旧優生保護法、最高裁にて「除斥期間なしの違憲」判決。“画期的”と評価の裏で不満を垂れ流す擁護派の群れも
暮らし2024年7月3日、紙幣の顔ぶれが一新されたこの日に、最高裁ではある大きな判決が下されていました。旧優生保護法が「違憲」であるだけでなく、損害賠償請求権の消滅に関わる除斥期間も認めないという判決です。つまり、旧優生保護法が過ちであり償わなければならないと心の底から判断した訳です。
この大きな判決は、画期的とすら評されました。最高裁の判決ゆえに今後揺らぐこともないであろうことは勿論、国が損害賠償について徹底抗戦の構えを見せる中で「旧優生保護法は生まれながらの違憲」と最高裁が判決として述べたことは、非常に大きな意味を持ちます。しかし、この「画期的な判決」に不満を垂れるノイズたちもまた存在します。旧優生保護法の“擁護者”たちです。
旧優生保護法とは
旧優生保護法は、1948年に「不良な子孫の出生防止」を目的に立法された法律です。戦後のベビーブームと食糧不安などが背景にありましたが、高度経済成長を迎えても放置され、廃止は1996年の法改正を待つこととなります。なお、日本国憲法は1947年生まれで先輩にあたります。
既に時代遅れとなりつつあった優生学の流れを汲む旧優生保護法が「不良な子孫の出生防止」の為に何をしたかと言うと、主に障害者へ対し生殖機能を消し去る「不妊手術」を施術したことでした。しかも本人の意思を無視した騙し討ちのような手続きも横行し、高度成長までは国がノルマを課すほど積極的に取り組んでいた始末です。この法律の下で不妊手術を受けさせられた人数は約25,000人に上ると言われています。
旧優生保護法絡みのエピソードとして、このようなものが挙げられています。
・要件を告げずに呼び出し、途中で睡眠薬入りのおにぎりを食べさせ、眠っている間に不妊手術を済ませる。
・素行不良を理由として、更生施設が“健常者に”不妊手術を受けさせる。
・配偶者や四親等以内に遺伝性精神疾患が認められる等、場合によっては健常者への不妊手術も許可されていた。
・法律の拡大解釈も横行。単に月経介助の手間を省きたいという理由だけで不妊手術を受けさせた事例も。
・聴覚障害者には、聞こえないのをいいことに不妊手術の手続きを勝手に進める。
戦前ドイツで優生学が流行った時のように、真面目で職務熱心な人々が正義と信じた側面もあります。では、旧優生保護法に伴う不妊手術が“正義”であるならば、なぜ堂々と正面からやらずに騙し討ちのようなことをする必要があったのでしょうか。後ろめたい事があるから騙し討ちに頼っていたのではないですか。
「立法そのものが違法だった」
最高裁の判決は、ただ違憲と認めただけではありません。読売新聞は判決のポイントとして「憲法13条(個人の尊厳や人格の尊重)と14条1項(法の下の平等)に反する」「立法自体が違法で、国には損害賠償責任がある」「著しく正義・公平に反する場合、除斥期間は適用されない」の3点を整理しています。
旧優生保護法の存在そのものが厳しく糾弾された形です。判決では「障害者の出生を防止するという目的は、当時の社会状況を勘案しても正当とはいえない」「障害者を差別的に扱い、不妊手術によって生殖能力の喪失という重大な犠牲を強いた」と痛烈に批判されているほか、不妊ノルマを課すほど国が乗り気だった事実も踏まえて国の責任も追及しています。
何より重いのは、最大の争点でもあった除斥期間の適用外となったことです。かつて民法には「不法行為から20年を経過した時は、損害賠償の請求権が消滅する」という規定があり、1989年の判例で「除斥期間」と名付けられていました。理由は「著しく正義・公平に反する」となっており、ここでも旧優生保護法の存在そのものが否定されています。
また、関連する5件の訴訟について、原告勝訴で国が上告していた4件は上告を棄却、敗訴していた1件も判決破棄のうえ差し戻しとなりました。司法は、旧優生保護法が一から十まで間違いであったと断定し認めたことになります。国連の障害者権利委員会から旧優生保護法のことを突かれていたことも無関係ではなさそうですね。
不満を垂れる擁護派の群れ
旧優生保護法を違憲と最高裁が認めた画期的な出来事。ただ、ごく一部の“擁護派”は違憲判決に対して様々な不平不満を露わにしています。「アンチ障害者」は何かにつけて湧いてくると頭では理解しているのですが、どうにも慣れませんね。何がそんなに気に入らなくて吠えているのか、簡単にまとめました。
