインが適用されていた。駅員の方もとても親切だった。途中、配慮してくれる人も居た。しかし、駅のホーム、階段付近は恐怖のホットスポットでしかなかった。線路側への傾斜と点字ブロックが融合されたデザインで、それはたて続けに緊張を呼び起こす。それでも、それは仕方のないことでもある。私一人のためにあるデザインではないのだから。
それよりも、その恐怖のホットスポット一帯は人の密度が濃く、更には動きがとても激しかった。必死に彷徨う者、あるいはスマホを見つめる盲目の旅人に思えた。愛してくれとまでは言わない。気が付いて欲しい。その先にあるエレベーターにたどりつきたいだけなのだ。
エレベーターで改札階に上がると、既に人影は無かった。施設・設備は完璧なユニバーサルデザインであったとしても、私にはそれだけでユニバーサルデザインとはどうしても思えなかった。人の気立て、助けを求める我々の礼儀、そして設備の3つがそろって初めてユニバーサルデザイン風から真のユニバーサルデザインになっていくのだと感じた。外国人は驚くほど親切にしてくれることが多々ある。レディーファーストどころじゃなく、ジェントルマンファーストの精神がある。私がジェントルマンかと言えば疑問は残るが、何かこう、日本人の持つ繊細さや優しさと、外国人にそなわっているアフターユーの精神の融合はできないものかと、震える手で両輪を漕ぎながら、考えた。
想定したよりも倍は時間が経っていたが、後輩と合流し、赤羽橋駅から東京タワーに向かった。
つづく