大人の発達障害~40数年生きてきて、初めて知った「私は発達障害」

発達障害 睡眠障害

unsplash-logo Dima Shishkov

子どもの頃からいわゆる「普通」から少しずれている自分を感じながらも、それが性格だと思いこんだ結果、大きな壁にぶつかってしまった話をしようと思います。自分のことをもっと理解してあげれば、こんなに苦しむことは無かったでしょう。今、周囲とのずれに悩んだり、自分に正直になれず苦しんでいる方の何かのお役に立てれば幸いです。

ただのおっちょこちょいではなかった

「適応障害からうつ病になってますね。発達障害もあるかもしれません。」

2017年12月、3ヶ月ほど前から始まったひどい下痢に悩まされ、内科に行っても胃腸科に行っても原因が分からず、最後にすがる気持ちで受診した心療内科で言われた言葉です。

それは、一大決心をして学校に通い、勉強してやっと採用された病院で、医師事務作業補助者として働き始めて半年後のことでした。最初は、嘱託採用だったこともあり、早く一人前になって、いつかは正職員になりたいと意気込んでいました。ところが、すぐに壁にぶつかります。元々おっちょこちょいでうっかりミスが多いのは分かっていましたが、これまで工夫しながらなんとか仕事をこなしてきたので、今度も大丈夫だろうと思っていました。でもそれは大きな間違いでした。性質上ミスが全く許されない上に、一番苦手としているマルチタスクが必要な仕事だったのです。

学校では分からなかったこと

通常、1つの診察室に1人のドクター、1人の医師事務作業補助者が付き診察をしますが、私の担当科は、ドクターは1人ですが、診察室を何部屋も使用し、同時進行で看護師が処置を行いドクターが巡回していくという特殊な形態でした。私の仕事はドクターの代わりにカルテを記載することです。基本的に診察が終わるまでにカルテを完成させて、患者さんが帰れるようにしなければいけません。できるだけ先回りして、患者さんに問診し、必要な検査に回って貰ったり、服用中の薬を確認し、検査結果が出たらそれを反映させる。ドクターが来られる前に看護師が対応した内容を聞き取り、更にドクターに付いて患部の状態と処置を記入し、使用した薬剤などを請求、次回予約、検査予約、処方箋の確認、必要な場合は他科に紹介したり、診療情報提供書を作成する、などなど。あちらこちらの診察室から呼ばれ、聖徳太子にでもならなければ無理なんじゃないかと思う仕事の量でした。

1つの診察室で淡々と業務を行うなら問題ないと思っていた私は、自分の考えが甘かったことに気づいたのですが、もう後戻りはできませんでした。どれだけ学校で勉強しても、現場のことは現場に行かなければ分からない、ということを痛感しました。

常に時間との戦いで、間に合わない焦りがミスを呼び、ミスをしたことで更に焦り、またミスをする。余裕のなさが、普段なら全く問題のない事まで出来なくさせる。毎日毎日それの繰り返しでした。ミスをしないよう、忘れないようにメモ、付箋、ホワイトボード、アラームを使用するなどの対策をし、上司のアドバイスを受けて自分用のマニュアルを作成したりもしました。それでもミスは減らず、疲れは蓄積される一方で、時間内に仕事が終わらず、毎日残業して疲れ切っていました。しかしどんなに疲れていても眠れないのです。そして寝不足でフラフラな状態で出勤すると、上司から追い討ちをかけるように「私は眠剤を飲んでいる。」と言われ、私のせいで眠れないのだろうか、それともこの仕事は眠れないのは当たり前なのだろうかと悩みました。毎日上司と教育担当の先輩とのミーティングが行なわれ、何故出来ないのか、何故ミスをするのかと責められても、思考が停止し、ある時から全く言葉が出なくなっていました。更に教育担当から「あなたの方から担当を外してくれ、と言ってくれないかなとずっと思っている。」と言われ、何かが切れたような気がしました。

そして、睡眠障害に次いで胃腸障害が始まり、やっと心療内科を受診して言われたのが冒頭のセリフです。

発達障害と診断されて気持ちが楽になった

ミスばかりし、普通の人ができることが自分にはできない。こんなに頑張っているのに空回りばかり。なぜだろう。毎日自分を責めていた私は、「発達障害」という一言で全てが腑に落ちました。うつ病と言われたことの不安よりも、なんだか肩の荷がおりて、安心したことを覚えています。

思えば子どもの頃からケアレスミスが多く、忘れ物はクラスで1番。朝は起きれずいつもギリギリ、授業中は上の空で窓の外を眺めて空想したり、不用意な発言をして友達を怒らせたり、順番を待つのが苦手だったり。母親とスーパーに行ったらふらっといなくなり、いつも探されていたように思います。おもちゃ屋さんの前では欲しい物の前で座り込みを慣行し大泣きをしていたらしいです。手に持ったものは必ずどこかに忘れてくるので、パンダのぬいぐるみはそのうち買ってもらえなくなりました。出かける日に熱を出すことも多く、寝つきが悪いので「疳の虫」だと言われ、虫もみという名のマッサージにも連れて行かれていました。(恐らく自律神経を整える民間療法だったのではないかと思います。)それでも、怒られたり失敗した経験、学習を重ねて「してはいけないこと」を理解し、何となく周りに合わせることを覚え、「おっちょこちょいでうっかりなちょっと変わった人」というキャラクターを作ってここまで来たように思います。生きやすくするために、自分なりに防衛策を取っていたのだと思います。

そうしたことで、結果的に自分の特性をちゃんと理解しないまま、適応のない仕事をしてしまったため、心と体にひずみが起きてしまいました。発達障害と分かった今、これからは背伸びをせず、「無理なことは無理」と言える自分になりたいと思っています。

前職でも、もっと早く「できない」のひと言が言えたなら、自分をここまで追い込むことは無かったでしょう。「できない」と言うことは負け、とまで思っていたあの頃の自分に、そんなことはないよ、もっと弱い所を見せていいんだよ、と言ってあげたいです。

その後、服薬しながら仕事をしましたが、結局続けることが出来ずに休職、退職しました。前職の失敗から自己肯定感が低くなり、社会に出ることへの不安感が大きくなり、就職活動に積極的になれず、就労移行支援事業所にお世話になることにしました。色々な方と出会い、これまで触れることのなかった分野の学習をして新たな事を学んだり、毎日充実しています。

今は、自分の特性を少しずつ受け入れられるようになり、自分を否定せず、自分らしく生きていこうという気持ちになっています。

もけたろう

もけたろう

色々なことに興味があるアラフォー女子。エネルギー源は野球観戦。1年半前にADHD、ASDと診断され、混乱しながらも自分らしい生き方を模索中。

注意欠陥多動性障害(ADHD) 自閉症スペクトラム障害 睡眠障害

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