クローズド就労は苦労が多い
暮らし 仕事 Photo by Do Nhu on Unsplash
障害者が就職するにあたって、はじめから自分の障害を開示する「オープン」と、障害を公表せず健常者と同じ条件で就活する「クローズド」の2種類が存在します。今回は後者、クローズド就労についての話です。
もしクローズド就労が可能であれば、働く側はオープンよりもずっと高い給料を貰えますし、雇う側も障害者雇用の基準を労せず満たせて、互いにwin-winであるかと思われるでしょう。しかし実際は、互いに多くの苦労を抱えるリスキーな側面もあるようです。バレたら終わる
統合失調症の診断を受けているAさんは、クローズドで就職していますが、その生活は緊張と隣り合わせなのだそうです。障害者手帳や薬を入れるポーチは誰にも見つからないよう厳重に管理し、毎回の服薬はトイレの個室に隠れ、保険証の履歴から毎月の通院を怪しまれないか怯える毎日を過ごしています。 Aさんは前にも、福祉施設の相談支援員としてクローズド就労していましたが、その入社前から隠し事の連続でした。入院していた空白期間は「家事手伝い」、既往歴については「ない」と答えていたのです。就業規則に「重要な経歴を偽っていたら解雇する」とあったので、入社後は通院や薬がバレないよう気を張っていました。 前職にはやりがいを感じており、保健福祉士系の資格取得に向けて励んでもいましたが、結局3か月程度で辞めてしまいました。上司のパワハラが酷く主治医から静養を勧められるほど状態が悪化したためです。 一部社員にだけ打ち明ける「セミクローズ」も勧められましたが、精神障害を理由に契約の更新を断られた(実質クビ)ことがあるため、どうしても出来ません。Aさんは現職でもクローズドとして障害を伏せる道を選びました。 Aさんも好きでクローズドに拘っているわけではありません。オープン就労は障害を隠さなくていい代わりに、月10万円程度の単純作業が当たり前の世界です。これではとても自立できないので、クローズド就労を強いられているに過ぎないのです。 Aさんは語ります。「いつ障害がバレるかビクビクしながら働いています。しかし、障害者雇用に満足できなければ、こうするしか方法はありません」躁鬱病がバレて懲戒処分
健常者並みに仕事が出来て、障害者雇用にもカウントされるとなると、企業側にとっては有難い存在に思えるでしょう。しかし、必ずしも歓迎する企業ばかりでないのが現実のようです。 2019年6月、躁鬱病の診断を受けた都内の会社員が、入社時に精神障害を伝えなかったとして会社からけん責処分を受けたという報道がありました。けん責は「譴責」とも書き、始末書を書かせる懲戒処分のことです。会社員は始末書に「就業不能のおそれがあるにもかかわらず、障害者手帳を交付されているという重要な経歴を申告しませんでした」と記していたそうです。 とはいえ、さすがに障害を隠したという理由で懲戒処分を下すのは、法的観点からみてアウトなのだそうです。職業安定法について厚労省が「業務の為に必要不可欠でない限り、企業は差別の原因となるような求職者の個人情報を収集してはならない」との指針を出しており、これに反しています。 求職者も好き好んで障害を隠しているわけではありません。オープンではまともな収入を得られないからこそ、交付された手帳を殺すような就労をせざるを得ないのです。そもそも、それを理解しているのであれば被害者意識丸出しの仕打ちをしない筈ですが。「ハッタツに潰される」
一方、雇う側の苦労とはどういったものがあるのでしょう。ある日、一つのnote記事が大バズりを見せました。「職場の発達障害に潰される」と題されるそれは、クローズドで入社した発達障害者によって職場環境が悪化していく様子を切々と語っていました。 事の発端は、note筆者の部署に梅田さん(仮名)という社員が異動したことでした。梅田さんはクローズドで入社していたのですが、初日から自分が発達障害だとカミングアウトし、話題になっていたそうです。異動もこれが初めてではなく、過去に数カ所からたらい回しにされていたことも判明します。 note筆者は「発達障害でも仕事は出来るだろう」と考えていましたが、梅田さんは想像以上の曲者でした。仕事は失敗ばかりで、メモを取らせてもグチャグチャ、複雑な仕事を避ければそれでも不満を表し、なにかと発達障害を盾にして、怒られるのは部署の自分たち…という具合です。しかも正社員として採用したので簡単には解雇できません。業務外の負担は大幅に増えて職場環境は悪化し、note筆者と仲の良かった社員も辞めてしまいました。 