東日本大震災から生まれた新しい広告のカタチ~社会の広告社、山田英治さんが描く、当事者発信を中心とした広告の力
暮らし広告や広報活動を通して様々な社会課題の解決を目指す「社会の広告社」。当事者自らの思いを動画で伝える「TikTok当事者クリエイター塾」や、ひきこもり当事者の声を届ける 「ひきこもりVOICE STATION」といった独自の取り組みを数多く実践しています。 代表取締役の山田英治さんは、広告大手の博報堂で長年にわたりCM関連の仕事を手がけ、その経験を活かして現在は、福祉業界の広報コンサルティングなども手がけています。どのように大企業相手の広告業界から社会問題を伝える広告会社へとシフトしていったのか、山田さんにお話を伺いました。
震災がもたらした自粛期間が活動の出発点に
──広告大手から現職までのキャリアについて説明してください
「博報堂でコピーライターとして20年ほど勤め、様々なテレビCMに関わってきました。多くの人に観てもらうために、その時旬のタレントを起用し、広告キャンペーンを実施してきました。そこで転機となったのが、2011年の東日本大震災です。あの頃はあらゆるスポンサーがCMの放映を自粛し、AC(公共広告機構)のCMしか放送されていない状況で、CMに関わる私は自宅待機を言い渡され、仕事と言えばCMの納入先である被災企業のお手伝いだけでした。これが初めてのボランティア体験で、そののちの待機中は被災地に対して何が出来るか考え続けていました」
「やがて寄付金集めには広告が必要という考えに行き着き、様々なNPO法人に片っ端から連絡をとりCMを作らせてもらうようお願いして回りました。その活動内容を通じて被災地の課題のみならず、全国各地にも社会問題があることを知り、その時初めて日本が課題先進国と言われている理由に気づきました。そしてまだ光が当たっていない社会問題やその当事者に光を当て、社会に知らせていく仕事に自分のスキルを使っていこうと決め、独立することにしました」
震災を機に始めたNPOのCMをボランティアで制作する活動
──大企業中心の仕事からNPO相手の仕事となると資金繰りも苦しくなりますが、どのように乗り切っていますか
「今はデジタルツールが進化していますので、製作費はだいぶ抑えられています。博報堂時代に比べれば広告予算は非常に小規模ですが、小さな会社なのでなんとか経営はできています。キャンペーン予算が足りない時は、クラウドファンディングなども活用しています。さらに予算がなければアドバイザーに徹し、各自がスマホで撮って発信するというようなサポートもしています」
クリエイティブな広告を連発
──障害者の広報活動における、何かヒントを聞かせてください
「今、社会的なメッセージを動画で発信するコンテンツがTikTokなどで増えてきています。早く取り組んだ人たちが目立つブルーオーシャン状況です。にもかかわらず障害者をはじめとする福祉系の発信者はまだ少ない。例えば高齢者との日常を撮るだけで若者にとっての“エモい”映像となります。福祉とTikTokなどのショート動画は相性がいいと思います。「発達障害あるある」など、障害の分野でも、自虐交じりにエンタメ化して見せている人もいて、それはとても良い戦略だと思います」
──厚労省など様々な所と繋がりがありますが、これらのネットワークはどのように構築しましたか
「官公庁の仕事については、公募の案件に、大手広告会社代理店と一緒に手を挙げ、受託しています。それ以外の仕事としては、NPOさんからの依頼案件です。「チャン巣プロジェクト※」に関しては、大阪のNPOハローライフさんから、「TikTok当事者クリエイター塾」は、認定NPOの育て上げネットさんの依頼です」
大阪府が取り組む、就職と住宅のサポートを併せて提供する住宅付き就職支援プログラム、チャン巣プロジェクト 動画:https://youtu.be/70ZU0h3h418
「色々と活動していますが、共通しているのは当事者の声こそが社会を変える力になるということです。実際に世の中を変えているのは当事者の声ですよね。例えば「#me too」など。民生委員さんたちの成り手不足に際して、支援の醍醐味を全国の民生委員さんにヒアリングして、その声を元に「民Say!Rap!」というラップを作りました。当事者の思い×エンタメという組み合わせで、たくさんの人たちに届けたいと企画しました」
──障害者支援をはじめとする福祉業界の広報は今後どうあるべきと考えますか?
