うつ病患者が800人の村から再出発を目指す「ムラカラ」の青木弘達さんにインタビューしました
うつ病宿泊型転地療養サービス「ムラカラ」は、奈良県下北山村という800人程度の村にある宿泊型のサービスで、シェアハウスのように生活しプログラムへ参加する施設です。敢えて山奥の村でシェアハウスを構えたきっかけや、地方ならではの利点を活かしたトレーニングプログラム、その他個性的な考え方や取り組みについて色々と伺いました。
調子を崩してからが自己分析
──ムラカラの自己紹介をお願いします
「宿泊型転地療養サービスのムラカラです。ムラカラは株式会社リヴァが運営していますが、リヴァはリヴァトレといううつ病、双極性障害、適応障害といった方々への通所型のトレーニングに2011年から取り組んできました。その中で、なかなか改善していかない方や通所自体が出来ない方を見ていく中で、家庭環境とかそういったところを出ていかないと社会復帰に進めない方が一定数いると感じました。そこで、これまでの繋がりから離れてリハビリする必要性を感じて宿泊型のムラカラを立ち上げました」
「ムラカラのサービスは特殊で、山奥の村で取り組みます。サービスを始めて4年くらいになります。宿泊型なので、健康の三要素である食事と睡眠と運動の改善に直接コミットしていけます。利用者さんの状態にもよりますが、入所から1,2か月間運動に本格的に取り組み、本人の体力や心拍数に合わせて負荷をかけていきます。科学的な根拠も説明しながら、本人にも納得のいく形で健康の土台作りを進めるように気を付けています。日中に体を動かすことで、食欲も出ますし、睡眠も改善しやすくなっていくので、それらを確認させていただきながら取り組めるのが宿泊型のメリットといえます。健康の土台が整ってきたら、認知行動療法やマインドフルネスなど、再発予防のためのストレス対処方法の獲得にも取り組んでいます。基本は日々一緒に過ごしていく中で見えてくる利用者さんの特徴や特性に合わせて、本人がトライ&エラーを行えるようにサポートをしていく感じです」
「定員10名の少人数制でシェアハウスのようにやっていますので、コミュニケーションの密度は濃くなり、自然に暮らしているだけでも対人スキルが磨かれます。宿泊型で生活を共にすることで、価値観の相違やこだわりが顕著に出てくるので、その中でやり取りしていくので、鍛えがいのある部分ではないかと思います。他には主体的に目標を立ててチームで動くプログラムとして、畑作業なども取り入れています。」
──1日中一緒で磨かれる反面、負荷が強すぎることもありませんか
「当然あります。利用を始めてから1か月は無理して頑張る方が多いですが、その反動で多少体調を崩してしまうこともあります。そこから活動量や人間関係の刺激を調整していく感じですね。各々のコンディションに合わせて、プログラムへの参加を午前だけとか午後だけとか、場合によっては集団プログラムには参加せずに個別プログラムだけにするとか、そういうアレンジをしています。」
「こういうスタンスであることは入所前にお伝えしています。みんな最初は適応しようと頑張りますが、必ずどこかで調子を崩します。寧ろ、調子を崩してからが本番で、ご自身の特徴や何をすればいいのかが見えてきます。無理をし過ぎたり、体調を崩しすぎるのはよくないですが、調子を崩すこと自体はネガティブに捉えていませんね。逆に、何もなく調子を崩さない方が心配ですらあります。そういう人はあまりいませんけれども」
──医療モデルの流れが強い印象を持ちました
「ご自身に向き合っていただくことが多い点ではそうかもしれません。そうは言ってもかなり調整したうえでやっていますよ。毎日朝から出ないと駄目という訳でもないですし、その人の課題に合わせて自由度は高く取り組めると思います。自分のキャパシティを増やして問題が解決するのであればそれに越したことはなく、どうしても出来ない所だけ環境の調整を入れることになります。まずは自分を知り、伸ばせるところは伸ばし、難しい所は調整していく、そういう順番で考えていますね」
──自分と向き合うのもプログラムの一環ですか