note筆者は「健常者への負担が無視されている。そもそも片方だけに負担を強いるのがおかしい。健常者だから人生楽だと思われるのは心外だ」と負担の不平等性を訴え、「願わくは、梅田さんのような人が無理に働かなくていいように、福祉が充実してほしい」と福祉の拡充への望みで締めています。 これへの反響は凄まじく、note筆者を労い福祉の拡充を願う声や、当事者として考えさせられるという意見、発達障害への敵意があるという叱咤など、多くのリプライや引用リツイートが寄せられました。一方で、発達障害者への差別・叩き・ヘイトを正当化する道具としても利用されています。 私もその記事を一読しておりましたが、記事の内容よりも筆者の態度の方が気になりました。「発達障害を差別するな」などの批判には逐一反論する一方で、「やっぱり発達障害に生産性はないな」などと便乗する発達障害叩きには何も言わないのです。「記事をよく読んで真意を汲み取って欲しい」みたいなことを言っていましたが、それなら単なる叩き棒として利用する者にも反論すべきでしょう。 現在、該当のnote記事は削除されており、筆者もnoteを退会しています。なんでも「福祉をどうするかの建設的な話を誰もしてくれない」「身バレが怖くなった」「叩きの正当化にも使われた」という理由だそうです。 なんにせよ、あそこまで障害を盾にするのは極端な事例と言えますし、発達障害者が全て梅田さんのような者だと吹聴するような言い草は咎められて然るべきです。しかし、「職場内カサンドラ」で心身が摩耗しているのであれば、多少の視野狭窄も詮無きことかもしれません。職場内カサンドラを盾に好き勝手言っていいわけではないのですが。職場内カサンドラ
「カサンドラ症候群」とは、発達障害(とりわけASD)を持つ近しい人間とのコミュニケーションが上手くいかず心身に不調をきたす現象のことです。由来はギリシャ神話のカサンドラという人間で、彼女は優れた予知能力を持ちながらそれを信じてもらえない呪いも受けており、予言をいくら説いても相手にされない様子がASDと非ASDの関係に似ているのだそうです。症候群とありますが、正式な病名ではありません。 これが職場内で起こるのが「職場内カサンドラ」です。直属の上司や部下、教育係など、職場内の近しい関係で起こることがあります。心身に不調をきたす他、発達障害者との付き合い方も分からなくなって嫌気が差したり、相談しようにも理解や共感を得られなかったり、そういう現象が職場内の人間関係で起きているのです。 カサンドラ症候群全体にも言えることですが、それ自体は疾患として定義されていないため、診断の際はうつ病や適応障害といった別の診断名がつきます。原因が職場内の発達障害者である以上、周りからの理解も得づらいでしょう。発達障害アンチの一部は、もしかしたらカサンドラ症候群を拗らせた成れの果てかもしれません。 配慮するにしても、そもそもクローズドは定型発達として入ってきているので、どうしようもないといえばそうなのかもしれません。クローズド就労における最大のデメリットは、配慮も支援も受けられないことです。クローズドでやらざるを得ない理由
クローズド就労は、時として雇用者にも被雇用者にも不幸をもたらしますが、それでもやらざるを得ない理由があります。それは、オープン就労が賃金の面で致命的な欠点を抱えているからです。 ハローワークなどで出されるオープン就労の求人は、月収10万円を超えるかどうかすら怪しいものばかりです。「最低週20時間の就労継続支援A型が求人に混ざっているから」だけでは説明がつかないほど低賃金の求人が当たり前となっています。業務内容も単純とまでいかずとも、昇給の見込みが薄いものばかりです。 オープン就労は、複雑な作業や長時間の勤務が難しい障害が前提のきらいがあり、社会人経験のある精神障害者や知的ハンデのない発達障害者へ大きなしわ寄せが来ています。「障害者=単純労働」というステレオタイプの被害者ともいえるでしょう。 障害年金の申請も望めないとなると、薄給の単純労働に甘んじるしかないのでしょうか。それでは生存権を保てないからこそ、配慮の可能性を捨ててまでクローズド就労に臨み、自分の障害を隠しながら働くのです。そういう社会人は決して少なくはありません。参考サイト
障害者手帳を笑われ、薬もトイレの個室で飲む──私が精神障害を会社に打ち明けない理由。懲戒処分されたケースも
https://www.businessinsider.jp
職場内カサンドラとは?職場内カサンドラの原因・職場でできる対処
https://www.minnanosyougai.com