うつ病、ASD、私が障害を受け入れるまで

うつ病 発達障害

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私の過去を振り返り、うつ病になったきっかけや心療内科に通い続けても改善の兆しが見えない日々の苦悩、そして原因がASD(自閉症スペクトラム)であるという事実をどのように受け入れて現在に至るのかを書いてみました。

うつ病になったきっかけ

私が、試用期間を経て正社員になれるという条件ではありますが、約一年間のブランク経て決まった就職先でのことです。研修期間中はユニークな感じの現場責任者で好印象だったのですが、その人は、いざ業務が始まると人が変わったかのように私に対して高圧的な態度になり、私は人格を否定するような発言を浴びせられる等、それらによって私は精神的に不安定になり、何気ない業務でもミスを犯す毎日でした。また周囲のスタッフの方々は見て見ぬふりでした。このような職場環境が影響して精神安定剤を服用しながら勤務を続けていましたが、限界を感じて一ヶ月で退職しました。(後日インターネットでこの会社の口コミサイトを閲覧していたら半年間で4、5人も退職し、毎回誰か一人をターゲットにパワハラを行う社風であるという事実を知りました。)その後数ヶ月休養を取ってから求職活動を再開したのですが、急な頭痛に悩まされ、病院でMRIを受診しました。異常は見受けられなかったので医師から神経系の問題であるのかと言われました。そして近所の心療内科へ行き、うつ病であると診断されました。

思い返してみると

私は過去には、父親が経営する会社で次期社長になるべくアルバイトからスタートし経験を積んでいた頃も、今まで温厚だった上司が徐々に私にパワハラを行うようになり、耐え切れなくなって逃げ出したりもしました。結果的に父親の顔に泥を塗るような形になり、申し訳ない気持ちも相まってどん底の精神状態でした。また中学2年生当時に周囲の環境の変化に馴染めず摂食障害になったり、私自身うつ病の存在は知らなかっただけで、思い返してみると元々そのような要素があったのかなと思います。

苦悩の日々

心療内科では10日に一回のペースで抗うつ薬の処方とカウンセリングを受けていましたが、目立った回復が見られず、結局約一年半も通院していました。この期間は頭痛や食欲不振、自傷行為に駆り立てられたり、意識もなく遠出をしていたり等、自分でもコントロールができない苦悩の日々の連続でした。そんな時に長年一緒に生活を共にしているパートナーが、偶然テレビで大人の発達障害の存在を知り、私と同じような性格や行動が多くあると指摘され、その専門分野のクリニックへ行きました。検査の結果、ASDであり、また二次障害によるうつ病であると診断されました。この時にやっと自分のうつ病の原因が判明し、何か暗くて長いトンネルから抜け出す第一歩となりました。

発達障害を知った事実をどのように受け入れたのか

私は精神障害で3級と程度としては低いですが、障害者であるということには変わらず、またこの事実を受け入れるまでにはかなり時間を要しました。そんな落ち込んでいる時にパートナーが、「ASDと診断を受けてないだけで、実際そんな人は世の中にいっぱいいるよ!」と励ましてくれました。それからはこだわりの強さ、何事も完璧に成し遂げる責任感等、ASD=自分の個性と捉えられるようになりました。また会話や説明が下手で相手に伝わりにくい、一度だけでは口頭指示や説明が理解しにくい、作業の同時進行や急な仕事依頼の対応が難しい、コミュニケーションが苦手である等、これらの障害特性は就労移行支援事業所での訓練で自己対処や配慮を考えることができました。

前述に書いたようにASD=自分の個性と思う意識、そしてストレス要因や症状悪化に繋がる要因を考え、自己分析や障害理解を深めることが大事であると思います。また心療内科によっては大人の発達障害の存在を理解していない医師の方も存在するので専門的なクリニック等で受診されることをおすすめします。

Y.S

Y.S

就業先での上司のパワハラなどからうつ病になり、約一年半に渡って心療内科へ通院する。目立った回復が見られない日々が続く中、偶然テレビで知った大人の発達障害に自分が当てはまる部分が多くあり、その専門分野のクリニックへ行き、ASD(自閉症スペクトラム)、また二次障害によるうつ病と診断を受ける。現在は就労移行支援事業所へ通い、自己分析や障害理解を進めるプログラムを積極的に受講。趣味はDJ、音楽鑑賞、旅行(食べ物がメイン)。

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