発達障害がある私の仕事に対する認知の歪み〜私を苦しめた4つの考え方

仕事

unsplash-logo Riki Orita

私は、これまで仕事などでミスをすると、引きずってばかりいました。自分のミスを発見しては、自分自身が許せなくなっていたのでした。自分に厳しいと言えば聞こえが良いかも知れませんが、ストイックとは意味合いが違っていたように思います。いすれにせよ、これでは色々と問題がありました。そこで今回は、就職・定着ができるよう、やめるべきだと実感した仕事に対する考え方についてお伝えしようと思います。

以前の私の考え方

①自分のミスが許せない
以前の私は典型的な“ゼロか百”思考の持ち主でしたので、一つでもミスがあると「全く仕事ができなかった」と、まるでこの世の終わりのように落胆していました。自分自身が許せなくなって、自分で自分を引っぱたいたこともありました。そして、上司や先輩からミスに対して叱責されると、とてつもなく情けなく腹立たしい気持ちになっていました。自分自身に向けての腹立たしさが顔に出て、上司や先輩からは「怒られて不貞腐れている」と誤解され、さらに叱責され、悪循環が生じました。振り返ると、仕事に対するこだわりの強さも一因だったように思います。自分の“こだわり通り”に結果が出せなかったことへの負の感情がありました。ですから、ミスをした訳ではないにもかかわらず、「もっとこうするべきだったのに。不甲斐ない」と思うことが多々あり、自己評価を下げていきました。

②上司や先輩の言うことは絶対
その考えは、上司や先輩の影響もあったように思います。「お前は営業スキルがないから、事務作業くらいは完璧にこなさないといけない」とか「あなたは経営者一族じゃないからミスが許されない」などと言われ、「上司や先輩の言うことは絶対」だと思い、言葉をそのまま鵜呑みにしていました。今ならパワハラだとかブラック企業だとか言われそうな状況ですが、当時は、上司や先輩の期待通りの“将棋の駒”に徹さなければならないと固く信じていました。時代背景もあったかも知れませんが、当時の私の考えは「それでこそ社会人」で、反論することなど論外でした。

③他人の評価が全て
大変な作業をやり終えて、自分でよく頑張ったと思っても、上司や先輩から評価されなければ全く意味がないと考えていました。そんな時は「お前は自分に甘い」と自分で自分を叱責していたのです。つまり、上司や先輩の判断は絶対であると同時に「全て」でした。今となってはバカバカしい話だと思いますが、「自分の人生は自分のものじゃない」とまで考えていました。ですから、自分のやりたい仕事や将来の目標を上司に伝えてみた時に、上司から「お前のイメージに合わないからやめろ」と言われた時点で「かしこまりました」と自分の考えを却下していました。絶対に自己肯定せず、この考え方は当然のように自分自身を苦しめていきました。

④達成感は無意味で不必要
ですから、達成感も上司や先輩に褒められた時しか味わうことができなくなっていました。上司に認められなければ、仕事をやり終えて味わう達成感など意味がないと思い込み、完全に封印するように努めていました。去年の夏、当時作成した資料を見つけて出来の良さに驚いたのは、自惚れではなく、当時は自分を褒めることを忘れていたからだと思います。ある意味、自分を客観視できていなかったのかも知れません。

職場は戦場ではない

以前はこのような偏った考え方をしていましたが、再就職と定着を目指して、就労移行支援では価値観を変える努力をしました。それは大変な作業でしたが、特に、自己肯定感を高める努力と自己分析は、生き辛さをなくす上で非常に有効だったと思います。そして、企業実習では、職場は決して戦場ではないことに気がつくことができました。戦場ではなく、共存する場です。コミュニケーションを重ね、相談しなからチームワークで同じ目標に向かっていく場が「職場」だと思います。私も就職を目指す他の皆さんも、楽しんで仕事に取り組んでいけたらと願っています。

※自己分析については、過去の私の記事を読んでいただけたらと思います。
「発達障害がある私の自己分析のコツ」

みにくいアヒルのおっさん

みにくいアヒルのおっさん

広汎性発達障害・注意欠陥多動性障害の40代。いつか“白鳥”なれるよう、自分の輝ける場所を求めて、社会復帰への訓練を受ける日々を過ごしています。座右の銘は「諦めない」!

関連記事

人気記事

施設検索履歴を開く

最近見た施設

閲覧履歴がありません。

TOP