遺伝子の名前論争「優性・劣性」と「顕性・潜性」〜まさか優生保護法のせい?

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高校時代に生物の授業で「優性・劣性」の遺伝子について習った経験があるならば、もしかしたら覚えているかもしれません。ABO式血液型でいえば、AとBが優性遺伝子でOが劣性遺伝子となっており、AB型とO型の両親からO型の子は生まれないというものです。

最近の教科書では新たな呼び名として、「顕性・潜性」が併記ないし置き換えられつつあります。なんでも「優性・劣性」の見た目や響きが差別的だからとの理由ですが、医学界ではその動きに抵抗がある模様です。

元々は訳語

「優性・劣性」は元々、英単語のdominantとrecessiveを訳したものです。「dominant」とは「支配的」という意味があり、こちらの遺伝子による特徴が出やすいと生物では教えられています。「recessive」の意味はそのものズバリ「劣性」で、生物の授業では劣性遺伝子の特徴は劣性遺伝子どうしでないと発生しないことになっています。

この「優性・劣性」に対し、教育現場で差別や偏見を助長するとして遺伝学界などから懸念の声がありました。その遺伝学界からは10年以上の検討を経て、代替用語として「顕性・潜性」が提案されます。出やすいか出にくいかという意味では通っているのですが、鎌倉幕府の開かれた年が二転三転したようなことを生物でもやっているのは何とも言えません。

筆者の記憶ですと、生物の担任がこの単元で何を言ったかはよく覚えていません。遺伝の単元が嫌になったことはなく、寧ろ分かりやすさからテストの点数稼ぎが出来て好きだったので、特に酷い言い回しはしていなかったのでしょう。

医学界からの反論

「顕性・潜性」は瞬く間に広がり、生物の教科書などでは併記ないし置換されることとなりました。この動きに疑問を投げかけたのが医学界です。昨年12月11日に日本医学会が開いたシンポジウムでは以下の意見が出ました。

・提案には概ね賛成だが、急に言葉を変えると現場が混乱するし、顕性と潜性は響きが似ていて聞き間違えやすい。(櫻井晃洋・日本人類医学会理事)

・新用語の提案は遺伝学界の独断。用語という社会的共有資産への敬意が足りていない。落ち着くまで用語の変更は控えるべき。(坂井健雄・日本医史学会理事長)

・潜性の代わりに「伏性」とすると分かりやすい。中国語と同じ「隠性」もいい。(久具宏司・日本産科婦人科学会用語委員会副委員長 ほか)

・どんな言葉でも差別用語になりうる。いっそ「第1様式・第2様式」と番号で呼べばどうか。(柏井聡・日本眼科学会用語委員会委員長)

・無機質な表現には賛成だが、従来通り「優性・劣性」でも臨床の場で困ることはないし、結論を急がなくてもよいのでは。(羽鳥裕・日本医師会常任理事)

旧優生保護法に責任がある?

突飛な考えになるのですが、旧優生保護法や優生思想が「優性遺伝子」の言葉に変なイメージをつけているのではないでしょうか。遺伝学会のほうは逆に「劣性遺伝子」のほうにフォーカスして改名の理由を説明しているのですが。

優生保護法というのは、平たく言えば「障害者が障害者を産む連鎖を断つため障害者に子供を作らせない」という法律です。施行から廃止までの間(昭和24年〜平成6年)、同意のない優生手術は約16,500件以上も行われており、認められていない子宮全摘を実行する医師さえ居たといいます。(現在の「出生前診断」でも倫理的問題で紛糾することはありますが、母親の意思が尊重されるという点では優生保護法の時代より進歩しているのは確かでしょう。)

そんなおぞましい悪法を「優性遺伝子」の言葉が想起させる可能性はあるでしょう。「障害者の遺伝子を断つ」という実行不可能な理念と遺伝子用語が絡み合うのはあまり歓迎できません。

しかし、「優性・劣性」の呼称問題は医療現場にも直接影響する分野です。長い間使われていた名前を変えるというのは、浸透までの間に大きな混乱を誘うでしょう。シンポジウムで出た「改名を急ぐな」という意見も理解できます。

シンポジウムでは「差別になるかどうか、結局は教育次第」「名前を変えた程度でどうにかなるものではない」という意見も出ています。

まとめ

「顕性・潜性」の(一応の)発案者である遺伝学会幹事の桝屋啓志氏は、「劣性という言葉に差別的なイメージがある。これは学問に限らず社会全体の問題だ。」とシンポジウムで説明しました。一方、優性という言葉にも「優生保護法」の影がちらついているとも受け取れます。

ダウン症など遺伝子が原因の先天的障害は確かにあります。ただ、ダウン症に限って言えば21番染色体の問題なので、優性・劣性はあまり関係ないのですが。

優生保護法についても少し触れていますが、あまり関係はないので、名称の是非に関しては医療現場の混乱を最小限に抑えられるような着地点をじっくり模索して貰いたいですね。ちなみに、ゲノム医療の主な相手は「癌」です。

参考文献

「顕性・潜性」の変更提案に賛否と戸惑い—日本医学会が公開シンポジウム開催【遺伝学用語の優性・劣性問題】(Web医事新報) – gooニュース
https://news.goo.ne.jp

優生保護法とは – SOSHIREN わたしのからだ ホームページ
http://www.soshiren.org

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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