「梅切らぬバカ」と「不安の正体」、それぞれの監督が語った施設コンフリクトへの観方

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Photo by Valery Tenevoy on Unsplash

過去のインタビュー記事では実に多種多様な方々との取材が記録されており、その中には映画監督への取材も少なくありません。

障害者施設(作業所やグループホームなど)の建設や運営に反対する運動、「施設コンフリクト」について、奇しくも異なる映画の監督から意見を頂戴していたことが分かりました。施設コンフリクトに対してどのように接すればいいのか、過去の取材を抜粋しながら考えてみたいと思います。

「共生を阻む障害だが各々に立場がある」

まず抜粋するのは、「梅切らぬバカ」の和島香太郎監督へのインタビューです。同作品は、占い屋を営む母親と自閉症の息子、そして隣に引っ越した家族との関係を描いたヒューマンドラマ映画となっています。作中ではグループホームが登場しており、かねてより反感を持っていた周辺住民が結託して施設コンフリクト運動を起こす場面があります。この場面を撮った真意についてのQ&Aを丸ごと引用しましょう。

──映画において施設反対運動を取り上げた意図は何でしょう
「共生を阻む障害だと思うからです。ただし、施設反対派の一人を演じる高島礼子さんには『悪役を演じてほしいわけではないです』『乗馬クラブのオーナーという立場上の切実な思いがあります』とお伝えしました。安定した普通の生活を求める人々の切実さと、それが衝突している厄介な構造をありのままに表現したかったからです。単純な正義と悪の対立構造にならないよう気を付けました」
「こうした問題を取り上げる報道では、反対派の強い言葉ばかり切り取られているようにも感じます。それ自体は許容できない言葉ですが、強い言葉を発するまでの背景を描こうと思いました。」

施設コンフリクトは明確に「共生を阻む障害」として認識されていると同時に、反対派にもそれぞれの生活や立場があることも強調しており、単純な「施設反対=悪」という構図とならないよう意識したとのことです。例えば、名前が挙がった高島礼子さんの役どころは乗馬クラブで働く人間で、その立場上看過できなくなった経緯も描かれています。

ただ、言いっ放しはともかく拒みっ放しまで許している訳ではありません。それぞれに生活や立場があるからこそ厄介であることにも言及していますし、下に引用した回答もされています。

──この映画で監督が最も伝えたかったことはなんですか。
「映画の中では、近隣とのわだかまりが全て解決されるわけではありません。障害のある方が地域で孤立していることを忘れてほしくないからです。映画を観た方が、それぞれの事情や生きづらさについて思いを巡らせるきっかけになればと思いました。それが映画に託した思いと言えます。」

「説明会では分かり合えない」

続いて抜粋するのは、「不安の正体」の飯田基晴監督へのインタビューです。こちらは精神障害者向けグループホームの日常と、それに反対する施設コンフリクトを記録したドキュメンタリー映画です。飯田監督は「施設側が説明会を開いたところで分かり合えない」とキッパリ断じており、行政が反対派住民を指導する必要があるとしています。

──話せば話すほど断絶していく場面が印象的でした
「僕自身が住民説明会に参加できたわけではないのですが、3か所のグループホームから説明会の録音データを提供して頂きました。住民の主張はどこも同じというか、運営法人が何を説明しても無駄なようでした。大声で反対意見を述べる人ほど場を盛り上げ、拍手を集め、やればやるほど反対住民が団結するようです。説明会の音声をずっと聞いているうちに思ったのは、問題は施設側ではなく地域の側にあるのだ、ということです。問題がこじれないためには、苦情を言ってきた反対派住民に対して行政が、『それは障害者差別にあたる』『誰もが好きな所に住む権利がある』とはっきり伝えることが大切でしょう」

──なぜ障害者というだけで説明会をする必要があるのでしょう
「本来、グループホームだろうと作業所だろうと、特に説明会を開く必要はありません。ただ、住民側が不満をぶつけるためにそうした場を要求し、『丁寧に話せばきっとわかってくれる』とそれに応じてしまう施設も多いんですよね。個人的には説明会は開くべきではないと思っています」

異質なものや厄介なものへの根拠なき恐れから、排除しようと躍起になる人々がいます。飯田監督も少年時代、父親が墓地の建設反対運動に参加しており、その必死さを理解できなかったそうです。「誰もが持ちうるエゴ」としながらも、無知と偏見に裏打ちされた身勝手な感情を抑制するには、何か強い力が必要なのでしょう。

対話の限界を知る現代人

どちらかといえば、「説明会を開く必要は無い」とまで言い切る飯田監督の回答の方が現代人からの支持を得やすいのではないでしょうか。というのも、最近の漫画やアニメですら「言葉は通じるが対話が出来ない存在」「端から分かり合えない存在」が多く描かれているそうです。

相手が黙るまで罵り合う「レスバトル文化」が浸透して久しい昨今、議論は舌剣で争う決闘に成り下がり、互いに良い結論を導き出す儀式としての側面は忘れ去られつつあります。異なる意見を持つ人間同士、会話が平行線で終わる事のほうが当たり前です。

そもそも対話には限界があり、それが知覚されやすくなったと取れるかもしれません。五・一五事件で青年将校に対話を促し、撃たれてなお意識が途切れるまで対話の可能性を信じていた犬養毅は、まさに対話の限界に飲み込まれた最も有名な犠牲者だったのでしょう。


参考サイト

「梅切らぬバカ」和島監督へのインタビュー記事
https://shohgaisha.com

「不安の正体」飯田監督へのインタビュー記事
https://shohgaisha.com

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

自閉症スペクトラム障害(ASD)

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