パニック障害の大学生

パニック障害・不安障害

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私は大学1年生の時の夏に熱中症になってしまったことで、毎年夏にパニック発作を起こすようになってしまいました。また、不安障害も併発し、大学に通うことが難しくなりました。私は大学を卒業することが難しいと考えるようになりました。この状況をどう乗り切ったかを紹介したいと思います。

きっかけは熱中症

もともと私は夏が大好きでした。8月生まれということも関係しているのかもしれません。強い日差しのもとで海水浴に行ったり、走ったりすることが大好きでした。しかし大学1年生の夏に熱中症になってから、夏が怖くなりました。毎年5月頃から不安が出てきて7月〜9月で不安のピークになりました。一番困ったことは大学の試験です。大学は1年を前期と後期に分けているのですが、前期の試験が8月にあるのです。また、私は法学部だったのですが、法学部の授業では出席点はなく一回の試験だけで単位が取れるかが決まるのです。ですからいくら全ての授業を出席したところで、試験を休んでしまったら単位を取ることが出来ません。ここから闘いが始まりました。

電車に乗れなくなった私

大学の前期の授業は4月から始まるのですが、まだ春は気温が高くないので大丈夫でした。しかし6月頃になると気温と湿気が一気に上がります。するとパニック発作を起こすようになりました。急に心臓がドキドキし、熱も38度まであがり、冷や汗をかいて立っていられなくなります。そして閉鎖された空間にいられなくなり、電車にも乗れなくなってしまいました。また、クーラーがついているところ以外は恐ろしくなりました。それでも少しでも夏に慣れようと思い、外出してはパニック発作を起こすということを繰り返しました。「暑いからいけない」と思い冷えピタを体中に貼り、病院でもらった頓服を持って時々大学に行くという生活をしていました。

友達の家に泊まる

私の通っていた大学は片道2時間半かかります。朝は満員の電車に乗り、満員のバスに乗っていかなければなりません。パニックを起こす私にはとてもつらい通学です。だから私は大学の近くに下宿している友人の家を泊まり歩くようになりました。この時気をつけたことは、同じ友人の家ばかり泊まらないということです。友人も毎日家に私が泊まると困ります。しかし1,2週間に1度だと大体許してくれました。私は躁状態の時に友人をたくさんつくる癖があったので何とかなりました。すると通学の心配はなくなり、大学の授業に通うことができるようになりました。しかし前期の試験だけは受けることができませんでした。しかたがないので後期にできるだけ単位を取っていくことにしました。涼しくなる11月頃からは、私は躁状態になり、必死に勉強しました。

彼女ができる

こうしてやっとの思いで大学に通っていると大学3年生のある日、彼女が出来ました。彼女は大学の近くに住んでいました。そして私は毎日彼女の家から大学に通うようになりました。体調が悪いときは彼女が授業についてきてくれました。私の家に彼女が迎えに来てくれることもありました。それでも前期の試験だけは休んでしまいました。結局4年半かかりましたが、卒業することが出来ました。

私は双極性障害に加えてパニック障害まで併発した時は、とてもショックを受け、大学を卒業することは無理だと考えました。夏がくるたびにパニック発作を起こす自分を強く呪いました。しかし周囲の人達のおかげで何とか大学を卒業することが出来ました。感謝してもしきれません。私は今、夏にパニック発作はでていません。しかし夏になると、少し鬱になり、心配になり、常に緊張しています。これからも夏に対して苦手意識を持ち続けることになると思います。昔のように夏を楽しめる時がくることを信じて、夏に対する不安と付き合いたいと思います。

ヒロシ

ヒロシ

双極性障害の20代男性です。大学1年生の時に母の死をきっかけに発病しました。何とか単位を取得し、4年半で卒業後、教員免許を取得するためさらに3年間大学に残りました。趣味は読書とスポーツ観戦です。カラオケでよく歌う曲はクレイジーキャッツの「悲しきわがこころ」です。

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