「そうです。自分と向き合うのはしんどいので環境配慮をして欲しいという方は、ムラカラを使わないほうがいいですね。障害特性上改善が見込めないところがあり、環境の配慮を中心に支援を受けたい方は別の環境を探すことをお勧めします。残念ながら全ての方のニーズに応えられる訳ではないと思ってまして、根底で自分を変えて『なんとかしたい』と考えている人がムラカラには合うのではと思います。」
あくまでトレーニングのためのシェアハウス
──利用者は自分で来たのか、家族に勧められたのかどちらが多いですか
「ご自分で調べられて問い合わせてくる方が多いですが、親御さんから紹介されて問い合わせてくる方もいますね。その場合、親御さんの意向が強くても、基本的に本人がやりたいと意思表明するまで私たちは利用を勧めません。ゆえに基本的には親御さんはノータッチです。例外として、都市部ではなくこの村で働きながら暮らしたい若者もおり、その場合は本人だけで決められないこともあるので家族も交えて話し合いをします。」
──他にない唯一無二の施設ですね
「ムラカラの場合は自分をいかに変えていくかを重視しているので、珍しい立ち位置かもしれません。社会復帰を考えると環境面の配慮が大切になってくる方もいますので、ムラカラでやれる事をやった上で、都市部で、かつ配慮を強く求める方は、都市部の就労移行支援に繋ぐこともあります。こういったサービスが無かったのも、立ち上げた理由の一つです」
「ルールも少ないんですよ。トラブルが起きたらスタッフもサポートしますが、自分たちで話し合い、シャアハウスのルールは合議制で決めています。ある意味、小さな社会を実現させようとしていて、安易にルールで縛らずグレーばかりの中で皆が試行錯誤していく、そんなモデルになっています。利用者さんからすると分かりにくい面はあるでしょうね」
──自分が親ならトラブルは心配になりそうなものですが
「ここは別に楽しく生きていく場所ではなく、通過点としてトレーニングしていく場所なので、ストレスがかかったり体調が悪化したりすることもあります。そういったトラブルに対して対処できる自分の可能性を広げる為の場所です。我慢をしろという話ではなく、トラブルやストレスに対してスタッフとも相談しながらどう対応していくのかを身に着けていく場所です。楽しく生きるために配慮を求めるのであれば、違う場所を利用した方が良いかもしれないと事前に説明をしています。」
──ムラカラの前からこのプログラムでやっていましたか
「リヴァトレでやっていたプログラムをベースとしています。リヴァトレでは健康の要素とストレス対処とビジネス実践力、あとはキャリア、この4つの軸でプログラムを組んでいました。ムラカラは、健康の土台作りを入念に行うのと、生き方や働き方の再検討をより意識して取り組んでいます。生き方や働き方については、都市部の働き方と田舎はだいぶ違いますからね。例えば田舎なら兼業や自営の方は多いですし、都市部なら買ってくることで解決出来ることを田舎では自ら作ります。低コストになるからそこまで稼がなくて良いというライフスタイルを実現している方もいるので、そういう方の経験などを聞かせて頂き、自分の生き方を考え直す機会にしています。」
──事業所を出て村全体で繋がりを作れるということですか
「全員が全員ではないですが、インターンであるとか、畑の収穫であるとか手伝いに行かせて頂いて、対価など関係なく繋がって色々と経験させて頂いています。都市部では得られない貴重な経験を色々と積んでいける面はありますね。これは800人の村という規模感もあると思います。人が多すぎると既に出来上がっているコミュニティに入り込みにくいのですが、800人程度なら関われる人は1人でも多く必要だし、そして一人ひとりに目が行き届くんですね」
「ともすると障害者雇用って、都市部では義務だからやっている会社もあるじゃないですか。そうすると、何のためにこの仕事をしているのか疑問を抱いたまま働く人も出る訳です。村なら若者が手伝うだけで喜ばれますし、人のためになるって仕事の原点ではないかとも思います。さらに言うと、人と関わりながら誰かの助けになるのは、生きていくうえで重要な要素だと思っていて、義務があるからという次元ではなく本質的な経験が出来るという点が良い面ですかね。もちろん、都市部で行われている障害者雇用の全てが義務でやっている訳ではなく、素晴らしい取り組みをされている会社も数多くあると思っています。」
