「横浜音祭り2022」のディレクターにインタビューしました
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クリエイティブ・インクルージョンをコンセプトの一つに掲げて様々なチャレンジをする、3年に1度のオールジャンルの音楽フェスティバル「横浜音祭り2022」。遠隔でコミュニケーションを可能にする分身ロボットOriHime®の活用に加え、指一本で弾くことができる「だれでもピアノ®」の体験会・演奏会の実施、視覚に障害のある演奏家を含むアンサンブルが暗闇の中で演奏する「ミュージック・イン・ザ・ダーク®」の開催など、多様性を意識した取り組みを実践しています。そんな「横浜音祭り2022」のディレクターを務める新井鷗子さんにインタビューいたしました。
Photo:大野隆介
インクルーシブへの意識
──横浜音祭りがインクルージョンや多様性を意識するきっかけは何ですか
「東京藝術大学でインクルーシブアーツの研究をしており、障害者を芸術によって支援する在り方を開発研究していました。その後で『横浜音祭り』のディレクターに就いてほしいと依頼され、自分のインクルージョン研究を音楽祭に取り入れたいのもあって引き受けました。最初は社会的な理解が進んでおらず大きな活動にはなりませんでしたが、回を重ねるごとにインクルージョンが脚光を浴びて軌道に乗ってきた感じです」
──OriHime®の活用を継続してきたことでどのような効果を実感していますか
「2019年開催時にOriHime®をコンサートの客席に配備しOriHime®ユーザーにレポートを提出してもらう取り組みをしました。その時に感じたのは、コンサートの映像を配信するのとは全く違った効果があるということです。具体的には、舞台に出ている音楽家たちがOriHime®に向かって手を振るなどコミュニケーションをとるんです。これがただ単にカメラを設置するだけでは、手を振ろうなどと思わないわけで、OriHime®という人型の分身ロボットのためにリアルなコミュニケーションが生まれるという、映像配信との違いに気づきました。以前は鑑賞支援だけでしたが、今回は『就労支援』ということで、 OriHime®ユーザーがコンサート会場の案内業務の一部を担う試みも実施しています」
──OriHime®といえば重度の身体障害や医療的ケア者が対象のイメージが強いですが、今後は他の障害やLGBTQなども巻き込むような構想はありますか
「発達障害児向けのワークショップや、視覚障害者向けの催しなど、障害の種別ごとに丁寧な対応を心がけています。皆をインクルーシブに取り込むとなると、平等を強いるあまり全員が不平等になることのないよう、一人ひとりにきちんと対応していくつもりで、出来ることからひとつずつやっていきます」
「当事者とは必ず意見交換をし、表現の問題や開催の意義について意見を聞きながら、無用なものを作らないように心がけています」
誰もが楽しめる音楽、アートを創る難しさ
──横浜音祭りを開くにあたって苦労されたことはありますか
「全てが苦労の連続でした。まず全ての音楽ジャンルを網羅するのが難しく、ジャンルを超えたファンや音楽家の交流が少ない中で各々の調整をしながら、行政が目指す社会的意義も打ち出さねばなりません。1つのジャンルで丁寧に時間をかけると他に手が回らなくなるのです」
──具体的に大変だったエピソードを1つ教えてください
「今回(横浜音祭り2022)ではないのですが、発達障害のあるお子さん向けのワークショップがあって、実に様々な子どもたちが参加して途中まで順調に進んでいました。ただ発達障害への理解不足から、2時間半の中で何人か脱落してしまいました。そのワークショップはペーパークラフトの動物を作り、その場でアニメーションにして生演奏の音楽に合わせて上映するものでしたが、一部のお子さんの作品がアニメーションに出てこないというトラブルがあり、感受性の鋭い子どもたちをとても傷つけてしまったこともありました。芸術だから皆が公平に楽しめるとか、アートはバリアフリーということを安易に取り込むのは間違いだと反省しました」
『だれでもピアノ®』『ミュージック・イン・ザ・ダーク®』が大盛況
Photo:大野隆介
©藤本史昭
──改めて今回の「横浜音祭り2022」でのインクルーシブの成果を教えてください
「指一本でも弾ける『だれでもピアノ®』の体験会・演奏会が連日賑わいました。たった一人の重度肢体不自由者の願いから生まれた楽器が全国の皆様に喜ばれています。偶然ではありますが、インクルーシブの象徴としてこれ以上ないものです」「あとは『ミュージック・イン・ザ・ダーク®』というコンサートですね。これは視覚障害のある演奏家とそうでない演奏家によるオーケストラで、会場の照明を完全に消した暗闇で全く何も見えない状態で演奏するというものです。演奏家の中に5人、視覚障害者が入っているのですが、彼らは元々楽譜を見ずアイコンタクトも無く、視覚以外の感覚を使って演奏しているので会場が真っ暗闇でも平時と変わりません。一方、視覚障害のない演奏家たちは普段頼っている視覚情報が遮断され、ハンデを背負うことになります。暗闇という条件で逆転するハンディキャップが、奏者と聴衆に新たな気づきを与える目的の演奏会です」
©藤本史昭
──横浜音祭りのブランディングにあたって意識していることはありますか
「今回で4度目となりますが、最初の頃はオールジャンルで何百も公演があったのでテーマも漠然としたものにせざるを得ませんでした。しかし回を重ねるごとに『インクルーシブ』を推すようになりました。ジャンル・年代・国境を問わず受け容れていく姿勢こそインクルーシブであると感じています」]
©藤本史昭
今後の横浜音祭りの展望
──今後のビジョンや希望を教えてください
「わざわざインクルージョンなどと言わなくても、あらゆる人が素の状態で楽しめるフェスティバルになっていけばいいなと思います。従来必死に宣伝していたことが当たり前になり、どんな人でも来やすい音楽祭になって欲しいです。全ての人にとって便利とまではいきませんが、一人の声を大切に拾えばその一人は楽しませられるので、多目的が無目的になるよりは『一人の為』を積み重ねるべきだと思います」「音楽を通して人と人とがコミュニケーションを取り、社会から孤立や分断が減って欲しいと思います」