「今まで福祉といえば、いいことしてるんだから、伝わる人には伝わるくらいに考えられいて、あまり広報やブランディングといった意識してやってきていませんでした。でも人口減少で働き手も少なくなっているいま、そうは言ってられない時代になりました。福祉で働く人たちを見ていると、その意味で歯痒さを感じます。働いている人たちは、本当に日々、福祉の仕事の醍醐味を味わい、楽しんで働いている。だったらその楽しみをちゃんと発信しましょうよと。「福祉の仕事って大変だねぇ、偉いねぇ」と言われがちな業界ですが、その仕事の「楽しさ」「面白さ」をもっともっと声を大にして伝えるべきだと思うんです。それによって福祉のイメージも変わるし、当事者以外にもインパクトを与えられます。私の仕事は、その「福祉の仕事の面白さ」の伝達を後押しをしていく仕事なのかなと思っています」
山田英治氏が総合プロデューサーを務める社会福祉HERO'Sイベント
これからの広報活動
──将来的に当事者の活動をどのようにサポートしていく予定ですか
「今、当事者が様々なツールで発信しているのは良い傾向だと思います。ただ、闇雲に発信すればいいものではなく、業界ごとに適した戦略を組んでいく必要があります。当事者がどのように社会を変え、誰を巻き込みたいのかを明らかにし、戦略が必要だと思っています。その戦略面のサポートをさせていただきつつ、当事者の声を効果的に伝え、障害のある人もない人ももっと生きやすい社会をつくっていけたらと思っています」
──障害を持つ当事者がもっと生きやすい社会にするためには、どうしたらいいと思いますか?
「私が強く願っているのは、世の中が様々な障害について理解を深め、その理解を幼少期から育んでいくことです。障害者が抱える生きづらさの源泉は、幼少の頃からの周囲の理解不足に起因しています。私がやってみたいのは、あらゆる障害を楽しく分かりやすく学べるエンタメコンテンツです」
「例えば、多様で見えづらい精神疾患などの知識が子育て世代をはじめ社会全体に共有されれば、障害を持つ子の親にも心に余裕が生まれます。周りも変わり、その結果、当事者の生きづらさを減らすことにつながると思うのです。先日、少年刑務所を訪れた際に、そこの受刑者の子たちのかなりの割合で、発達障害をお持ちだという話を聞きました。犯罪を犯す前にもし本人もそして周りの人たちも、障害への理解があったならと思わずにはいられませんでした。もちろん発達障害が直接的に犯罪につながるわけではないと思いますが。これはひきこもりの支援の現場でも感じることで、障害をお持ちの方で、その障害に気づかず、生きづらさが重なっていき、ひきこもらざるを得ない状況にといった方をたくさん見てきました。そういった経験もあって当事者以外には見えづらくわかりづらい多様な障がいについての理解を、簡単に、わかりやすく、楽しく知れるコンテンツが作れないかといま、社会の広告社として画策しています」
──障害を知るための大辞典みたいなものですか?
「村上龍さんの『14歳のハローワーク』というロングセラーがあります。これは早い段階から多様な職業を知り、選択肢を広げるというコンセプトから生まれました。障害についても同様に、幼少期から触れて学べるエンタメコンテンツができないかと考えています。いま、社会の広告社の新規事業でクラファン事業を立ち上げようとしているのですが、その資金調達の仕組みを使って、そういってコンテンツができたらいいなと夢想しております」
社会の広告社 公式サイト https://shakainoad.com/