利用者もスタッフも、自分と向き合い続ける
──村に着目した理由は何ですか
「都市部にないものが田舎にはあり、両者を繋げれば様々な経験が出来ます。ないものはあるところに求めればいいという発想ですね。県と村の三者協定が実現したのはとても有難く、建物は自治体から賃貸で借りています。全部独力でこのサービスを実現することは難しかったでしょう」
「田舎だと言っても、なるべく情報通信技術も使っていこうと考えており、スマートウォッチで心拍数や自律神経を測定するなど、客観的なデータも採用しながら支援にあたっています。運動の強度や睡眠の深さは皆さん結構話題にしていますよ。また、オンラインで東京や仙台との合同でプログラムを行ったりもしています。自然豊かな場所でありながら、最新の技術も駆使しつつ取り組んでいける点も村を選択した理由になります。」
──地方でもビジネススキームが成り立ってほしいですね
「定員を20から10に下げたからこそ出来ている側面もあります。20名定員では、施設の規模やスタッフの人員の確保の面から成り立たないので、閑散地特例で定員10名まで下げてもらえたのは助かりました。ただ、近くに他の社会資源が無いので、何かあったら対応出来るのはスタッフだけになります。そういう困難はありますね。」
──病院との連携は難しいですか
「どうしても後手後手になってしまいますね。オーバードーズやリストカット、幸い今まで命に関わるケースには遭遇していませんが、今後あり得るという点は怖さがあります。救急車を呼んでも2時間はかかる場所なんですよ。ただ不思議なもので、救急車がなかなか来ないと知っていると危険な行為も減るんですよね。そもそも病状が重く、危険な水準だとムラカラまで来ないんですよね。自宅から遠く離れた村へ飛び込むエネルギー自体がないので」
──自分の人生を本気で考える人が来る感じですか
「頑張ろうという気持ちと逃げたいという思いの中で葛藤しながら自分と向き合うこともありますが、根本的には自分の人生を本気で考えている人が来ていると思います。残念ながら、稀に逃げ場所を求めてくる人もいて、安全な環境を作る努力はしていますが、ストレスフリーな場所を作っている訳ではありませんので、そういった方は目標を達成できずに途中で退所してしまうこともあります。私たちの力不足で本人の主体性を引き出せなかったこともあるでしょうが、ストレス緩和病棟のような役割を求めるのであれば、ムラカラは少し違うかなというのは感じます。」
「本気で自分の人生を考えている人が来るとは言っても、正論を伝えるだけで上手くいくならムラカラまで来ていない筈で、上手くいかないからこそムラカラで頑張っているという前提でスタッフは支援をするように心がけています。利用者さんを知り、本人の変わろうという思いにフォーカスし、相談しながらその人が取り組んでいけるように関わるのが大切だと考えています。」
──医療との連携や心理学の知見などはどう取り入れていますか
「ここまでストレスをかける話でしたが、安心安全を大前提とした上でのチャレンジという構図は意識しています。なるべく本人の尺度を意識しないと、誰かの尺度でこのぐらい出来ないとというのは違うので、お互いにチェックしながらやっている面はありますね」
「あとは不用意に問題の分析へ走らないことですね。過去のうまくいかなかった原因追及は再発予防の観点で触れることはありますが、どちらかというと解決志向ブリーフセラピーに基づいて解決のイメージに向けて今できることを行うことを優先しています。」
「薬についてもなるべく理解を深めるよう努めています。医療連携する上で薬の知識は欠かせません。なぜこの薬を出すのか、日中に影響のある薬は減らしたり代替したり出来ないのか、そういう話を医師と連携しながら。」
──主治医との連携も密ですね
「ムラカラと連携している医療機関に転院する方もいますが、だいたい利用者の7~8割くらいは医療と密に連携がとれています。」
