重度の鬱になってから回復期までの道のり

うつ病 パニック障害・不安障害

unsplash-logo Stage 7 Photography

仕事を辞めてから重度の鬱病になって、自分も含めて周囲の人間関係も病気に対して無知だった時、周囲からどういった反応があり、無知ながら試行錯誤し働けるまでを書いていきたいと思います。

休職そして退職までの顛末

パニック障害と診断されてから数ヶ月、不眠・頭痛に悩まされ食欲もなく体重は10キロ以上落ち見た目でも顔に表情が一切ないと言われるようになりました。その頃、弟がある市の保健所に勤めていて、たまたま実家に帰ってきて、私が飲んでいる薬を見て、この薬はパニック障害ではなくうつ病の薬だと母親に告げていたそうです。その時、服用していたのは精神安定剤・睡眠薬・頭痛薬など10種類を超えていたのです。会社を休職する1週間前に会社の移転が終わり、通勤時間が30分から2時間近くかかるようになりました。それまでバイク通勤でしたが、電車通勤に変わり、朝6時過ぎに家を出て仕事が終わって残業が無くても、早くて21時に家に帰る日が続きました。唯一の救いは、会社の同僚と同じ駅で一緒に通勤していたので少し気が紛れていた事です。もし一人で通勤していたら、恐らく無意識に吸い込まれるように電車に飛び込んでいたと思います。それから3ヵ月後、会社を退職することになりました。もう会社に戻らない決意をして医師の診断書を提出し休職を申し出て、家で休養を取ることになりました。

何故退職を選んだのか?

同じ職場の同僚もうつ病を発症し、休職願いを出したら社長から退職を暗に迫られていたからです。同僚と社長のやり取りを聞いていたのですが、鬱状態の人間に「お前は、どうしたいんや!」とひたすら恫喝としか捉えられない発言しかなく、同僚は怯え切った状態で、ただ泣いていました。それを見ていた自分はここではもう働けないと感じていました。それまで通っていた病院を転院するつもりで大学病院に診察を受けました。いつ自殺もしくは他殺をしてもおかしくない心の状況と伝えられました。実際、自分の心の中は、【消えたい】【死にたい】【自分をこんな目に遭わした上司や会社の人間を殺したい】という考えが心の奥底から沸き上がり頭の中をそれだけが占めていた状態でした。医師はそんな自分の話を根気よく聞いてくれていした。医師からはそれだけ追い詰められているのにまだ理性を保っているのが不思議だと言われ自然と涙が出ていたのですが、その時はただ自分の思いを話すことで精一杯でした。大学病院だと朝9時に到着しても診察は12時、薬を処方してもらって家に帰るのが夕方になるので地元の保健所から病院を紹介してもらいなさいと言われ承諾しました。そこで間違った選択をしてしまったのです。

転院してからの迷走

転院のため、保健所でクリニックの紹介をしてもらおうと尋ねました。病院を選ぶ基準が分からなく、職員に尋ねてもどこが良いとは答えられないとのことでした。当時の状態では電車に乗ることも運転することも辛く感じていたため、徒歩で通える条件でクリニックを決めてしまったのです。その時、保健所の職員の顔が少し引きつって何か言いたそうな表情が印象に今でも残っています。そのクリニックは内科と心療内科を併設していて、主治医は精神科の専門では無かったのです。毎週、病院で大量の薬をもらい、家を往復するだけで、家では昼夜逆転の生活が続きました。何も気力が湧かない日々が続きましたが、ある日親から家の修繕を頼まれました。最初は軽い気持ちで始めたのですが、次第に熱中するようになり、インターネットで修理のやり方などを調べて、ホームセンターで道具を買い、土壁をはがし塗り替え、ペンキを塗り替えたり、本格的な日曜大工を始めることになったのです。何かに夢中になり没頭するのが偶然にも回復の兆しのきっかけになったのです。そこから運動を始めるようになりました。近くの大きな公園で最初は歩くことから始まり、最初は公園を一周3キロ歩くことから始めて少しずつ距離を伸ばしていき走るようになりました。毎日走ることが日課となり真夏でも、夕方から走り始めて自分で目標の距離と目標タイムを決めて走るようになりました。iPodで音楽を聞きながら3㎞を15分で15㎞毎日起伏の激しいコースを選んで走ることで、体のリズムを取り戻すようになりました。知らず知らずにやっていた事ですが、これが無意識にうつ状態への対処法となっていたのです。

安定への第一歩

退職してから1年程経って主治医に就活をしたいと話した所、昼から短時間の仕事ならいいよと言われ、その足でハローワークへ行くことにしました。すぐに求人登録が出来ると思っていたのですが、ハローワークの職員から主治医の就労許可の診断書がいることと、素人目から見ても、まだ働ける状態には見えないと伝えられパニックになってしまいました。どこで相談していいか分からず、市役所の福祉課へ相談すると転院を勧められ、今の主治医と出会う事が出来ました。それから就ポツなどの紹介を受け、生活リズムの安定を図れるようになり、先が見えない状態から脱することが出来ました。

体調安定で悩む人は多々おられると思いますが、医者も患者も人間です。相性があり、合わなければ転院する勇気も必要だと思います。後で知ったことですが、①十分な休養を取る②日の光を浴びる③身体を動かすというサイクルが自然と心の安定化に繋がっていたのです。あくまで個人の体験ですので、誰かの参考になればと思います。

参考文献

大学病院医療情報ネットワーク研究センター
https://www.umin.ac.jp

tkbn

tkbn

40代男性。30代半ばでうつ病を発症。40代になって発達障害の疑いありと診断される。就労支援機関で自分の特性について学び、最後の就活を終えコラムを書いています。趣味は鉱石収集。年2回大阪・京都で行わるミネラルショーや即売会に行って、気に入ったものをコレクションするのが楽しみですが、部屋で飾る場所が無くなっているのが最近の悩みです。

うつ病 パニック障害・不安障害

関連記事

人気記事

施設検索履歴を開く

最近見た施設

閲覧履歴がありません。

TOP