パニック障害に振り回されない、これからのすばらしい人生を歩むために(前編)

パニック障害・不安障害

unsplash-logo Pietro De Grandi

パニック障害を患って今年で25年になろうとしています。発症した当時は”パニック障害”という病名ではなく”不安神経症”と診断されました。仕事場では精神疾患など、全く理解されることなく、”パニック発作”などが仕事中に襲われた時などは、トイレに駆け込み、落ち着くまで篭っていました。そんな辛い経験をしても、自分の未来に「挫折」したということはありませんでした。ではなぜ、そのように思えたのかを体験談を踏まえ書き綴っていこうと思います。

パニック発作と初対面

深夜3時過ぎ、体の異変で目覚め、体は極度の緊張状態でした。緊張をほぐそうと深呼吸をしたり、軽いストレッチなどをしてリラックス状態へと誘導しようとしていたのですが、あまりにも強い緊張状態だったため、とてつもない不安が襲いました。その時、頭によぎったのが、「死ぬかも知れない」でした。そう考えた瞬間、今までに感じたことのない恐怖感に変わり、じっとしていることが苦しく、死に対する恐怖に襲われました。奇声なども発していたので、母親と弟が目を覚まし、落ち着くようにと促してくれていました。それでも治まる気配がなく、自分は今、何か凄い病気に襲われているに違いない。それも死に直結するような病だと、そう思えば思うほど、恐怖心を倍増させ、更に緊張状態を強くさせていました。そこで、私は母親に「救急車」を呼んで欲しいとお願いをしました。数分後、救急隊員が私を抱え、ストレッチャーで運ばれながら私は、「死なないですか?」と何度も訪ねていました。車内で、血圧や脈拍などを測りながら、救急隊員は私の状態を見つめながら、搬送先の救急病院に「患者の病状などから、不安発作のようです」。と告げられていました。

この日から私の不安神経症、改め”パニック障害”との付き合いが始まりました。

自分の病気と対処を理解する

初発作の朝、初めて精神・神経科を受診しました。この時、先生からある一冊の本を勧められました。それが「不安のメカニズム」(クレア・ウイークス著)という本でした。私はこの本をすがるように読みふけ続けました。何度も読み返し、著者の言いたいこと、この病気は何が原因でなぜ発作が起きるのかなど、自分に思い当たる節を文中に当てはめながら、理解していく「作業」を行っていきました。この本の内容には以下の文言が書き綴られていました。

①直面する
②受け容れる
③浮かんで通る
④時がたつのに任せる

この4つをまず最初に理解する必要がありました。

①直面する…とは「発作を恐れない」。パニック発作は恐怖が恐怖を呼び、不安が不安を増幅させることで、発作を長引かせてしまいます。なので、「あっ来たんだ」くらいの軽い気持ちで直面することが、僕個人の解釈としては大切だと思います。

②受け容れる…とは、「逃げようとしない」です。「直面する」と似ていますが、発作から逃げる、もしくは逃げたいと思うだけで、発作は強くなっていきます。
私がパニック発作を受け容れるために考えたことは「発作が来たのですね。ようこそいらっしゃい」でした。逃げても仕方ないし、むしろ逃げられないのなら「歓迎」してやろうと思いました。これが、私の「受け容れる」です。

③浮かんで通る…とは、「発作の相手をしない」です。上記の内容から矛盾しているように思いますが、この思考は”発作中”の考えです。例えば、頭の中で空を飛んでいるイメージを作り、見下ろすと荒ぶっている海があります。その海こそが「パニック発作」として考えます。自分は空を飛んでいるので、荒ぶっている海(パニック発作)に巻き込まれる心配がない。つまり、相手にしないことで、”とらわれることがなく”、”聞き耳もたてない”まったく発作に意識を向けないこと。私はこれを自分に言い聞かせ、実践し「相手にしない」訓練を何度も行い、この行為を”癖”付けさせるようにしました。

④時がたつのに任せるーとは「時間が経てば必ず発作は治まることを理解する」です。どんなに怖くても「時間が解決してくれる」そう頭に叩きこみ実際に発作は時間が経つとともに治まっていきました。気短にならず、気長にゆっくりと、治まるその時まで、待てばいい。私は発作時そのように考えるようにしました。

以上が自分なりの理解と解釈として実際に行っていた「作業」でした。

▶︎続きのページ:パニック障害に振り回されない、これからのすばらしい人生を歩むために(後編)

ZONO

ZONO

子供の頃から体を動かす事が好きで、サッカー、野球、体操、格闘技などで汗を流していました。19歳の時、”パニック障害”を患い、不安と緊張による心身の疲労を感じながらも、就職することができました。社会人になってからも、サッカーや野球で汗を流し、”パニック障害”と向き合いながら日々を過ごしていましたが、病状が悪化し、退職をしました。その後も職に就いては、体調を崩すなどを繰り返すうちに、いつしか現実逃避という『妄想の旅』に出てしまいました。

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