「障害者が子を産むのは許されない」
体感で一番多かったのがコレです。「育ても出来ないくせに子を産むのは、子どもにとって不幸でしかない!だから障害者が子を産むのは許されない悪行だ!」という言い分です。肝心の育児はずっと他人がやっているとか、産む権利だけ主張して育てる義務を有耶無耶にしているとか、いかに障害者が無責任な存在であるかのプロパガンダに腐心しているようです。
確かにハンデのある親なら、愛情があっても行動が追い付かずネグレクト状態になることもままあることです。ヤングケアラー化が不幸であることも否定は出来ないでしょう。ただ、その対策として去勢だの不妊だのをすぐ口にするのは、ちゃんと頭で物事を考えているのか疑わしいことこの上ないです。
「知的障害者は性欲モンスターだ」
日本版DBSの件でも述べているのでそちらが詳しいですが、知的障害者に甚大な性加害リスクがあるという偏見は至る所で見られており、旧優生保護法の話でも例外ではありません。「産婆がキュッと」などの作り話を真剣に信じているのもこの層で、よくもまあその程度のリテラシーで端末を触っていられるものだと逆に感心すらしてしまいます。社会生活するなら不妊手術を受けてからにしろとは何様のつもりでしょうか。
望まぬ妊娠や育児能力の低さを挙げて不妊手術を正当化しようとしていますが、不妊手術で何とかしようとすること自体が思考停止にも劣る考えです。及び腰の性教育を叩き直すとか、ベビーシミュレーターという赤ちゃんロボットで育児体験させるとか、もう少し気の利いた回答は出来ないものかと思いますが、期待するだけ無駄でしょうね。
「現代の価値観で過去を断罪するのは卑怯」
今の価値観で戦後間もない頃の法律の是非を問う、そういう見方もあるでしょう。しかし、裁くのは旧優生保護法が現役だった昔だけではありません。この旧法を持て囃し障害者ヘイトをばら撒いて信者さえ集めるような輩が現代もなお息づいています。ゆえに、彼/彼女らが縋る旧優生保護法が徹頭徹尾間違った存在であることを証明する必要があります。
今更旧優生保護法を礼賛し復活さえ願う輩が居たことは正直驚きました。しかし、腐臭を放つ旧法の亡骸に縋りつきながら垂れ流される繰り言の数々には、本来何の価値もありません。「旧優生保護法は、生まれるべきでなかった」これに尽きます。
不妊手術とは“烙印”である
擁護派が何をどう取り繕おうとも、旧優生保護法が差別と選別と人権侵害にまみれた、悪法と言うのも烏滸がましい存在であることに変わりはありません。子を産む産まないに関わらず、旧優生保護法が主導する不妊手術は、「真っ当な国民ではない」と国から押される“烙印”としての機能を常に持っています。これが差別でないなら何でしょうか。
しかも、この烙印は恣意的に拡大解釈され、一部の健常者にまで広がりました。もはや障害者だけの問題ではなかった訳です。生命の選別を手放しで歓迎する者は、いつまでも自分が“守られる側”だと本気で思っているようですが、つくづく気楽なものですね。自分が排除される側になるかもしれないと考えられないのか、そう指摘されたあるアカウントは自信満々にこう返しました。「排除されたくなければ努力すればいい」
何はともあれ、旧優生保護法が間違いであったと国が認め頭を下げるアクションの準備は整いました。これから数々の賠償に負われるでしょうけれども、国はこれを恥辱や面倒事などと捉えずに、旧法と不妊手術が重大な過ちであったことを喧伝して貰いたいものです。国民の範になるとはこういう事です。
ただ、障害者の望まぬ妊娠だとか障害を持つ親の子育てだとかで定期的に騒ぎ立てる輩は現れるでしょう。あのベビーシミュレーターはアメリカ製らしいですが、日本でも体験プログラム共々取り入れて欲しいものです。実際に育児の大変さを体感させるのもそうですが、何かとすぐ去勢だ不妊だと言い出す短絡思考の抑制にも繋がりますので。
参考サイト
旧優生保護法「違憲」、強制不妊で国に賠償命令…最高裁が「除斥期間」不適用で統一判断
https://www.yomiuri.co.jp
16歳で不妊手術を強いられた。旧優生保護法が2万4991人の生殖機能を奪った理屈
https://www.fnn.jp
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