ひきこもりからの脱出~ワンコとカメラを手にとって
暮らしひきこもっていた頃
私は、2年間、ソファで身じろぎもせず、無気力にテレビを眺めるだけの日々を過ごした。トイレと食事の時だけ、かろうじて体を動かす。きっかけは双極性障害(そううつ病)の発症。鬱状態が続き、テレビ番組の内容は頭に入らず、興味も湧かず。感情の起伏もなく、笑うことも怒る事も忘れて、ただ流れる映像を眺め、延々と続く暇つぶしをしていた。
頭の片隅では、「このままでいいのか?」「この先、どうなるのか?」と考えつつも、「これ以上、傷つくのは嫌だ」「何も考えたくない」と、毛布にくるまり、時が経つのを待っていた。待っていても何も変わらないと分かってはいるのだけど、自分の人生から逃げていた。
友人から届く年賀状にうんざりした。友人たちはみな、仕事や子育てに邁進中。文面から読み取れる充実感。それに比べて、私は仕事もせず、家事もせず、何の生産性もなく生きてるだけ。一体何をやってるんだろう…と、自分が嫌いでしょうがなかった。外に出るのも嫌だった。ブクブクと醜く太り、たるんだ表情、どんよりした眼になってしまった自分を人目にさらすことは屈辱だった。特に発病前の自分を知ってる人には、死んでも会いたくないと思った。すっかり落ちた体力の無さを実感するのも辛かった。
幼馴染からの誘い
子供の頃から仲のよかった幼馴染が、「愛犬とのドライブに一緒に来ないか?」と誘ってくれた。最初は外に出るのが億劫だったが、彼女が提案してくれたプランは、体力がほぼ要らず、知り合いに会うリスクもかなり低い。元々ドライブも好きだ。それならと誘いに乗った。行き先は広めの公園。散歩やジョギングをしてる人はもちろん、あじさいや花菖蒲を観に来てる人、家族でBBQをしてる人と、それぞれに休日を楽しんでいる。
私は、くつろげそうな芝生やベンチを見つけて腰を据える。日向ぼっこをしたり、自分の周りにいる公園を楽しむ人達を眺めながら、ジョギングに行った幼馴染と愛犬をのんびりと待つ。「暇つぶしに」と幼馴染が貸してくれた本を片手に、寝転がって、深呼吸をしていると、胸の奥まで届くひんやりとした外の空気、指先に感じる紙の感触が気持ちいいと久しぶりに思った。周りの風景が綺麗なことにも気がついた。
写真を撮りたい
週末の散歩を繰り返す中、幼馴染と愛犬の楽しそうな瞬間を撮りたくなった。そう思ってからは、コンデジ(コンパクトデジタルカメラ)を持ち歩くようになった。「これくらい離れた場所から」「この角度から」よりいい写真を撮りたいと思うと、自然に私の運動量も写真も増えていった。幼馴染が自身のインスタグラムに掲載してくれた私の写真は好評で、たくさんの“いいね”が集まった。
彼女が喜んでくれたことで、私は外へと連れ出してくれたお礼が出来た気がした。誰かに喜ばれ、嬉しくなり、さらに写真を撮る。外へ出る回数も増え、一人でも写真を撮りに出かけたりするようになった。作品としての完成度にも興味が出た。撮影のテクニックを勉強してみたり、小さな写真コンテストに応募し、賞をもらえたりもしたが、この時は、自分の写真が認められたことよりも、周りの友人が私以上に喜んでくれたことが嬉しくて、自分は誰と喜びを分かち合いたい気持ちが本当に強いのだと知った。
「脱出」出来たのは
今、思い返してみても、ひきこもりを辞めることが出来た理由は、これだと言えるものは無い。「今日からひきこもるのは辞めよう。外に出よう」と思い立ったわけではなかったということだ。「ただ、なんとなく」というボンヤリとした気持ちで外に出た。ただ、振り返ってみると、3つの条件が満たされたように思う。
1.無理強いをされなかった
2.ハードルが低かった
3.声をかけてもらえた
1…私自身が外へ出かけたいと思えるまで、待ってもらえた状況は本当に助かった。。自分自身でかけているプレッシャーがかなり強かったので、誰かに何か言われるのは、辛かった。「アドバイス」や「意見」は、責められているようで、自己嫌悪感が強くなった。
2…外を歩くのはイヤでたまらなかったが、誰にも会わないで済むドライブくらいなら出来そうだったし、ドライブに出かけられた時に自信に繋がった。
3…「外へ出れば、ちょっと楽しいことがあるかも」と気づかせてもらえたこと、それを心から楽しめるようになったのは、何度も私を誘い続けてくれた幼馴染とワンコのおかげだ。散歩に行くのも、「毎週」「月に1度」と決まったものではなく、誘ってもらった時に、私の調子がよく、行きたいと思えた時に行くという、とても気楽なものだった。
今でも彼女達とは、車や自転車で出かけている。写真の魅力にはすっかりはまり、今の野望は一眼レフを使いこなすことだ。先日、友人がいいカメラを貸してくれたので使ってみたが、私には重すぎてすぐにばててしまい、まだ無理。そのうち一眼レフも使えるような体力がつけばいいなと思う。今は、コンデジ片手に散歩するのが私の大きな楽しみの一つだ。