発達障害診断後に乗り越えられない人間関係を克服した有効な方法~過去編
発達障害発達障害の傾向は子どもの時からあった
発達障害ではないかという疑いは小学校の頃から見られました。私は同じ年齢の同性と自分が同じことが出来ないと激しく落ち込む傾向がありました。私の父親は35年前の世界で双極性障害の診断を受けていました。自分が何か出来ないことがあると「どうして自分はそれができないのだろうか?」とまず考えて落ち込みました。はっきりした理由が見つけられないと出来ない理由を父親の精神疾患ゆえの家庭環境や、母親が私を援助しないことなどに結び付け続けて、小学生から中学生時代を過ごしました。過度の落ち込みに自分だけでは対処できず「健康体」だとされていた母親に助けを求めたこともありましたが、的確な指示や指導はありませんでした。そんな中でさらに自分にできないことがあると「あの父親、あの母親のいる自分は結婚など出来ない」と自分の将来を悲観したりもしました。
迫りくる危機
小学校も3年生にもなるとクラス替えで環境が変わればうまくいくかも知れないと期待を持って新学年登校をしました。始まって2、3日はなんとか出来ても「ちょっとしたことが起きた」と私自身が感じると翌日登校することがはっきりと億劫になりました。「ちょっとしたこと」とは例えば、相手が目線を合わせてくれなかった気がした場面があった、とか相手がヒソヒソ話をしていたように感じた場面があったとかです。相手の断片的な行動や発言で事実の確認をせず、相手が自分に対して悪く判断したと決めつけて論理を飛躍させ、相手の心を読みすぎた私は「目線を合わせてくれない相手はきっと私を嫌いなのだろう。嫌っている私からあいさつされるのはきっと嫌だろう。だから声をかけるのはやめておこう。」と考えて、自分からあえて「さようなら」「おはよう」のあいさつさえしなくなりました。
とはいえこれは…
とはいえこれらは過去のことです。同じ年の同性で両親が健康という人と一緒にいると、今でも落ち込むことがありますが、落ち込んでも立ち上がる方法を学びました。続きの現在編で、自分を大切に出来ない考え方を修正できるようになった方法をお伝えします。
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