心神喪失無罪は、すぐ釈放される訳ではありません!
暮らし2017年に兵庫県神戸市で祖父母と近隣住民3人を殺害し母親ら2人を負傷させた被告が、先日の第一審で無期懲役の求刑に対し無罪判決を言い渡されました。恐らく控訴はあるでしょうが、ネット上は「加害者ばかり保護するな!」「また心神喪失無罪かよ!」「仇討ちを認めろ!私刑を認めろ!」と大騒ぎになっています。これらの反応は想定内と言えばそうなのかもしれません。
心神喪失や心神耗弱による無罪・減刑の報は、精神疾患や発達障害を持つ人間にとっても不安の種となります。「これに影響された人々がまた偏見を加速させる……」となると、心穏やかではいられないでしょう。しかし、心神喪失による無罪は判決後にすぐ釈放されるわけではありません。
精神鑑定の内訳
まず裁判の話をします。今回の裁判で争点となったのは精神障害の程度と責任能力の有無でした。検察側は2人の医師に精神鑑定を依頼したわけですが、彼らの意見は正反対だったようです。
1人目のA医師は被告と11回面談し「妄想の圧倒的影響を受けていた」と結論付けます。対して2人目のB医師は「責任能力は残っていた」と診断しますが、面談は1回(しかも5分)だけで、あとは断られ続けていました。両者の状況をみて裁判長は、11回も面談を重ねたA医師を信じ、これが無罪判決の決め手となりました。
殺害された近隣住民の遺族は「ただただ絶望している。何の罪もない3人が命を奪われたのに、犯人は法律で命を守られたことに到底納得できない」とコメントしています。
心神喪失や心神耗弱による無罪・減刑は、実際のところあまり多くはありません。心神喪失による無罪判決は年に数件程度というデータもあります。それでも「心神喪失無罪が多すぎる!」と感じるのは、心理学の専門用語でいう「利用可能性ヒューリスティック」が影響しているからです。「利用可能性ヒューリスティック」とは、想起したことの正確な確率よりもインパクトだけで判断することで、「飛行機事故は非常に低い確率なのに、頻繁に起こると誤解する」ことがよく例として挙げられます。
わざわざ専門用語を持ち出さなくても、単純に「処罰感情が満たされなかった」「スカッとする展開にならなかった」というだけで説明が付きそうなものですが。
刑事裁判と心神喪失
実際の刑事裁判における心神喪失や心神耗弱の扱いについてですが、弁護士法人「泉総合法律事務所」によりますと、精神鑑定はあくまで参考レベルのため無罪や減刑に繋がるのは稀だそうです。それでも弁護側が精神鑑定に一縷の望みを託すのは往々にしてよくある話なのですが、なんにせよ軽度の障害や疾患、ましてや詐病にまで適用されるわけでないことは確かです。
では、心神喪失が認められて無罪となった被告は、そのまま釈放されるのでしょうか。答えは否です。釈放の前に必ず措置入院が挟まれ、裁判所と専門医が退院できると認めるまで必要な治療を受け続けることになります。これは医療観察法によって定められています。
判決後に措置入院した中で退院した被告は18%程度に留まり、罪状によって差異はありません。無罪だからと安易に社会復帰させている訳ではなく、治療しながら慎重に判断していることの表れでしょう。退院後の再犯率も極めて低いと厚労省の資料でも言及されています。
無罪と釈放は別!
さて、措置入院した被告の約2割は退院できるまで寛解しますが、残りの8割はどうなるのでしょうか。当然のことながら、寛解が認められるまで退院は許されません。アメリカでは入院の期限が定められていない州が多く、措置入院が実質的な終身刑となっているケースが少なくないそうです。
「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」の調べによれば、心神喪失で無罪となった被告が入院する期間は全米で平均5~7年だそうです。ただし、データのある28州で5年以上入院している人数は約1000人おり、うち4割が15年以上入院しています。加えて、同じ診断名でも民事収容の場合は退院まで年どころか1か月もかかりません。
日本も同様かは分かりませんが、心神喪失で無罪になろうとも必ず措置入院がついてくることは確かです。無罪判決が確定すればすぐ釈放されるようなことはございません。これを知っているだけでもニュースの見方は劇的に変わってくると思います。
参考サイト
「哲学的ゾンビの妄想」による心神喪失の疑い残る…神戸5人殺傷で無罪判決
https://www.yomiuri.co.jp
心神耗弱、心神喪失で無罪になる?|弁護士法人泉総合法律事務所
https://izumi-keiji.jp
「心神喪失」によって無罪になったら取り返しのつかないことに…|闇へと葬り去られる触法精神病患者たち|クーリエ・ジャポン
https://courrier.jp