「今日も先生方とケースカンファレンスをしてきた所です。毎月1時間程度時間をとってくださり、精神科医3名とヨガ講師1名と私たちで、利用者さんに許可をもらったうえで話し合いをします。また別の精神科医の先生は、診察の際に治療のための作戦会議として利用者やスタッフからアイデアを出すことを推奨される方もいます。このように連携している先生方は私たちの生命線でもあり、中には薬を大幅に減薬できた利用者さんもいらっしゃいます。」
──ここ数年やって来て嬉しかったことはありますか
「社会復帰した方のその後ですよね。一概には言えませんが、生き方を変えてこの村で働いている方も居るので、そういう意味では新しい生き方を切り開いている成功例でしょう。ムラカラの後でリヴァトレも利用してから元の職場へ復帰した方もいれば、地元へのトラウマをある程度克服した方もいます。まだまだ至らない点も多く、成果と言われると難しいですね」
スタッフになるのは難しい
──永住して村を盛り上げていく考えはありますか
「最近は村への移住をしたいという利用者さんも一定数います。とはいえ、村の働き口は多くないですし、村の方は障害特性を分かっている訳でもないので、より中間支援施設のような存在があると良いですね。就労は目指しつつ地元の人とも関わって、村の生活にも馴染んでいける就労継続支援B型事業所を作れれば良いのでしょうけれども、スタッフのなり手がいないんですよね」
──卒業者をスタッフに登用するのはどうですか
「支援者になりたいという方はいますが、決していい仕事とも言えないんですよ。支援者は誰よりも自分自身に向き合う必要があると思っています。うまく支援ができないときに、知らず知らずに相手に負の感情を持ってしまい、その感情をぶつけてしまっていることもあります。あるいは、利用者さんから負の感情をぶつけられることもあり、その人の役に立ちたいと思っての行動が報われないこともあります。こういったときに自分と向き合うのは疾患の再発リスクを上げてしまうことにもなりますので、難しいことを要求していると思うんです。過去には、支援者のトラウマ的な部分に触れて症状が悪化し、つらい思いをされた方もいました。」
「自分自身のネガティブな面と向き合いつつ、社内や外部で勉強し、実践でもしんどい思いをして、それでも続けていける人でないと難しいです。ただ、その経験を経たスタッフは本物だなと感じますし、実際、弊社の重要なポストに卒業生や元当事者が就いていることもあるんですよ。自分と向き合い続けた人間の支援には、本当に響くものがあるなと感じますね」
──村の若者はどうですか
「村には中学までしかなく、高校進学から必ず外へ行きます。そのあと戻ってくるのは、役場に就職した人くらいですね。高齢化の代わりにお年寄りは元気で、60代でもまだ若手と呼ばれるレベルです」
「移住者自体は増えており、ムラカラを利用して移住したい方も中にはおりますので、そうした方々がうまく村に馴染んでくれればいいのですが、難しいですよね。開放的で偏見も薄い村ではあるのですが、それでも村の文化はあってトラブルの種になりますから」
──このモデルが増えて欲しいとは思いますか
「増えるに越したことはないですが、働くには相当な覚悟が求められます。都市部のサービスに比べて利用者さんたちとの距離感も近いですし、スタッフへの負担がかなり大きいので、安易に広げられないんですよね」
──最後にこれからの展望などをお聞かせください
「特別なことは考えていませんが、私達は自分らしく生きるためのインフラ作りをビジョンに掲げており、色々な事業をしています。その中でもムラカラは、生き方に焦点を当ててサービスを届けているつもりです。利用者さんが本当のところどう生きたいかを真剣に考えていく中で、その傍らでストレス対処などを習得していける風にしていけたらいいですね。心理療法の習得もして頂きたいですが、本質は自分の生き方を見つめ直す場だと思います」
「スタッフを増やす余裕が出来れば、B型事業所も考えたいです。高齢化で存続の危機にある地場産業も巻き取って事業継承をしながら、移住希望者の受け皿になっていけたらいいですね。もっと先の話になりそうですけれども…」
ムラカラ/株式会社リヴァ(LIVA)
https://www.liva.co.jp/service/murakara
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うつ病